戦闘家政婦―次元転送社会 4-1
恵達の出発は盆休みも真っ只中の十一日となった。これは忍の両親の都合であり仕方のないことであった。しかしながら昨年から交通渋滞というものは、仮に年末の帰省ラッシュ期であれ起きにくくなっている。もちろんこれもDFSが普及したおかげである。
「昔は盆といえば渋滞覚悟で高速乗ってたもんやけどな、このくらいスイスイ走れると拍子抜けするなぁ」八人乗りのワンボックスカーのハンドルを握るのはプロレスラーのような体格の忍の父親。助手席に乗るのはその妻。後部座席には二列目に忍と妹の{密|ひそか}、そして恵、三列目座席にはクラスメートの野宮香苗、藤美也子の二人。
野宮香苗はカナ、藤美也子はミヤと呼ばれており、一緒に弁当を食べたりはするが、特別仲がいいというわけでもない。小学六年生の忍の妹の密は小さい時から知っていて、何度か一緒に買い物に行ったこともある。
カナは違う学区から来ており、同じ校区から来た子たちからはあだ名で優等生と呼ばれている。しかし、その言動や茶色にゆるいカールを巻いた頭髪はとてもじゃないが優等生には見えない。
忍の近所に住むミヤは四人の中で一番華奢で、つやつやした黒髪は腰まであり、一言で言えばモデル体型の美人といって差し支えないが、特に何をしているという訳でもないそうだ。絵を描いたり歌を歌うのがとてもうまい。
彼女らは忍を核にして集まる女友達ではあるが、放課後に居残っておしゃべりをする時間のない恵は、今の時点では彼女ら二人のことをそれほど知っていなかった。
ともあれ同年代の女子が五人もいれば、それはそれは黄色い声で車内が色めき立つ。他所に迷惑をかけないとはいえ、あまりにうるさくするものだから助手席の忍の母もさすがに注意するが、効果のほどは十秒ともたない。
彼らは関西地方ではメジャーな日本海側の海水浴場に向かっていた。大まかな荷物は山城家のDFS端末で先に宿に据えられた端末まで送っていたため、車内は比較的広々と使えた。
忍の父が運転するリニア駆動自動車は昨年末に買い換えたばかりの最新式で、静粛性もさる事ながら、その走りは宙を浮いているようななめらかさだった。自律走行も可能な機種だが、どうやら彼は運転することが好きなようで、始終ハンドルから手を離さなかった。
「おっちゃんは車好きなんですか?」恵は休憩に立ち寄ったサービスエリアで車内に二人きりになった時に訊いてみた。
「ああ、そやなぁ。昔はいろんな車乗ったけどな」
「やっぱり古い車の方が面白いもんなんですか?」忍の父は鼻を膨らませ、慢心したような顔を浮かべた。どうやら女所帯の家では車のことを話す機会がないためだろう、よくぞ訊いてくれたといったところだ。
「うーん、一概に比べるのは難しいけど、面白いかって言われると確かに自分で操作する車のほうが面白いかもしれんなぁ。恵ちゃんとこは車屋やってんてな、忍から聞いたわ」
「ええ、うちは古い車に乗っているお客さんが多い店やったから。男の人って乗り物に変わった愛着を持つもんやなぁ、って思ってたんです」
加納モータースに来るお客は一癖か二癖ある人間の集まりだったといってもいいだろう。殆どの人間が“自分の車”と他との一線を引いている様がよく見てとれたというのもあるが、その車に対し、スピードを出すためにエンジンを改造したり、足回りを変更したり、スタイリングを変えたり、古い車を現代車並みに快適にしようとあれこれ工夫したりしているのを見ると、なにがしか目的以外のこだわりをもっているというふうにしか感じられなかった。
合理的に考えれば新しい車を買ったほうが早いし、手間や時間を考えれば金銭的にも安く済むとも言える。そういう話をよく五郎がお客と話しているのを耳にしたことがあった。
「エンスーってやつやな。男は意外にロマンチストやからね」
「どうゆうことですか?」
「男にとって車とは、女のようなもんなんや」臆面もなく四十過ぎの男が得意げに発するには、いささか破壊力のある文言と言える。恵は言葉の意味を考えるよりも、女子高生相手に何を言っているのかと半ば呆れた。
「っと……引いた?」
「……ええ、いえ……すこし」
「はは……誤解せんとって欲しいんやけどな。惚れた女にはとことん付き合うっちゅう愚直さが男のロマンとも言えるわな。金も手間もかかるし思い通りにならんけど可愛いもんやって思うところに男の器量が試される。それに操作を誤ると事故る。やから男はええ車を持ちたがるし、自分の車を一番やと言いたがるし、運転が上手いことを自慢したがる。ま、でも、結局は車に乗せられてるってのが男なんやけどな」
なるほど、言い得て妙だ。
恵のこれまでの人生で恋人などというものを意識したことはないから、男性がどのように女性に惚れるかなどはわからない。小学生や中学生の時になんとなくいいな、と思った男子はいたとしても、それが自身の身を預ける対象になるとまでは考えてはいない。
しかし、忍の父の言には首肯する。そう言われれば自分の父親や山吹大輔とてそういう人間に見えてくる。
男にとって女は車のようなもの……そこで恵は意地悪な思考が浮かんだ。
「じゃあ、車をしょっちゅう買い換える人って――」
そこまで恵が言いかけたとき、左のスライドドアが勢いよく開いて、忍達が飛び込んできた。
「おっまたせー、暑いわぁ、ほんま。トイレで二十分待ちやで! 信じられん」
話を中断されたことを運転席の忍の父と同意するためにルームミラーを覗き込んだのだが、一瞬目があっても彼はすぐさまそれを遮るように視線を泳がせた。
いや、彼にとっては渡りに船だったのかもしれない。不用意に大人の言葉尻に乗りかかるものではないと、恵は口をつぐんで鼻から短く息を吐いた。
「ほいっ、どっち?」忍はそんな二人に構わずオレンジジュースとパインジュースを恵に差し出す。
「じゃあ、こっち。ありがと」
忍はいつでも明るい。この家族だって今日の朝からずっと笑顔だ。自分にもこういう家庭があったはずなのに、今はうまく思い出せない。もうずっと昔のことのように思う。母が亡くなってから旅行なんてずっと行けなかったからだろうか。
社会に翻弄されて家庭を壊されて独りきりになってしまった。そんな風に捉えれば恵とて次元転送社会の被害者だと言い切れたが、父が言っていたようにうまく立ち回っていればこうはならなかったのかもしれない。いずれにしても誰かを、何かを恨むにも曖昧な枠組み過ぎて実体が掴めない。
山城家はDFS機器を設置し、リニアカーを購入し、時代の流れに上手く乗っている。なんの疑問もなく、なんのこだわりもなく。不器用な人間はそれができずに割を食う羽目になる。だけどそれを愚かだなんていうことはできない。
人類の歴史の中で大きな変革というのはいずれなり人々を二分する。有り体に言えば“勝ち組”と“負け組”に。それは多くの場合多数決によって決められる。
平均的で普遍的な生き方をしていれば、おそらくは自然に勝ち組へと編入される。流れに抗うことをしなければ何も問題にはならない。少なくともその時までは。
だが、そうして勝ち組と呼ばれる者たちが選択してきた人間の歴史は正しかったのだろうか。今現在、おそらくこれから先、次元転送技術を中心とした世界が築き上げられてゆく。今は無理でもやがては食物も転送が可能になり、つまりは有機物の転送が可能になるということは動物や人体までも転送ができるようになる可能性がある。
未来を描いた映画作品では当たり前のように人体が瞬時に空間を移動するといった描写がなされるが、人間は果たしてそのような手段を持ってしまっても良いのだろうか。
山吹尊が言っていたように、それは人類の成長なのだろうか。
いや、言い出せばキリがない。
今の恵自身とて、古代の人間からすれば様々なことを一瞬で行う技術機械に頼りきっている。
たとえば火をつけるライターなんて正にそうだろう。指一本で瞬時に火を得ることが出来るのだ。それは二十一世紀の人類にとってはあたりまえで、さらに言えば幼児が誤って火をつけてしまわないような配慮を施さねばならないほど、それの操作は簡単であり、幼児の手が届く場所にあってもおかしくないほどありふれた存在なのだ。
次元転送社会に反抗する組織。
彼らは何を目的として何を恐れるのだろうか。変わりゆく世界に危惧するものとはなんだろうか。おそらく彼らは負け組である。それはわかっているだろう。
恵はふと、父も自分もそちら側にいてもおかしくはなかったのだと感じ、視界の底に暗闇がぽっかりと口を開くのが見えた。
車内に歓声が響き渡る。彼女らが声を向けた側の車窓にちらりと目をやる。
道が開け、幾年か振りに見る海の青が視界に飛び込んできても、その情景を恵の頭はすぐには理解して処理しなかった。




