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D線上のクオリア ー家政婦は戦うー  作者: 相楽山椒
第一章:次元転送社会 第四話 「彼のバイク、彼女らの海」
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戦闘家政婦―次元転送社会 4-3

「へえ、マキタ君らは東京からこんな所まで来たんか?」


「うん、東京っても八王子なんだけど、バイクの免許もとったし夏いっぱいかけてツーリングしようって」マキタは年上に対して物怖じしない口をきく。


 彼ら二人はバイクで九州を目指している途中で、ジュンのかつての故郷であったこの日本海岸の土地に立ち寄ったのだという。九州についてからは未定でいつ帰るなどということも考えてないそうだ。


「無計画旅行か、いいなぁ。俺も若い頃よくツーリングには行ったけど、なんせ辛かったな。時間は有り余るほどあるけど金がない。やけど大人になってからはそれが逆転するんや」


「お金はあるけど……時間がない、ってことですか?」ミヤが茹でたトウモロコシをかじりながら訊く。


「そやねん、せいぜい時間が自由に使えるんなんか大学生までや。それより年取ったら仕事辞めるまでは旅になんか出られへん。時間の大切さは大人になってから実感するわ、時は金なりってな」


「でもテンソーができたから、これからは社会の効率も良くなるし時間に余裕ができるかもしれませんよね」フリルのついたピンクのビキニがよく似合うカナが、胸元で腕組みをして優等生っぽい意見を述べる。しかしジュンは考えが少し違うようだ。


「この旅に出たのは、その……僕らはあまりにも外の世界を知らないんだってことに気づいたんです。みんな宇宙の事にばかり夢中になってるけど、僕らは本当にそんなに遠くに行ってもいいのか、って思ったんです」ジュンはたどたどしい口調で話した。


「ん? どうゆうことや」広い肩から生えた短髪の頭をかしげ、眉をひそめて忍の父が訊き返す。


「ええと、今のテンソーの技術ではいくらでも遠くに、どんなものでも一瞬でどこにでも送ることが出来る。けど、逆に言えばその技術がなければ僕らは大して身動きできなかったはずなんです。いきなり近道しすぎなんじゃないかって」


ジュンは言葉を紡ぐごとに流暢に話すようになってゆく。マキタはその横で興味がないといった風にトウモロコシをかじりながら海辺の方を見ている。


「ミヤちゃんよぉ食べるなぁ」恵はカレーのおかわりをするミヤを呆れ顔で見る。


「ミヤのデフォルトは二人前やからな」とは、昔から彼女のことをよく知る忍だ。


「もっと苦労してゆくべき、ってこと?」二人の言葉を聞いていないのか、二杯目のカレーを口に運びながらミヤはジュンに問いかける。


「いえ、道のりを知らないことが問題だと思うんですよ」


 もはや恵には、ジュンが言わんとしていることがまるで理解できなかった。距離という概念を体験するためにバイクで旅行をしているというのは理屈として正しいことは判る。だが彼らがなぜそんな疑問を抱いたのかが判らない。


 そういった彼ら二人の行動は不可解とはいえ、それ以外の顔は恵らと同じ高校生のそれそのものだ。その後もジュンはパラソルの下で忍の父とミヤとで何かを話していたようだったが、マキタは波打ち際に寝そべってぼんやりと空を眺めていた。


 恵は密とカナとで砂の山を作って遊んでいたが、ミヤは最後までパラソルの席から離れなかった。


その後、六人でビーチバレーをしたりしながら夕方まで目一杯行動を共にし、浜辺でキャンプをする二人とは別れて恵たちは宿に戻った。


 宿のDFS端末には確かに間違いなく山城家からの荷物が届いていた。何一つ違うことなく、鞄の底にあった紙屑ですらちゃんと再現されている。


DFSという物質転送装置のプロセスは、物質を一度物理の最小単位である素粒子にまで分解して、それを別の次元帯を介して転送先のDFSで受け取り、素粒子を再構成する。


 言葉で言うのは簡単だが別の次元という概念も、どんな仕組みでそれが行われているかなど、さっぱりわからない。ただ、不思議だけども便利だから、当たり前のようにそこにあるから使っている。こういう例は別に次元転送に始まったわけではない。


 例えば二十世紀中盤にはすでに開発されていたマイクロウェーブ・オーブン、日本での通称で電子レンジと呼ばれる調理器具にしても、一般人でこの原理を知り、的確に答えられる者は極わずかだろう。しかしこれほどまでに全世界の一般家庭に普及している。


 言ってしまえば身の回りにあるモノなどどれもがその構造や原理を知らないものだらけなのである。


 ここ半年の間に一般家庭向けにリリースされたDFS機器は二十を超える。業務用も含めればもっと多いはずで、それらが普遍的に売られることなど、ほんの三年前では考えられなかった。


 DFSの使用はインターネットのそれによく似ており、月額の使用料を機器毎にプロバイダに支払う必要があり、プロバイダは契約者のDFS機器を管理、監視する義務がある。


 もしユーザーが機械的にエラーが検知できないような禁止物質を転送にかけるようなことがあれば、事前に察知し警告を出し、転送を止める、などの措置をとらなければならない。


 そのためDFSプロバイダは実質二十四時間の人力による管理体制が必要とされ、かつDSFの転送ラインである並行次元帯周波数を個々に振り分けられている重要なポジションであるため、DFSプロバイダ事業は物流事業に成り代わり、管理人員は引く手あまたで巨大ビジネスへと成長し続けている。


 無論、その大元となってDFSネットワークを構築し、ビジネスモデルとコンプライアンスを作り上げたのが山吹大輔の日本DNSという特権企業である。




「ホンマにちゃんと届くんやなぁ」恵は初めて体験するDFSにくやしさ半分、感心していた。


「そやろ? 便利なもんは使わな。時代に乗り遅れるねんで。そのうち人間も送れるようになるかもしれへんし、そしたら毎日でも海外旅行に行けるんやで」忍のその弁はいささか飛躍しすぎに思えるが、理屈ではそれも不可能ではないように思える。そのくらい常識を超えたシステムなのだ、DFSとは。


「まあ、そうかもなぁ」ふと、恵は昼間に出会った二人のことを思い出した。


 時間と体力を使い距離を稼いでゆく彼ら。人間といわずすべての地球上の動物は移動に際し対価を支払っている。もしもテンソーで人間が移動できるようになったら、その対価はどこにあるのだろうか。まさかテンソー機器の値段とプロバイダ使用料とは言うまい。


 その夜、隣の部屋で眠る山城夫妻と密をよそに、恵らの四人はお約束の女子トークに花を咲かせていた。


「なあなあ! ジュン君めっちゃかわいいやん、メアド教えてもらってん!」カナがいささか声を張り上げすぎて、仕方なく忍が人差し指を唇に当てて制する。


 修学旅行の夜更かしでもないが、大きくない宿だから他の宿泊客に迷惑になってはいけない。本来なら忍が一番はしゃぎそうなネタだったが、いつもよりもおとなしい。両親の手前というのがあるのだろう。


「うそっ、手ぇ早っ。あたし訊きそびれたのに、さすが優等生! あとで教えてぇな」ミヤがカナの腕にまとわりつく。


「いややー、あんた食べてばっかりでそっちに夢中すぎや」ミヤとカナの戯れあいを見ながら恵はあくびをかみ殺していた。


「恵もマキタ君とええ感じやったやん?」


「へっ?」ミヤの言葉に一瞬で目が覚めた。


「ほんまほんま、最初はアレやなぁ思ったけど、割と優しいし」忍が尻馬に乗ってきた。


「ウチは――そういうの、ちゃうし。そりゃあ、そやけど……しっかし一日目から大変やったなぁ」恵は口角を無理に横に広げながら、視線を泳がせて焦りと共に吐き出したが、即座に「話題を、か・え・る・な」と、見事に結託して唱和した三人の言葉に押しつぶされた。


「それにしても、あの二人ってまるで白黒やな」カナが頬杖をついて嬉しそうに言う。


「しろくろ?」と、忍。


「マキタ君は黒、ジュン君は白やん。かたやワイルド、かたやジェントルって感じやーん。どっちも男の魅力やん!」ノリに乗っているカナは身悶えし布団に顔をうずめる。


 出会って一日目の印象でどうこう言われているとは本人たちは知る由もないだろうが、確かにマキタは粗暴で肉体派という印象で、ジュンは華奢で頭脳派という感じだ。まるで油絵と日本画のような二人だった。


「二人が混ざったらええのに、完璧かっこええやん?」忍がおかしな事を言う。


「それじゃ灰色になっちゃうよ?」と、ミヤがまともに返す。それに対し恵は「どっちつかずの優柔不断男になるやん」と刺してしまう。そして場がシラける。


「もぉお、恵ちゃんって冷めすぎぃ」カナが大の字になって布団の上に転がった。


 カナは優等生とたびたび修飾されているが、学校の成績がいいという意味ではない。何に関しても要領がよく上手くやりこなすという意味で表向き“優等生”に見えるというだけで、多分に揶揄も含んでのあだ名だ。彼女に比べると恵は学校の成績は良かれど見た目には対極に映る。


 カナのようにその場その場で柔軟にうまく立ち回れないのだ。直線と思えばまっすぐ歩く。それが坂道であれ自分の足で歩くことに一定の意義を覚える、そんな性格なのだ。


「ま、明日もあの辺におるらしいから、また会えるんちゃうかぁ、マ・キ・タ・く・ん・と」忍は恵の顔を覗き込みながら付け足した。


「だからぁ! そんなんちがうってぇ」


 恵の反撃も虚しく、ハイハイと言われながら電灯の明かりが消えてしまった。早速誰かの寝息が聞こえてきたが、逆に恵は心臓が高鳴って眠気がとんでしまっていた。


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