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D線上のクオリア ー家政婦は戦うー  作者: 相楽山椒
第一章:次元転送社会 第四話 「彼のバイク、彼女らの海」
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戦闘家政婦―次元転送社会 4-4

 次の朝、恵は一人早起きをしてしまったため、早朝の散歩に出かけることにした。


 まだ五時だ、いくらなんでも早すぎるが、山吹家で家政婦の仕事を始めてからはこれが当たり前になっている。


 東の空の赤らみを見て、日の出が見えるかも知れないと浜辺の方へと歩いた。


 田舎の漁村の風景だった。穏やかで質素で、古い民家が点在し、時流に乗って変化することを強いられなかった町。


 宿の民宿もけして綺麗ではないが、景色がよくチリ一つなく除菌が施されたホテルがそれだけでいいと言えるものでもない。


 二階建て四室しかない小さな宿の主人は漁師をしており、その伴侶が宿の切り盛りをしている。二人ともざっくばらんな対応だったが、背伸びしないでいられる心地よさというものが民宿にはある。それに、食事は食べきれないほどの豪勢さで、都会ではあり得ない新鮮な魚介類にみんなが満足していた。


 海辺の集落の朝は静かで、緩く空気が流れており、それがかすかに潮の香りを運んでくる。全体的には古い町並みで、ちょっとした商店街もあるが、今の時間はどこもシャッターが閉まっている。


 腰の曲がった老婆がゆっくりとした足取りで正面から歩いてくる。恵は「おはようございます」と挨拶を交わす。彼女はすれ違いざまににっこりとほほ笑み会釈をする。


 浜辺は小高くなった松の防風林の先にある。セミが鳴きはじめるのを聴きながら明るくなってくる空を見上げる。


 青黒い雲の隙間に真っ赤な光が差し込んで、それらは時々刻々と混じり合い溶けだして空に何ともいえないグラデーションを描き出してゆく。やがて波頭が黄金色に色づきだすと、さっきまでゆるやかに流れていた空気が、風となって吹いてくる。


 まるでそれは地球が目覚めてあくびをしているかのように。


 それを合図とするのか、松の防風林のほうで小鳥がちらちらと飛び立つのが見える。


 防風林の中でひときわ大きな木のたもとに人影が見えた。


 黒いTシャツにジーンズを穿いた少年。マキタだ。防風林の中にテントを張ってキャンプしていたらしい。


「おはよう。昨日はどうも……」


 恵は自分から駆け寄り、マキタの背中に声をかけた。オフロードバイクの傍らにしゃがみ込んで何かをしていたようだが、恵の声に一瞬驚いて振り返った。


「ああ、昨日の……。そういや、名前きいてなかったな」マキタは少しはにかんで恵にむかった。昨日のようなぶっきらぼうな感じがなく、言葉尻は優しい。


「ウチは加納恵、恵って呼んでくれたらええよ」


「うん、俺はマキタ。ちなみにまだ寝てるけど、あいつはジュンっていうんだ」テントのほうに顔を向けてマキタは言う。


「知ってるよぉ、昨日あれだけ名前呼んでたんやから」恵は笑って返した。


「悪かったな、俺たちの所為でお前まで怒られてしまったのは。ごめんな」


「そやで、あたしまでついでに怒られたんやから」


 言葉にだしたものの恵はそのことについては何も思っていない。それに忍の父のいう事はもっともだと思う。


 マキタは一瞬困った顔を寄越したが、恵の笑顔に引かれてすぐに口元をゆがめた。


「おせっかいなんだよ。他人の面倒事に首を突っ込むからだ」何気ないといった風に地面に置いた工具を拾い上げながら言うマキタ。


「なにしてるん? 壊れたん」モーター屋の娘としてはマキタの言よりそこに気が向いた。


 見るからに古いと判るアメリカンタイプのバイク。所謂ハーレーダビットソンという大型のバイクである。


 もともと高価なバイクである上に、現在ではさらに希少価値が付加され中には家一軒が買えるほどの値段がつくものも珍しくはない。無論ながら高校生が転がせるようなものではないというのが一般的な認識だ。


「ああ、これな。親父から譲り受けたんだ」マキタは恵と視線を合わさずに、ハーレーに向けて発した。


「贅沢やなぁ。高校生がこんなん」


「別に金持ちって訳じゃねぇよ、昔から持ってるだけで、世間が勝手に価値を上げたんだよ」


 なるほど、そう言われてみればそうだ。今ヴィンテージなどと言われもてはやされている何十万もするジーンズだって、もともとはただのジーンズだったはずだ。


「チェーン張ってるんだよ、チェーンってわかる?」


「わかるよ、そのくらい――あ、スプロケ減り減りやん、これあかんで」恵のその言葉にマキタは口を「え」という形にして、彼女の横顔を見た。


「チェーンもよくないけど、まずスプロケット替えなあかんわ。ほら、山が尖ってほとんどなくなってるやろ?」


「っああ、そうか。がしゃがしゃうるさいからチェーンが伸びてるのかと思ってた。でもここらじゃ部品手に入れるのは厳しいよなぁ、お盆だし」


「何とか走れるやろうけどほんまに近いうちには交換せな。このままやったらチェーンまで痛めて切れたり外れたりするで。だいぶ前からやろ、家から出発する時見てへんかったん?」


「切れたら切れたでそんときゃそれまでだよ、押して行くさ」


「アホゆうたらあかん、自転車とちゃうねんで。チェーンが切れてリアホイールに絡まってロックした人かているんやから。運が悪かったらコケて死ぬで」


「大袈裟だな。それを言ったらバイク乗ってる時点で死と隣り合わせだよ」


 僭越だとは思ったが、恵はついでにマキタのバイクを軽く目視点検した。昔のガソリンエンジン車で年式相応にくたびれているが、この内燃機特有の無骨さがバイクらしい雰囲気を出している。特に九十年代までのハーレーは同年代の日本車などに比べても構造が一世代から二世代ほど古く、何も言わなければどれもが造りの粗い出来損ないの機械に見える。


相方のジュンとはタンデムできたそうだ。


 燃料費をはじめとして、各種の旅費に関わる費用は折半ということらしい。ジュンも免許を持ってはいるが肝心のバイクにまで手が出なかったため、このような旅になったという。


 もっとも高校生になったばかりのマキタやジュンにとって、長期のツーリングにおける燃料代はバカにはならないだろう。車体の整備がおろそかになるのも無理はない。ハーレーにそれほど明るくない恵だが、機械としての状態は見ればわかる。



「今の最新型のリニアコイル・ハブドライブのバイクならこんなことはないんだろうけど、でもなんか、あれ味気ないじゃん。そりゃそんなもの買える金もないけどさ」


 マキタの言わんとしていることは判る。


 燃料費が高騰し、ガソリン式内燃機関搭載の自動車が瞬く間に減ったとはいえ、まだ絶滅にまでは至っていない。それはリニアカーがさほどに手ごろな値段に落ち着いていないこともあるのだが、旧来のエンジンが好きだという層は、加納モータースに出入りしていた客と同様に維持を心掛けているからだ。


 ましてバイクというカテゴリーはその傾向がより強く、趣味性が高いのと燃料の消費量が低いことで、そこまで維持費用に目くじらを立てることもない。


「マキタ君らはいつまでこっちにおるん?」


「さあ? 気が向いたら出発するつもり。風の向くまま気の向くまま、だよ」


「かっこつけてからに……」


「へへっ。お前らはいつまでいるんだよ?」


「ウチらは明日帰る――あ、そうや。今日はバーベキューとスイカ割りするから、また一緒にどう?」


 マキタは目を上に逸らし少し考えたようなしぐさをする。


 すると二人の背中でテントのファスナーを開く音がして「いいじゃん、マキタ。もう一日遊んでいこうよ」とジュンが顔を覗かせて笑っていた。




 こうして再びマキタとジュンは山城家の海水浴に合流することになり、一日を浜辺で過ごすことになった。正直なところ金欠ツーリングの彼らとしてはバーベキューは御馳走だろう。タダメシにありつけるというスケベ心も隠せない。


 見た目も物腰も柔らかで優しいジュンはカナやミヤとよく気が合った。昨日まではずいぶん内気な感じに見えていたジュンだったが、なかなかどうして、女の子ともよく話すし、快活でさわやミヤ笑顔も絶やさない。


 それに比べてマキタの粗暴さはすこし敬遠されているように見える。二人とも背が高くて容姿は悪くはない。学校の同級生の男子なんかと比べても、“カッコイイ”という部類に入るだろう。


 アウトドアに慣れている二人はバーベキューの火おこしも上手く、男の威厳を示そうとしていた忍の父を出し抜いてしまう。


 肉が焼ける頃には七人は、まるで最初から一緒に来た家族のように仲良くなっていた。特に忍の妹の密はジュンがお気に入りになったようで、終始そばを離れなかった。


 スイカ割りは大盛況で、今度こそはと張り切った忍の父が最後にスイカを一刀両断して喝采を浴びた。彼はマキタとジュンに向かって同年代の男の子のように自身を誇示して、海に向かってガッツポーズをする。それに対して彼ら二人もまるで互いに功績をたたえ合う戦友のように拳を合わせ、満足な笑顔をしている。


 男とはいくつになっても感じる心は同じものなのだろうか、と恵はかつて加納モータースに出入りしていた乗り物好きの人々を思い出していた。


 午後は日陰で密とミヤが昼寝をしていた。ジュンは忍とカナと波打ち際で砂の山を築いて遊んでいる。恵はなんとなく居所がなく、岩場のほうへと一人で歩いていた。


 天気は快晴で風も緩やかでそれほど暑くもないが日差しはきつかった。


 申し訳程度に塗った日焼け止めもすっかり落ちてしまっている。肌が熱をもってしまっていてはもう遅い。


 背の高さほどの岩を巡った時、足元でしゃがみこんでるマキタの姿を見つけた。


「なにしてるん?」


「ん、なんだ。おま……恵か。観察だよ」


「なんかおるん?」


「ウニ」


「うに?」


「そう、こいつらってめちゃ不思議な生き物だよなって、思ってさ」


 マキタの視線の先を覗き込むと、深さ二十センチほどの水辺に棘の長い黒いウニがいた。よく見るとそれは何本もの棘を動かして微妙に移動している。


「何考えてるんだろうな」


「何って……本能で動いてるんちゃうの?」


「それはそうだけどさ、本能ってなんだろな?」


 人は時として当たり前すぎる疑問に当たり前だと答えるが故に、それすら疑問として提示されたときには混乱に陥る。


「俺達は本能以外でも動いてるって信じてるけど――その、本能だけじゃないって意味だけど、もしかしたら全部本能でやってることなのかもしれないぜ?」


「ええ? なんかわからんわ。なにそれ?」


「バイクに乗るのだってもしかしたら本能かも知れないってことだよ。自分が好きでやってることだけど、それに理屈をつけはしても、結局のところその行いの先に何かを求めてる」


「なんや、あんた。難しいこと考えとるなぁ。そんなん別にええんちゃうの?」


「ま、女子にはわからんかな。危険だし辛いし、無駄だって思っててもやりたいって思う気持ち」


 正直なところ昨日のジュンの話と同じく、抽象的すぎてわからなかった。でも共感できることはある。


「――ウチは好きやで。エンジンの音。生まれた時からずっと聞いてたからかな」


「お前んちってもしかして車屋とか?」


「うん、亡くなった父がね」


 岩場の影の砂地で二人は、人一人分の間を開けて腰を下ろしていた。


「ふうん……車屋とか運送屋とか、厳しい世の中になって来たもんな。次元転送のおかげで」マキタはあぐらをかき頬杖をつきながら海を見つめてつぶやく。


 何度も人から言われた言葉だ。父を亡くしてからは特に。


 恵はこれに対するうまいコメントが未だに見つけられずにいたため、無言で頷くにとどめていた。


 水辺で二人はしばらくウニがゆっくりと移動するさまを眺めて過ごした。


 会話がない焦燥感はなかった。水面に反射する光がふたりの顔を照らし揺らめいている。不思議と心が落ち着いていくようで、先ほどまでマキタが話していた小難しい話などが海の潮に溶けてゆく。


「ねえ、昨日さ、ジュン君がゆうてた移動する実感だっけ? あれはどういう意味なん」


「移動する? ああ、そういう風に捉えたのか。あいつの言い方よくわからない時あるんだよな」


 それは君も同じだよ、と言いたかったが黙って彼の言に耳を傾けた。


「ほら、例えばさ、人間って赤ん坊のころは乗り物にも乗れないからせいぜい家の中ぐらいしか歩き回れないだろ? でも幼稚園くらいになれば町内、小学校になれば市内くらいはどこにでも行ける、自転車にも乗れるだろうしね。中学生になれば電車やバスで大体何処にでも行けるし、高校生になればバイクに乗ったりしてさらにいろんなところに行ける。でもそれって、リスクを支払ったうえでの選択なんだよ」


「リスク?」


「たとえば、バイクだってただで動いてるわけじゃない。車両を手に入れるところから維持をして、燃料を入れて、走らせてやっと目的地に向かえる。もちろん免許だっているし乗るための技術や体力だっている。そういう条件を満たすからどこにだって行けるだけだよ。だけど次元転送は違う。どんなものでも素粒子に置き換えてどこにでも瞬時に運んじまう。普通は大きな荷物を運ぶならそれなりのエネルギーがいるんだ。今宇宙でやってるニウスだって、本来ならロケットで運ばなくちゃいけない資材だったはずのところを、テンソーのおかげで二十年は工期を短縮できたって話だろ」


「マキタの言ってることわかるよ。なんかバランスが変じゃないかって事でしょ?」


「うん、そう。人間が突然こんな技術を手に入れられるってことは、どこかでそのツケを支払わなきゃならないんじゃないかって。それにいつか有機物の転送も可能になるだろうし、そうなりゃ人間だって――」


「なあ、たとえば人間が転送できたとしたら、モノと同じように一度分解されてまた別の場所で組み立てられるってことなんかな?」


「そうじゃないかな。その時再構築された俺達って、元の俺たちのままなんだろうか、って思うけどね。考えてみたら恐ろしい話に思えるよ、やっちゃいけないことなんじゃないかって」


「だから、力づくででも次元転送社会に反抗する人達がいる……まあ、それもどうなんやろな」


「さあ、わかんねぇ。それテロのことだろ? あの手の連中が言っているのは少し宗教がかっているところもあるからな。人類の肉体と精神を切り離して効率的に支配を目論む政府の陰謀だとか――ははっ、まあそこまで話は進んでないし、人間の体と魂を分けるなんてオカルトかよ、って感じだしな」

「そうやな。ウチらの記憶とか感情とかって、そういうものも分解されてまた組み立てられるものやったとしたら怖い話やわな」


「まあな。記憶、思い出、感情、ココロ……そういうのって俺たちの体のどこにあるんだろうな」マキタは砂地に寝転がって目を閉じた。


 恵は前に忍が音楽ディスクを転送した時の話を思い出していた。形のないもの、魂や心の存在は確かに実感としてある。それが音楽データのようなものだとすれば、肉体という器のどこかに染み込まされているものなのだろうか。


「もしそんなものが分解しても構築できるとしたら、死んだ人の魂って……残るんかな。判らんことだらけやわ」誰にあてるともなくつぶやいた。


 恵もマキタと同じように傍らに寝転び、手のひらを上まぶたにかざして真っ青な空を見上げた。


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