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D線上のクオリア ー家政婦は戦うー  作者: 相楽山椒
第一章:次元転送社会 第四話 「彼のバイク、彼女らの海」
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戦闘家政婦―次元転送社会 4-6

 恵が宿に戻るとみんなは夕食を待つ間に部屋でくつろいでいるところだった。


「恵、大丈夫やった?」真っ先に忍が駆け寄ってきた。


「大丈夫、ちょっと縫ったけど、こんなんすぐ治るから――ああ、そうや、忍! テンソーの使い方教えて!」恵は忍の手を引いて部屋の戸口へと誘う。


「ええっ、なになにぃ! ご飯食べてからでええやろ?」


「あかん! 急ぎ! 頼む!」


「何送るねんな? お土産は明日買って送るんやからその時――」


「ちゃうの! 送ってもらうんや」


 恵と忍は宿に設置してあるDFS端末に向かう。空腹をこらえながら、渋々忍は巨大な顕微鏡状の端末を指をさし説明を始める。


「送ってもらうときはな、横の、ほれ、その電話みたいなやつで相手呼び出してな。通信が確立したらこっち側の転送台をスタンバイにして、フードをさげてぇ、転送されるのを待つだけ。わかった?」忍は電子レンジの操作を教えるような粗雑さで恵に伝える。


 宿に設置されている転送端末は約一メートル四方の転送台を持つ、所謂家庭用DFSの中でも大型と呼ばれるモデルである。白い天板の転送台の直上には外界とを遮断するための透明アクリル樹脂でできたフードと呼ばれる、こちらも高さ一メートル分の蓋があり、その中心を貫いて被転送物質を照射する素粒子分解波照射装置のレンズが下に向けられて設置されている。


 DFSの外観形状に多少の差はあるが、家庭用から業務用大型までほとんどがこの構造で造られており、全ての物質は転送台とフードを含めたプラットフォームと呼ばれる空間から別の端末のプラットフォームへと送られる仕組みで、この各々のプラットフォームの大きさを越える物は当然転送が出来ない。したがっていかに大きなプラットフォームを持つのかという事が機器の良否と価格に反映している。


 こういった流れに対し、プラットフォーム式ではなく、開放式と呼ばれるDFS機器も各メーカーで研究されているが、被転送物の個別認識や空間認識の面で問題があり、まだまだ実現には至らないだろうとされている。


「えーっと……?」


「やったらわかるわいな。ホンマに、なんであんたあんな家におるのに知らんの?」眉をひそめる忍は早くご飯が食べたいようだった。


「あんな家って……山吹さんのとこテンソーないもん」


「はあ? なにそれ!」


 えらく大仰な反応をする忍に馬鹿にされたような気分になり、仕方がないではないかと、少し頬が膨らんだ。


「ちょっとまちや、なんで日本DNSの社長の家にテンソーがないん?」


 忍の驚きは本気のようだ。確かに一般からすれば裕福な家庭で、DFS機器を一台といわず二三台持っていたって不思議ではない。だが、そもそもDFSに興味のない恵は大輔や誠一にそれを訊くことをしたことがなかった。


「家も古風やから、そういう新しいものに興味ないんちゃうかな?」


「んなことあるかいな、日本ディメンションネットワークソリューションって次元転送の親玉、元締めやんか」


「……え?」


「まあ、ええわ。終わったらごはん食べにおいでや」そう言って恵を残して行ってしまった。


 手を怪我してしまったけど、この旅行は楽しかった。ほんの八か月前は絶望の淵にいた。あの時はこんな風にみんなと同じように笑い合えるなんて思えなかった。


 生活環境は目くるめく変化で以前を忘れてしまうほどだったが、明らかに恵には新しい人生が開けていると感じることが出来ていた。


 それは山吹大輔に住まいを与えられ人並み以上の生活をさせてもらえていること、田能誠一の元で仕事を教えられ従事させてもらえていること、理想の女性像としての先輩の明奈美千留や、勉強を教えてくれる兄のような尊、気の置けない友達のような衛、妹のような凛、お笑い芸人のようなムードメーカーの吉川らの存在と、山吹家を訪れる様々な人々らとの交流にある。


 だが、今まで彼らと関わるその環境を自分の蚊帳の外に置いていたという節は否めない。自分はよそ者であるが故に必要以上に立ち入ることを避けていた。十六歳なりの遠慮をもってして山吹家に住まっていた。


彼らが何者なのかを深く知ることで取り込まれ、今まで抱えてきたものを失うような気がして怖かったのだ。だから何も訊かなかった。


 通信先のコールが耳に響く中で、奥歯を噛みしめて恵は念じていた。

今大事なのは結果だ、と。





「マキタ―っ! よかった、間に合った!」恵は夕食を終えると駆け脚で、マキタとジュンがキャンプしている浜辺の防風林に出向いた。二人はランタンの明りの傍らで地べたに座ってコーヒーを飲んでいた。


「恵さん。大丈夫?」ジュンがすばやく立ち上がり恵を迎える。


 マキタはちらちらと視線が定まらず「なんだよ、忘れ物か? 最後までドジだな」と、そっけなく言う。どうやらマキタはジュンの前では横柄な口をきくようにできているらしい。


「憎まれ口は叩かれ慣れてるから別にええで。ほれ、餞別や!」恵が投げてよこした包みがマキタの手に渡る。それは予想していたよりずしりと重く、投げつけられるにしては危険を感じるものだった。


「うぅおい、このくそ重たい土産はなんだよ?」


「チェーンとスプロケットや。交換しとき! とりあえずフロントは大変やからリアだけでも替えといたらええって。ハーレー屋のマスターがゆうてた」


「はあっ?」眉をひそめてマキタが立ち上がり恵に向かう。


「できんのやったら手伝ったるから!」恵は腰に手をあててマキタの目を見つめる。


「別に出来ねぇ訳じゃないけどよ……なんでだよ。それに手伝うって、その手じゃ……」


「危ないってわかってて、自己責任やからって見て見ぬふりをするのは大人やないって思うからや」


 マキタは真っ直ぐに向けられためぐみの視線を避けた。


「んなの、言われなくても自分で換えるって……」


「ほなそれでもええねんけどな。ウチからはそれだけや。ほな、きぃつけてな」恵はくるりと背を向けて二人の元から去ろうとする。


「おい、マキタ。そんなの……」ジュンがマキタに声をかける。


「なんだよ……!」背中でジュン睨むようにマキタは言う。


「だめだよ。ねぇ! 恵さん、待ってよ!」


 恵の中には複雑な思いがあった。避け続けた次元転送技術、DFSの力を借りてマキタのために施したこと。ただ結果としてはそれが最良であり、それが実現できるのはDFSのおかげともいえる。


 旧来ならば、通常消耗品といえど、修理店では大抵取り寄せになる。スプロケット一つでも在庫がなければ納期は中一日はみておかなければいけない。それはメーカー、仲卸、販売店という流通経路を旧来通り辿っていたからである。


 しかし昨今においては修理店に仲卸、あるいはメーカーから直接DFSを通じて商品が転送されるため、その時間は大幅に短縮されている。


 かといって今回の恵のように閉店間際に注文をして、たかだか一時間で対応してくれるような店は通常ない。これは、加納モータースのかつての取引先である部品商に連絡をして無理を言って工面してもらったものだった。


 だからこそ、余計に複雑だった。心がすり切れるような胸の痛みがあった。別に父の死が次元転送の所為だなんて言わない、加納モータースが壊れた社会と共に失せる運命だったとも思わない。父の親友である山吹大輔が、この次元転送社会を推し進めてきた事実を今更知ったところで彼を責めるつもりもない。


 だから……。


「黙って受け取ったらええねん」恵は背中を向けたまま吐きだした。それに対してマキタも「こんなもんタダでもらえるかよ!」と叫ぶ。


「人の好意は素直に受け取るもんや」相変わらず背を向けたままの恵。


「あの、ありがとう……ございます」恵の気勢に押されて思わずジュンが頭を下げる。


「おいっジュン! 勝手なこと言うな。おれはっ……! とにかく受け取れねぇ」マキタは恵を追いかけ肩を掴んで制する。その手を恵は振り向きざまに払う。


「あんたがどっかでコケて死ぬのは勝手や。そやけどウチは後悔するのは嫌や! あの時ちゃんとゆうてたらよかった、なんて考えるのは嫌なんや。それがあんたの運命やったとしても、ウチはあんたの運命の一部分として残されるんや! 一緒にいるジュン君だってそうやねんで?」


 どの部分の感情がそうさせたのか、そう言わせたのか、もはやわからなかった。恵は言いながらぼろぼろと涙をこぼした。


 マキタは手をだらりとおろして憮然とし、彼女をただ見ていた。


「やから……つこおてや」消え入りそうな声で恵は言った。


 十六歳の女の子が好意を寄せた男の子に送るにはいささか重すぎ、無骨すぎる別れの贈り物ではあったが、旅程の無事を祈るお守りよりもそれは現実的なものである。


 しんしんと茂みのどこかで鳴く虫の声が三人の吐息を一つの意思にした。

「わかった……ありがとうな――ジュン、作業手伝ってくれ」マキタの言葉に対しジュンは快諾する。


「ウチも手伝う」


 涙を拭き、恵はマキタに向き直る。しかしマキタは舌打ちする。


「お前のその手じゃ手伝えないだろ」


 恵は改めて包帯を巻かれた手を見遣り、口を尖らせマキタの言葉を待つ。


「それに手も汚れるし……じゃあ、隣でアドバイスしてくれよ。俺達、それほど器用でもないからさ」


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