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D線上のクオリア ー家政婦は戦うー  作者: 相楽山椒
次元転送社会 プロローグ
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戦闘家政婦 プロローグ

D線上のクオリア第一部「戦闘家政」プロローグ、少し長くて退屈かもしれませんが、全体文量が大きいので少し我慢して付き合ってください。

 今年は紅葉が見られるかどうか、などと気象予報士がコメントを残すこともお馴染となった暖かな日和が続いた二〇二八年の晩秋、山吹大輔は加納モータースを訪れた。


 ここ、加納モータースは商店街の外れにある、小規模ながらも古くから町の自動車修理工場として地元住民に親しまれている、先代の恵二郎から六十年にも渡って続く老舗中の老舗といえる自動車整備事業店である。


 建物はこじんまりとしており、ちょうど倉庫の二階部分が居宅になっている店舗兼住宅の古いタイプの商店工場で、門や玄関といった類のはっきりとした出入口が表を向いて付いていない。


 工場の床や壁をはじめ、コンプレッサーやボール盤、整備工具の一式が収まる工具箱といった工場備品はどれも年季の入った物ばかりで、全体的には古い錆やオイルの染みなどですすけて見えた。けして綺麗とは言えないが、それはこの工場がいかに多くの車を整備し、修理してきたかという事を証明する。


 恵次郎の息子であり、現在の経営者である二代目の加納五郎はこの店をそのまま引き継ぎ、妻の紗子と二人三脚で商いを営んでいた。


 五郎が最も得意としたのは、特に古い年代の自動車やバイクのメンテナンスやレストアで、遠方からの依頼も多く請負い、その手の業界ではちょっとした有名店であった。


 だが、けして貪欲に利益を求めることはせず、一人娘を育て、稼ぎは少なくとも困窮するといったほどの生活ぶりでもなければ、三人家族がつつがなく食ってゆけるだけの稼ぎがあればいいと質素ながら平和な生活を維持していた。


 そのような五郎のつつましやかな姿勢は自動車修理工という枠を超えた人望を得るに至っており、連日夕方になれば何処からか車好きの連中が集まってきては、車談義に華を咲かせていた。


 そんな加納モータースに足を運んだ山吹大輔は、手に入れた古い車の面倒を見てくれないかと五郎に依頼したのだ。ただ、彼の見た目はやくざ者で世間体はけして良くはなかった。


 五郎はこういった手合いの客のあしらいには、昭和を長く生きた父の背中を見て育っただけに慣れていた。


 見かけで客を判断して、それを相手に察せられるのは商売においては愚の骨頂である。お客様は神様である、などと手放しで言うつもりはないが、どこでどんな縁があるかわからないのがこの世界だ。


 妻の紗子はあまり良い顔をしなかったが、五郎は自分の嗅覚を信じて大輔の申し出を受け入れた。


 しかし、いざ付き合ってみれば大輔は実に礼儀正しく、頭がよく社交性があり、なおかつユーモアのセンスもあり実に話が上手かった。最初は怪訝な態度を取っていた紗子もすぐに打ち解け、一週間後には冗談を言い合う仲にまでなっていた。


 目つきは鋭く、短い髪を金色に染め、耳にはピアス、健康的に日焼けした筋肉質の身体はゴールド系の大袈裟なネックレスがよく似合っていた。だが、一見すれば近寄りがたい風体であったればこそ、彼の人間性はひときわ輝いて見えたといってもいいだろう。


当時、五郎、大輔ともに二十九歳と、同い年という事もあり、意気投合し週末に酒を酌み交わすまでの関係になるまでに時間はかからなかった。


 そのいかつい風貌からは想像もつかないかもしれないが、当時幼稚園に通う五郎の娘、恵も大輔になついており、五郎や紗子の手が離せない時などは率先して恵を送り迎えするなど、店と客という関係性をすでに跨いでいた。


 そんな大輔は若いなりに金回りがよく、値切りもしないで定期的に加納モータースに金を落としていってくれる上客といえた。


 それについては五郎の嗅覚はまんざらではなかったという事だが、親しくするようになって一年ほど過ぎてもあまり仕事やプライベートの話をしたことがなかったため、彼がいかなる生活をし、生業を持っているのかを五郎は知ろうとしなかった。


 五郎は大輔のことをどこかのボンボンか何かだろうと括っていたが、商売においては相手が何をしていようと深く追求しないことが一つのルールであるという、恵次郎の考え方を踏襲していた。


 むしろ必要以上に立ち入らない事もまた信頼関係が構築された証とも言えたからだ。


 ある夜、二人が近所の焼き鳥屋で仕事終わりに一杯やっていた時の事だ。いつものように車談義に花を咲かせて盛り上がっていたのだが、今日は少し違った。


「五郎ちゃん仕事どうや、最近景気悪いやろ?」珍しく仕事の話の口火を切ったのは大輔のほうだった。


「ああ、よくはないけど、悪くもない。まっ、大金持ちになろうって気もないしな。そういう大輔はどうやねん?」五郎は瓶ビールを大輔に勧めながら応える。


 大輔は、よくぞ聞いてくれたとばかりに鼻を鳴らしてシャツの胸ポケットから名刺を取り出した。


「最近ええ話があってな、事業を始めることにしたんや。話の内容を聴いたら驚くで?」


この手の話の切り込み方も個人事業主の五郎にとっては聞き飽きたものだ。いい話には裏がある、どころか“裏しかない”というのが五郎の今までの経験から学んだことだ。


 だからこそ片眼を瞑り、耳を半分塞いで話を聴く癖がついていた。


「ええ話ねぇ? 日本DNS株式会社代表取締役、山吹大輔……何の仕事や?」名刺を眺めながら大輔に向かい問いただす。


「話すと長くなるんやけど、五郎ちゃんよ、もしもや。もしも目の前にあるこの焼き鳥が一瞬のうちに消えたら驚くやろ?」


「まあ、一瞬のうちに食べたら消えるわな」


「そやなくて! じゃあ、この皿ごと消えるとしたらどうや?」


「そりゃまあ、おどろくわ。なぁ?」大輔の意図が解らずぽかんと口を開ける五郎。構わず大輔は身を乗り出して続ける。


「物質ってのはな、どんなものでも素粒子ってもんで構成されててな、そいつを――」


 延々と焼き鳥屋のボックス席で大輔が五郎に熱く語って聞かせた話はにわかに信じられない内容だった。いや、信じられないというよりも、もはや未来SFか魔法である。


 その話によると、とある学者が空間転送技術というものを開発して、その技術がいずれは世界を席巻し、あらゆるものの在り方を変えてしまうという事だ。空間転送とは書いて字のごとく、目の前の焼き鳥が消えて別の場所に移動してそこに現れるという事らしい。


 つまるところ、どんな荷物も貨物や船や飛行機を使わずに瞬時に別の場所に送ることが出来る、夢のようなシステムの事をいうのだと言う。


 大輔はいち早くこの機器のライセンスを取得し、量産し世界に広めることで、世界の物流を変革させたいのだと言う。


「壮大な夢やな? しかしそんなもんができたら世の中ぐちゃぐちゃになるで。宅急便も郵便も運送業も引越し屋もみんな廃業やないか」


「まあ、そこはそれ、車が世の中に普及して走り始めたのが今から百年ほど前やけど、それかてその当時からしたらとんでもないことやったはずやねん。やけど人間も社会もそこに順応していっとるやろ?」


「そら、そうやけどな」


「それにな、生き物は転送できひんらしいわ。だからな、人間は移動するってことをレクリエーションとして捉えられるようになる。運送のトラックがなくなる分、道は渋滞せんようになるし、荷物が積める車ってことを考えんでもよくなるから、クラッシックカーやスポーツカーやオシャレな車、つまり趣味性の高い車を好んで選ぶようになる。あえて走ることや移動を楽しむようになるって事や」


「けどな、大輔よ。社会の車離れは今に始まったことやあらへんで。不合理な渋滞もそやけど、駐車場代とか諸々の費用の問題もある」


 五郎の言うように、二十一世紀を迎えてこっち、人々はまるで車というものにロマンを求めなくなっている。車の運転が平易になるのと同時に、スピードよりも快適性を求め、エンジンの鼓動や脈動よりも居住性に重きを置くようになる。

どれだけ荷物が積めるか、どれだけ人間が乗れるか、その表面上のスペックに翻弄されて人々が車に対して面白さや格好よさを求めなくなり、車に乗ってどこへ誰と行くかという希望も捨ててしまって、すっかりただの移動手段、道具に成り下がってしまった。


 所謂、走ればなんだって構わない、というやつだ。


 これまで自動車メーカーがリリースする乗用車の多くは電気モーターとガソリンエンジンを併用し駆動するハイブリッド車か、あるいは充電式バッテリー駆動の電気自動車が主流であったのだが、そのどちらも改革といえるほどの動きを見せてはいなかった。


 しかし四半世紀を迎え、自動車業界は遂に新規投入された超伝導リニアコイル式の動力機構を持つ水素燃料電池式の電気自動車、通称リニアカーが主戦力となりつつあった。


これにより内燃式原動機の歴史がついに幕を下ろし、新たな原動機に切り替わってゆく、まさに自動車産業界としては改革の時代が到来したと言える。


 だが古い車をこよなく愛する五郎や大輔にとっては興味の範疇外であった。それよりも彼らが危惧していたのは従来の内燃機関車両の燃料問題だった。


 二十一世紀初頭から環境問題に端を発しながら、エコカーブームなどがそれを煽り、石油燃料の使用は減少の一途をたどっていた。需要の縮小は供給の縮小も意味し、たちまちガソリン価格は準特殊燃料として区分され、市販価格は高騰し、日本国内ではさらに過大な揮発油税が課せられるようになっていた。

 

 それを危惧し、各自動車メーカーは先んじてリリースをしていたハイブリッド車両を見切り、次世代電気駆動の乗用車開発と販売を柱にして、水素燃料スタンドのインフラ整備やカーシェアリングに各社が協力して尽力するという異例の状況を作り上げ、生き残りをかけるという方針に転換したため、奇跡的に世界は短期間のうちに水素電気自動車が普及した。


 そして皮肉にもこの流れは自動車そのものに対する希望を失わせようとしていた。


 それというのも、自動車そのものがインフラの一部となり、従来のような自動車が持っていたパーソナリティが失われ、自動車を個人所有する意義が社会から失われていったからだ。


 残る内燃機関車両のために比較的安価なガソリンの模造品とも言うべき、環境への無害化を前面に押し出した合成燃料が流通するものの、従来のガソリンほどの性能は期待できないなどの理由からガソリン車ユーザーからは敬遠される傾向にあり、次々と燃料関連事業、近いところでガソリンスタンド、家庭用LPG供給業、LNG燃料スタンドといった事業店舗は従来の四分の一以下となっている。


 加納モータースも少なからずこのあおりを受けており、売り上げは年々右肩を下げていた。


 唯一この小さな町の自動車工場が幸いだったのは、車の維持を趣味として捉える旧車好きの客層が厚かったため、周囲の整備事業者よりも顧客は一定数を保っていたことだ。


 彼らはガソリンの高騰もまた受け入れた上で、各々の趣味である車を走らせ維持するという選択をしている。


「そやからこそ、道具としての車が担ってた分野を空間転送がカバーすることで、車が本来持つ魅力を再認識するってことや。それに車そのものだって転送できるんや、都心部の駐車場が確保できんや維持が大変や、ゆわんでも遠隔地の安価な駐車場から転送かけたらすぐに手元や。酒を飲んでも自動車を転送してしまえば代行運転も頼まんでいい。同じ車を持つなら乗ってて楽しい、見ていても楽しい車を選ぶと思わんか?」


 ここに来て初めて五郎の目と耳は両方開いた。なるほどな――と。


 最新モデルは“セミオートマチックドライブ”で、運転者が一切操作を加えずとも自律走行をするものまである。無論その機能の使用にはあらゆる制約がついて回るのだが、電気駆動が大多数に傾けばインフラ自体の制御性が格段にあがり、おそらくは自動車単体で無人走行し、遠隔地にいるドライバーを迎えに行くなどといった芸当も出来るようになると言われている。


 大輔や五郎のように車やバイクを運転する楽しみを知っている者からすれば、そんな車は便利だが、車として認めたくはないし、すすんで乗ろうという気にはならない。


 このままロボットのような“自動自動車”が道路を席巻する未来を思い浮かべると、空間転送技術も悪くはない、などと五郎は思い始めていた。

「で、その技術はいつ完成すんねん?」


「残念ながらまだ先や。今はまだ宇宙開発の段階や、地上に降りてくるまでにはあと十年はかかるかもしれん。そやけど今からいっちょ咬みしてるモンが、十年後には笑ってるんやと俺は思う。一世一代の賭けやけどな」


「そんときゃ俺もお前も四十歳……恵が中学生ってとこか」


「……ま、な。五郎ちゃんも一緒にやろう、って言いたいところやけど、所帯持ちに無理は言えんわな。それに俺の車診てくれる人がおらんようなったら困るしなぁ」大輔は五郎の顔がやや曇ったのを見越して、最後は笑って話題を締めくくった。


 その三か月後、山吹が本当にその奇跡の装置に夢を託して会社を立ち上げたのには驚いた。そしてそれよりも驚いたのが、実は彼も所帯を持っており、妻の連れ子がすでに二人と生まれたばかりの娘がいることもわかった。そしてさらに発覚したことはその山吹の妻というのが個性派女優の明奈美千留という驚愕の事実である。


 今まで五郎があえて私生活やその周辺について問わなかったのは、彼が意図してプライベートを話したがらない性質の人間だと感じていたからであるが、それは話したくないのではなく話せなかったのだろう。


 普通子供を持つ親同士ならば、子供の話題の一つや二つ自らしてもよさそうなものだが、そこは明奈美千留のスキャンダルに関わる部分だったから隠す必要があったのかもしれない。


 そんな男が、いや、そんな男だからこそ得体のしれない空間転送などという奇跡の技術に莫大な額の投資をして踏み込めたのだろう。改めて五郎は大輔の事が計り知れなくなっていた。


 会社を立ち上げてから多忙のために、山吹の足は自ずと加納モータースから遠のいていった。それと共に五郎の周辺では石油が遂に枯渇するのを目前に、採掘制限を敷くという不穏なうわさも流れるようになったが、実感として五郎の店にはまだ深刻な不況は襲い掛かっていなかった。そして人々もまだ世界の変革が目の前にあるという実感がなかった。


 それから五年後、テレビのドキュメンタリー番組で宇宙開発に空間転送技術を導入するという驚くべき発表がなされた。五郎はそのニュースを見て瞬時に大輔の言っていたシステムの事だと気付き、同時に彼の言っていたことが嘘ではなかったという事を知らされた。

 

 その後年を追うごとに『次元転送』『並行次元』などというSFでしか聞かれないような名称(どうやら、空間転送の正式名称を次元転送というらしいが、その根拠はわからない)がテレビや新聞の上を踊るようになり、人類は本格的な宇宙進出を果たしたと、次世代宇宙ステーションNIUSの完成を皮切りにイズノが大々的に報じ始め、人類は空のかなたの漆黒の宇宙に目を向けるようになった。


 しかし同時に社会は変革による不安定さを露呈し始めてもいた。


 次元転送技術はかつて五郎が予見したように、運送、運輸業を圧迫する恐れがあるという声が上がり始めた。それは日本だけでなく世界中に伝播していた。


 次元転送技術は人類にとってあまりにも変革の度合いが大きく、それらをすぐに受け入れられるほど人類の文明は成熟していなかったのだ。


 事実、次元転送技術が実用化され民間に広まるようになれば石油資源の枯渇や内燃機関の生産縮小を待つまでもなく、運送事業者はおろか、すべての物流に従事する人々はたちまち失業してしまう。


 その世界が安定するまで、変革にどれほどの人間が持ちこたえることが出来るか、自動車に乗ることをレクリエーションと捉えることが出来るほどの余裕――いや、それは人類の心が変革してからの話だ。合理的に大人しくそこに収まることが出来るほど人間の心は単純ではない。


 そして次元物理科学の第一人者、超次元理論の提唱者であり、次元転送装置の生みの親であるサイアス・ミラーが、次元転送社会に反抗する謎のテロリスト集団に研究所を襲撃され、命を落とした。


 後に『マイアミ事件』と呼ばれる史上最悪のテロ事件として人類史に記憶されるが、それはこの事件を皮切りに彼らを模倣したテロリスト集団が各地で勃興したためだ。


 マイアミ事件の首謀者は依然行方不明だったが、その者は『VI』あるいは『ヴィ』と名乗り、その襲撃の際に手に入れた特殊な次元転送機器を利用して様々な武器を各地のテロリストに売りさばいているという噂がある。


 『ヴィ』の所為で、世界中に伝播した反次元転送社会テロ組織は百を超えると言われ、この癌細胞のように広がりを続けるテロリストの進撃に晒されながら、世界はその恐怖の払しょくと根絶の中、次元転送社会を推し進めていた。


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大阪弁苦手な人は読みにくくてすみません。

以降大阪弁が頻出しますので、我慢して慣れてください。

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