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D線上のクオリア ー家政婦は戦うー  作者: 相楽山椒
第一章:次元転送社会 第三話 「石切の町、山吹の家」
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戦闘家政婦―次元転送社会 3-5

 DFSの出現は突然だった訳ではない。空間転送という技術が“信じられるまでの時間”が非常に長きに渡り、前代未聞の技術への検証と法整備に多大な時間がかかっただけのことで、技術的な熟成は十数年前から行われていた。


 無論社会への影響を最小限に止めようという努力もなされ、ゆるやかな石油資源採掘の制限もやはり、これらの技術が後のインフラを変えるということが念頭に置かれていたためであったが、問題はそれほどに単純ではない。


 マイアミ事件後の二〇三七年を境に国際テロリスト『ヴィ』の撒き散らかしたテロリズムの種は新たに発芽することなく終わっていたが、種が全て死に絶えたわけではない。


 その後継として地下に潜った自称レジスタンスを名乗る地下組織は日本各地で小競り合いを引き起こしていた。


 転送機器の生産や販売を担う企業は世界に転送技術を広めて社会を変革する旗手となっているがゆえ、テロリストのターゲットの一つとしてみなされることは避けようがなく、ここ一年ほどの間で関連会社の社屋や、研究所などにはテロの魔の手が差し向けられている。


 しかし、山吹大輔及び日本DNSは現在においても実害を被ったという過去はない。


 本来テロとは紛争行為そのものを指すのではなく、反抗反逆の精神を具現化し、恐怖として人々の感覚器官に植え付けることを目的としている破戒行為であり、蹂躙することを目的としてはいない。

   

 日本DNS株式会社という企業は名称すら表には出ない上、同社製のDFS機器もない。故に宣伝広告も必要がない。そのせいで恵は今現在においても、大輔の日本DNSという会社がなんの会社なのか今ひとつピンと来ないままであり続けている。もっとも恵がそのことに興味を抱いている暇などこの半年の間なかったのも事実だ。


 従って、日本DNS株式会社という組織が世間的にあまりに認知度が低いため、社会に反抗を訴えることが目的のテロ行為としては、効果が薄いからではないかと言われている。


 しかし、そうであるならば各地のテロリストは、本当の意味で次元転送社会を転覆させるという意思で動いているかどうかも怪しいと思わざるを得ない。


 それは、日本DNSの主な事業内容はDFS機器のライセンスに関する事案の処理と、国際次元物理科学委員会デフィとのすり合わせ、および折衝、DFSネットワークの構築及び管理、ISO素粒子コードの管理という最重要のセクションを担っている企業だからである。


 それを日本国内において攻撃対象にしないということは、反次元転送社会に便乗した単なる威力業務妨害、あるいは恐喝、あるいは社会への不平不満から発生する憂さ晴らし程度でしかないとみなされるのも無理はない。


 もっともこのような公共性の高いインフラに関わる案件は、本来ならば官公庁が管轄すべき分野にあたるが、山吹大輔がその先見の明を持ってして、渋る政府機関を尻目に日本の次元転送社会のインフラをいち早くのうちに掌握してしまったため、出遅れた官民他企業がそこに付け入る隙がなかったのである。


 山吹大輔という男の出自を勘案した時、公安筋も眉をひそめざるを得ないが、過去に後暗いものがあったとしても、現在において公明正大に運営されている一企業体に難癖をつけるわけにもいかない。むしろ、最大の力を持っているのは日本DNS株式会社であり、その一声で日本の官公庁しかり、全国内の企業を動かすことも可能ではあるのだから、実質山吹大輔は日本を掌握したに等しい権力を擁している。


 それらの何が悪いかなどを問えるほど日本の社会は狡猾な良心を持ってはいないし、むしろ日本DNSは来たるべき次元転送社会の礎を築きつつある日本経済の要でもあったから、彼らがもともと堅気でないことを知る者がいても、引き留める術を発動できないのはなおさらである。


 もっとも、彼らのような集団であったればこそ、社会の根底を覆す次元転送技術を世に広めるという“暴挙”にも出られたのであり、各種団体や業界が支配する既得権益に絡め取られた、単なる既存の大企業体にはまねのできなかった芸当といえる。


 しかしながら、大輔自身が権力を振りかざし横暴を振るう、まして日本を支配するということはない。愚直にも一企業体の長として、世界に次元転送社会を浸透させ、平和で幸福な社会に再生してゆくという当初の夢を今現在も信じて奔走しているからである。


 それは犠牲にするものの大きさ故のことでもある。


 恵はこれらの事情を山吹家に身を寄せながら知らずにいた。周囲の者も誠一も特にそれを告げることもしなかった為だが、恵からすれば間接的にでも養ってもらっているという恩義はあれど、それは山吹大輔個人に宛てたもので、儲かればいいという拝金主義の企業の業務内容に興味もなければ、あえて知りたいとも思わなかった。


 以前誠一が言っていたように「世界を変えてしまう」という言葉も男性が使う特有のロマンチシズムだとしか捉えていなかった。




八月に入って夏も真っ盛りの夕刻、恵は合気道の稽古帰りの服の上からかっぽうぎを着て台所の戸口をくぐった。


「旅行の前にやらなきゃいけない事、わかっているだろうけど」誠一は台所へと向かいながら恵に告げる。


 父、五郎が亡くなってから最初の盆、つまり初盆は山吹邸で身内だけで営まれることになっていた。ちょうど山吹家の法事が後に控えているため加納家は前倒しとした。


 先に台所に立つ誠一の傍らに並ぶ。もう随分手慣れたものだ、誠一の作る料理が何なのかを瞬時に判断し、彼が何も指示しなくとも一連の調理作業に割り込んでゆけるようになっていた。


「セイさん、それ?」


「ん、なに?」


「腕、怪我したんですか」恵は包丁をふるう誠一の腕を見て言った。


 たすきで捲し上げた袖からのぞく誠一のたくましい腕には痛々しい青黒いあざがあった。よく見ると他にも頬や手の甲にもまだ新しい傷がある。


 昨日一昨日と誠一は屋敷を空けていた。恵はいつもの日本DNSのほうの仕事だと思って気にも留めていなかった。


「ちょっと現場で悶着があってね。ほら、僕は旦那様のボディガードでもあるわけだから、たまにこういう荒事にも出くわすさ」誠一は小松菜を切る手を休めずに言う。


「山……あ、いえ、旦那様は大丈夫やったんですか?」恵はほうれん草を冷蔵庫から取り出しながら誠一の方を見遣った。


「幸いね。酔っぱらいに絡まれたようなものだよ。本社のロビーで暴れた奴を取り押さえたんだ」


「はぁ、物騒なもんですね」


「ああ、物騒なものだ」誠一は相変わらずまな板から視線を外さないまま言い捨てる。


 それはどこか淀みを含んだような、珍しく“素”の誠一が顔を出したように思えた言い方だった。


 夕暮れを迎えてもなおむっとする台所の空気の中で、恵は次に紡ぐ言葉を見失い、その思いを掻き消すかのように首筋に一滴の汗が流れていった。


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