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D線上のクオリア ー家政婦は戦うー  作者: 相楽山椒
第九章:ガイア 第一話 「ガイア」
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戦闘家政婦―ガイア 1-1

 かつてバブル期に隆盛を極めたとある山間の住宅分譲地には、斜面の安い土地を使った豪奢な一軒家が坂道に沿って多く立ち並んでいた。


 当時は自家用車がなければ移動すらままならない僻地であれど、広い庭に多くの部屋数を求める顧客のニーズに応えるべく、不動産業者はこぞって山を切り開き、このような、今にも山に埋もれてしまいそうな住宅分譲地を次々と開発していったのだ。


 それから五十年あまり経過した今では、もとの住人は高齢化に伴い利便性のいい市街へと下ってしまい、住む人もまばらでほとんど人の気配もなく閑散としている。


 そこここの壁にはペイントスプレーで乱雑なストリート・アートが描かれていたり、廃棄された自動車やバイクが路上に放置されてあったり、用途不明の鉄の機械が軒先に鎮座しているなど、まるで不法地帯そのものであった。山から降りてきたハイキング客がここを偶然訪れたならば、間違いなくゴーストタウンだと忌避するであろう不気味な佇まいすら呈している。


 そんな中、皮肉なことに唯一人の気配を感じさせるのは“断固立ち退き反対”、という看板がいたるところ掲げられていることだろうか。


 現在この分譲地は、土地値の下落から手放すに手放せない家主に代わり、安価な借家群としてめいめいに貸し出されていた。とはいえここに住み着く輩など、もっぱら人嫌いの変人か、各種の運動家、または職人やアーティストたちばかりで、住処兼作業場やアトリエとして利用しているものが大半でその職掌柄からか、なかば治外法権の村落といった風体で、山間にひっそりと佇んでいた。


 そんな、社会から忘れ去られそうな町の一角、かつては町内唯一の商店であったであろう雑貨屋の建物内では、夜な夜な数人の男女が集まって会合を開いていた。


 ガラガラと開いたシャッターから腰をかがめて屋内に潜り込んできたのは、オリーブドラブの古びた軍物のコートを羽織った若い女性だ。


 自身が入ってきたシャッターを内側から閉めると、片方の手に抱えた缶ビールのケースを床においた。


「ほれ、差し入れだ」


「おお、ありがてぇ――が、のぉリーダー。あんだけやらかしてこの反響の少なさは、ちょっとありえんぜ」


 パソコンの前に湯気の立つコーヒーカップを置いて、煙草を吹かすのは茶髪の二十代前半ほどの男。面構えは精悍な男らしい顔つきであるが、椅子に座り机に脚をかけた姿勢から口調、態度まであまり良いとは言えない。


 対して、その奥の無造作に置いたソファの上で胡坐をかいて、袋のスナック菓子をむさぼるローブを羽織った少女は「椎名の言う通りや、あんな頑張ったのに、テレビじゃウチら全然映ってへんやん。アホらし、もういややわ」と、同じくぼやく。


 コートの女は箱から缶ビールを取り出し室内にいる六人に投げ渡すと、自身も片手で器用にプルタブを引き上げ、プシュと開缶する。


「そう腐るなよ吉本さん。都合の悪いことには目を瞑る――あんたくらい生きてりゃそれが社会ってもんだってよく知ってるだろ」


「誰がババアや!」


「いってねーよ。――ま、それでもDMMの連中にゃあ、一泡吹かせたんだ。奴らの中じゃ大慌てになってるさ」


 リーダーと呼ばれた女は、着古した軍物コートのポケットに片手を突っ込みながら、薄暗い天井を見上げてビールを一口煽る。椎名、吉本と呼ばれた二人以外の連中も言いたいことはあるのだろう、女はシャッターに背をもたげて息を吐き、めいめいの言葉に耳を傾ける。


「俺は映っとったぜ。いやぁ、でら痛快だったわ! のお、伊達ちゃん!」頭にバンダナを巻いた筋肉質の男は拳で掌を打ち満悦した笑みを浮かべている。


「チッ、おだつなよっ清州! 勝手に先走ってやぁ。いねぐなったと思たら、いきなし一人で襲い掛かっとるし! こんバカが!」


感情的にテーブルを両手で叩いて立ち上がったのは、伊達ちゃんと呼ばれた金髪碧眼のコーカソイド系の顔をした女性だ。一見すれば西洋人にしか見えないが、話し言葉は東北の方だろうか訛りがきつい。


「ま、僕は満足やしとる。初めての実戦やったけど、この力がドッグ装着者と互角に渡り合えることが証明できたけんね」別の長髪の若い男が短槍を肩に担ぎながら、椅子に腰かける。


 彼らは先の台場での襲撃事件の白マントの連中、次元転送革新団『ガイア』の構成員たちである。


「ばってん、互角と言えどエウロスとノトスの助けがなけりゃ、ちょっとヤバとかったぜ、吉野も清州も。あいつらがD装備使うのを躊躇っていてくれたせいばい?」茶髪の青年、椎名が椅子をくるりと回して、メンバーに向き直る。


「それ言われたら、なぁ……」短槍使いの男、吉野は肩まで伸ばした髪を分け、首の後ろをかく。


「――に、してもケイ。エウロスとノトスって、いったい何者なんか? あいつらディベロッパーとは違うみてえだし……俺らを転送までしてまうしよ……?」


 バンダナの男、清州にケイと呼ばれたのは軍物コートをはおったリーダーの女である。


「さあ、オレにもわかんねぇ。こっちから連絡が取れるわけでもねぇし。――ただ、気は許さねぇでいようと思う。今は協力者であっても、いつ奴らが俺たちの敵になるかもしれん。そうなりゃあ……」


「まあ、な……」と、誰ともなくため息のように漏らす。


「――んでぇ、この体ぁもっとあんべいよぐ使えるようにしねげねぇなぁ……」伊達が美しい金髪をかき上げると、上端が尖った形をした耳が露わになる。


「伊達ちゃん。その前に、見た目と喋りのギャップは何とかならんのか、あんた」と吉本が笑う。

「しずねぇなぁ、これはあたしのクニの言葉だ。かまねどけぇ」


「え……俺、フランス語か何かだと思っとった……」と清州が言うと、「アホ、なんでやねん」と関西弁の吉本がすかさず突っ込む。


 山間の過疎地に拠点を置いたガイアのアジトには、このように多種多様のお国言葉が飛び交っていた。そして何よりも、彼等のなりは地球上の人種を模しているように見えたが、どこか奇妙に映ったのも確かだ。  


 伊達のように鼻が高く、耳が極端に長くとがった者、清州のようにそもそも猫耳が頭側部に、尾てい骨に尻尾がついている半獣人、細い体躯で身の丈ほどの巨剣を自在に操る筋力の椎名、ピンク色の髪に、左右の目に赤色と、緑色の瞳を持つオッドアイの吉本。細面に薄くひかれた線のような唇の奥に、鋭い牙を持つ吉野。


 彼らは延べて人のような姿はしていたが、それは皆異形のものを示す特徴を備えており、ありていに言えば異世界の住人、ファンタジー世界から抜け出してきた登場人物といえた。


 さらに別の部屋にいるグループは、彼ら以上の特殊身体を持つ者もおり、部分的あるいは全てにおいて人間の身体能力を超えた何かを持っていた。


 そう、彼らは人の姿をイメージにより変化させるヴィ・シードの現像により生まれたサブジェクター達であった。


 過去に恵が渡り合った、自らの快楽のために現像義体を利用した軟体怪人達とは方向性が違い、アニメや漫画や映画に影響を受け、彼らは自身が望む姿や力をヴィ・シードにより得た者たちだ。超人的な剣技や、体術、魔法の獲得を望み、それを行使することで、さきの台場の戦闘で第三戦隊を壊滅へと追い込んだ。


 ただ、彼等は闇雲に“力”を望んだわけではない。


「いっつも僕は、身体が弱ぁて、しょっちゅういじめられたり、バカにされよった。――悔しい思いには慣れとるけん、何ちゃ堪えんかったわ」


 ふと思い出したように口を開いたのは吉野だ。


「ほなけど何が嫌かって……僕には力がないことを思い知るんが嫌やった。世の中には力の弱い人たちが虐げられたり苦しんでたり……ほなけん、それを助けることができん僕の弱さが嫌やったんや」


「ああ……。次元転送社会になってから戦争も貧困もなくなりつつはある、とは言われているけど、差別だって未だ消えたわけじゃない。NEOは自分たちの存在が地球を統一するって大言壮語を振りまくのに必死だが、それは物理的にであって、人の心を指したものじゃねぇしな」 ケイは飲み干したビール缶をゴミ箱に投げると、シャッターから身を離し、仲間の間を横切りながら髪を後ろで括ると、キッチンに立ちパーコレーターという器具を火にかけ、コーヒー豆をミルにザラザラと入れる。


 それを見ていた清洲が「ケイも好きだねぇ。コーヒー飲むのにほんな面倒なことしんでもいいのによ……」と呆れ口調で言い放つ。


「ほっとけ。オレが飲むんだから、別にどういう淹れ方したって構わねぇだろ」


 ケイは煮出しコーヒーが特に好きという訳ではなかったが、“前の自分”がやってたように行為も言動も極力変えることをしてこなかった。


 人の趣向にあれこれツッコミをいれる奴は珍しくないから、いちいち気にはしないが、「はン、わっからせんなぁ。――にしてもケイは元は男だったと見受けるんだが、なんで特殊能力もねぇ只の女になりよったんかい? 女になるなら色々仕草とか口調とか変えないかんだろ、たとえば――」と続けた清洲のこの言葉にはカチンとくるものがあった。


 乱暴にカップをテーブルに置き「好きでなった訳じゃねぇよ――それに“ただの女”じゃねぇ。今度それを言ったら殺すぞ……」と清洲のことを睨んだ。


 ざっと場の雰囲気が凍り付く。


 案の定、気の短い清州は眉根を寄せて不機嫌な顔をし「あぁん? なら俺と勝負すっか? 前から気ん食わんかったんだよ、えっらそうにリーダー面しんよってからに!」と、勢いよく立ち上がると、ガタンと椅子が音を立てて転げた。


 そこへ間髪入れずに鉄塊がザンと、清州の足元の床に突き刺さる。大剣使いの椎名が剣を振り下ろしたのだ。


「椎名! なにしとるっ! こりゃ、あぶないがやぁ!」


「――清州ぅ、お前は知らんかもしれんけど、ケイはただの女やないばい」椎名は眉一つ動かさずに、清州の抗議を払いのけた。他のメンバーも互いにちらちらと目を合わせて短く息を吐いた。


「お前も俺も、ケイには勝てんよ。他の誰も勝てんばい」椎名の凄んだ目にやや押されながらも清洲は、「は、どういうこと?」と、尚もむず痒い笑みを浮かべていた。

 


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