戦闘家政婦―次元転送社会 4-2
がんばってビキニにしてみた。忍に連れられて水着売り場に行ったはいいが、学校の授業は別にしても、それ以外で水着なんか着たことがなかった恵は店員の気迫におされて、大胆なビキニを選んでしまった。
「ほら! 恵ぃ、いつまで座ってんの!」浜辺ではしゃぐ忍たちが午後二時のパラソルの下でバスタオルにくるまり小さくなっている恵を呼ぶ。
時間がもったいないからと、宿に顔を出してすぐにそのまま海水浴場に車をつけて海水浴を楽しむことになった。
「恵ちゃんもいってらっしゃい、あたしたちはごはんの準備してるから」忍の母が恵に声をかける。隣で大きな体をちぢこめる忍の父は、汗を拭きながらレトルトパックのカレーを温めるためにカセットコンロの鍋に水を入れ、その傍らでキャンプ用の携帯ガソリンストーブで飯盒を火にかけている。どうも忍の父もそこそこアウトドアには長けているらしい。
「あ、ウチも手伝います!」
「ええから、子供はあそんどきって」忍の母は恵の背中を押しながら強引にバスタオルをはぎ取り、パラソルの陰から恵を追い出してしまった。
顔的に派手なのも、体的にパステルカラーでふりふりで可愛いのもどうかということで、なんとなく無難に紺のグラデーションをあしらったシンプルなチューブトップタイプを選んだ。
それを背後から見ていた忍の父がぼそりと「我が子と同い年ながら、なかなかやな……」と、その瞬間彼の後頭部でフライパンが鈍い音を立てる。
「アホゆうてんと! 鍋沸いてるで!」頭を抱えて再び妻の足元に縮こまる忍の父だった。
実際恵は、高校に上がったころからクラスメイトの女子からは急激に女らしくなったとも言われていた。それを言われて嬉しくない訳ではないが、彼氏でもできたのか、とあらぬ追求をされるのは正直迷惑で、実は恵自身が思い当たる節は別にある。
山吹家において家政婦の真似ごとをするにあたり、やはりそれは外部の目を意識せずにはおられない。そして家族同然とはいえ容姿端麗な男性の誠一に、映画女優の明奈美千留と同居とくれば、自身を女性として意識するなというほうが無理だろう。生まれた時からの家族と過ごしている周囲の同級生とは明らかな差があった。
恵はそういった緊張感の中に常にさらされ続けているがゆえの心の成長と共に、身体的な変化も加速していったのだ。加納モータースで過ごしている頃から大人の世界に晒された結果、老成してしまっているともいえるが、それとは逆に抗おうとする恵の心もあった。
だからここに来れた。
そう、一度浜辺に出て海に入ってしまえばその一瞬の冷たさに身を縮めても、やがては慣れてしまうという理屈と同じだ。ビーチボールを投げ合う忍やミヤたちに紛れてしまえば恵も同じ十六歳の少女だった。
「ねええ、あたしも飛び込みしたい!」というのは、忍の妹の密。彼女が指さす先の小高い岩場には何人かの少年が集まっており、誰が遠くに飛び込めるかを競っているようだった。
この日本海岸の海水浴場は両端が岩場に囲まれた湾状で、穏やかな海岸線を形成している。そのため弧を描く海水浴場の大半が長い砂浜で、堆積した砂のおかげで遠浅になり、エメラルドグリーンに輝やく美しい海が広がっていた。
ちなみに、関西の海水浴客の多くは瀬戸内海に面した須摩海岸や、太平洋岸の白浜近辺に出向くのが通例で、毎年シーズンになるとパラソルで浜辺が隙間なく埋め尽くされる賑わい様だ。
だが、日本海側はクラゲの発生する盆の時期までという限定がつくため、海水浴には人気がない。
その中でもここはクラゲを避けられる湾状の海水浴場で、海面も穏やかで景観も美しく、人も少ない知る人ぞ知る穴場スポットなのである。
「あかんよぉ、あんなん危ないって」カナが両掌で庇を作りながら岩場を望む。
彼らが飛び込んでいるのは、身長の対比から見ても高さは五メートル以上はある岩場だから、遠目に見て気安く飛び込んでいるように見えても、実際は足がすくむほどの高さだろう。
「いいやん、ちょっと行ってみようや」と言うのは忍。姉妹揃って度胸があるのか単に能天気なのか。まあ、死ぬことはないだろうけど。などと思いながら恵はミヤとカナと共に渋々あとを追う。
岩場の天然の飛び込み台はこの海水浴場ではメジャーなスポットらしく岩場に上がるための道筋のようなものがなんとなく出来上がっている。それだけ多くの人が飛び込んでいるということなのだろうし、恵らよりも小さい女の子もいる。
岩場に登りきるとそこからの景色は意外に良く、延々と続く砂浜が実に綺麗な弧を描いているのがよくわかる。
「次! 俺行くでぇ!!」威勢のいい掛け声とともに中学生くらいの男の子が助走をつけて飛び出す。しばしの時間差をおいて勢いよく水しぶきを上げて着水の音が響く。
忍は恐る恐る岩場の下を覗き込んだが、浮上してきた男の子の頭の大きさを見ると目がくらむような高さだと感じたらしく、「あ、あかん、思ったよりも高い」といって後ずさりする。
恵は、ちょうど自宅の工場の屋根に登った時くらいの高さだな、と内心独りごちて、興味深くしゃがみこんで海面を覗き見ていた。
すると傍らで同じように膝と両手をついて下を覗き込んでいる背の高い男子が居ることに気づく。肌も白く全体的に線が細くて、髪も茶色に近いようなサラサラで、水着が濡れていないところを見るとまだ一度も飛び込んでいないようだった。
「おい、ジュン。早く飛べよ」よく日に焼けた少年が色白のその男子、ジュンを促す。
「やっぱいいよ、僕はここで見とくから」容姿にたがわずやはり消極的なのだなと、恵はその会話に聞き耳を立てていた。
ところが同じく長身の、日に焼けた少年がジュンの白い腕を引っ張る。ジュンは懸命に腰を引いて抵抗するが、腕力はかなわないようですぐに引き寄せられて立ち上がらされてしまう。
「やだやだやだ、やめてよマキタ!」
彼らの話し言葉は関東弁だった。このあたりの地元の子達ではないということだ。
いや、そんなこと考えてる場合ではない、無理に突き落とすようなことになったら危険だ、と思考を切り替えた。
「ちょっと、あんた。嫌がってるんやからやめとき!」視界の端で忍たちが及び腰になっているのを捉えながら、恵はもうすでに口を開いていた。
容姿や仕草からすると彼らは恵と同い年くらいに見えたが、身長は恵のそれを超えており、体つきもなかなかにしっかりしていた。
正義感というよりも面倒事を起こさないために、注意を促しただけだ。しかし、相手も若ければそうもいかない。ましてキツめに聞こえる恵の関西弁だ。
「なんだよ、関係ない女は引っ込んでろ。これは俺たちの賭けなんだからよ」
下町育ちの恵はこのくらいのことで怯んだりもしない。しかし、まさかこんなところで悶着を起こすわけにもいかない。
「そやからゆうて、無理やり突き落とすんはあかんやろ」
色黒のマキタと呼ばれた少年は一瞬恵のことを見据えたが、直ぐに視線を逸らしジュンの腕を掴む手を緩めた。
「おまえ、ここにもう一回来て飛び込めるようになりたいって言っただろ? そのためにわざわざ来たんじゃねぇか」
ジュンはその言葉を受け止めるとゆっくりと立ち上がった。どうやらふたりの間にしかわからない事情があるようだ。しかし男という生き物はいくつであっても妙なことにこだわるものだと思う。
「なあ、この子が飛び込んだらなんかあるん?」恵はあぐらをかき、頬杖をつきながらマキタを一瞥する。
「ああっ、大アリだ。こいつな、前に海で溺れて以来、水が怖くてな。泳げねぇってわけじゃないんだ。ただここから飛び込むことができたら水への恐怖心が消えるかもってな、言い出したのはコイツなんだよ。小さい頃はここからよく飛び込んでたんだとさ」
恵もそこまで言われて止めるほど無粋なことはしない。とたんに二人に対しての興味を失い、後ろにいるはずの四人を振り返ったが、そこには誰もいなかった。その代わり崖の下で大きく手を振って「めぐみぃ! ご飯たべよう! 降りてきぃ!」と忍が叫んでいた。
全く、とんだ骨折り損だ。どうせなら飛び込んでみようかと崖の方を振り返ると、白い背中が宙を舞うのが見えた。
「よっし! やった!」両拳を握り締めたマキタは嬉しそうだった。
「へえ、やったやん」恵は息をついて立ち上がり、水しぶきを上げる海面を覗き見た。
「あいつ、やればなんでもできるのに、自信がなくていつもできないふりをするんだ」
この言葉から、恵の二人に対する当初の、いじめっ子といじめられっ子という印象は完全に払拭され、このマキタ少年は温情のあるジュンの良き理解者なのだと認識を改めた。
「あんた、このへんの人かい?」癖のついた短めの髪に大きめの目が特徴的で、もともと色黒なのか、マキタは小麦色の快活な笑顔で恵に向かって言う。
「ううん、大阪から。旅行で来てる、さっきの子達と」岩場の上から一瞥した視界の先に、パラソルに向かって戻ってゆく四人の姿が見えた。
「家族旅行か、いいな」
「まあ、ね……」
「俺らは東京から。ツーリングの途中で立ち寄ったんだ」
「へぇ、バイクか何か?」
「ああ、ここから山陰を抜けて九州に向かうつもりなんだ。大阪にも寄りたいけどな――」
「ところで、あの子、あがった?」
「あがったって……え?」
二人は岩場の上から海面に首をのぞかせた。水面の波紋は打ち寄せる波によってすぐにかき消される。ジュンが飛び込んだはずの海面には何もないし誰もいない。マキタと恵は岩場の上から辺りを巡りジュンの姿を探すが、見当たらない。
「ちょっと、まさか!」そう叫ぶやいなや、二人は岩場を蹴って一斉に崖から飛び降りた。二つの水しぶきが海面を泡立たせた。
恵は落下の勢いのまま泡で飽和した海に潜り、水深三メートルほどのぼんやりとした海中に目を凝らす。傍らには同じようにするマキタの姿がある。
息の続く限り海底の岩場に取り付いて周囲を見渡すが見えない。やがて二人して海面に顔を上げて息を吸う。
「いた! この下だ! 沈みかけてる!」そう言ってマキタは自分の足元の海中を指差す。
「てつだうわ!」恵はマキタの側まで泳ぎ、目一杯息を吸いって再び潜る。
人が溺れるとき、誰しも人間の体は水面に浮き上がってくるものだと思いがちだが、人の体は七十パーセントが水分と言われるように、浮くか浮かないかは身体の筋肉量や肺の中の空気の量に関係する。
青い海のなかにジュンの白い肌が見える、完全に気を失っている。早く岸に上げて水を吐き出させなければいけない。
恵は漂うジュンの細い腕を捕まえ、懸命にバタ足で海上へと引き上げる。マキタはジュンの下半身を支えて上に持ち上げるようにしている。たった水深三メートルとはいえ、自由の利かない海中でひとりの人間を運ぶなんて経験もなければ要領もわからず、とにかく必死に光のある方へとジュンを引き上げるしかなかった。
恵はなんとか岩場に取り付いて、だらりと力なく垂れるジュンの右腕をとって懸命にその状態を維持する。マキタもそこに加わり二人でなんとか上半身までを岩場に引き上げた。
「大丈夫? ねぇ!」
「おいっ ジュン! しっかりしろ!」
「なあっ! こんな時どうしたらええの?」
「おっ、俺だって、わかんねぇよ、わかんねぇよ!」涙目になる二人は息を荒げて狼狽した。
そこへ大きな影が現れ強引にジュンの体を担ぎ上げる。
忍の父だった。
恵を心配して探しに来たら、溺れた少年を担ぎ上げる二人を見つけたのだという。ジュンは忍の父の助けもあってすぐに飲んだ海水を吐き出し意識を取り戻した。
「うっ、ああ……よかった、マジで……」
「ほんまや、もう……たのむわ」
その後、マキタ、ジュン、そして恵も同じようにこっぴどく叱られた。危険な遊びで周りに迷惑をかけたことに対して、そして自分の身体を危険に晒すような真似をしたこと、万が一の時に助ける術も助けを呼ぶこともできなかった判断力のなさを詰められた。
たかだか十六歳の彼らにそれらを求めるのは酷な話だとは思えたが、忍の父は大人としてそれを言わねばならなかった。
無論、いつまでもそのことをグチグチという男でもない。一辺通り叱咤した後は、マキタとジュンを交えて用意されていた遅めの昼食に興じた。
「やっぱり賑やかなほうがええねぇ」忍の母は笑って、ジュースを注いで子供たちに配る。マキタとジュンも肩をすくめながらそれを受け取った。
「次は男の子がほしいなぁ。なあ母さん?」
堅くなった男子二人の気持ちをほぐそうとしての冗談ではあるだろうが、それは彼らほどの年齢に対しては{淫靡|いんび}な響きを持つ台詞でしかなく、女子一同と男子二人は苦笑いをして忍の父から目を背けた。




