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D線上のクオリア ー家政婦は戦うー  作者: 相楽山椒
第六章:D&D 第二話 「俺はマキタじゃねぇ!」
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戦闘家政婦―D&D 2-4

しばしお休みをいただきました。お待たせしました一週間ぶりの更新です。

本日より遅れを取り戻すべく何話か連投いたします。

「で、なんて言ったの? その八滝ってひと」ジュンは捉えどころのない話にきょとんとしていた。


「ううんと……て、んし……だって。俺は、天使だからって……」美月の顔はみるみるうちに真っ赤になった。


「て、天使ぃ?」ジュンとケイは目を見開いて美月の顔を覗きこみ、顔を歪めた。


「ちょ、ちょっと! 笑わないでよ!」


 美月は顔を赤くして二人を制しようとしたが、ケイは憚ることなく腹を抱えていた。


「ご、ごめん美月ちゃん、いくらその八滝さんがイケメンだからって自分の事天使とか言っちゃうの、ちょっと痛いよ」ジュンはジュンで複雑な表情をしながら笑いをこらえていた。


「もうっ、白石君まで!」美月が両手を握って悔しそうにぶんぶんと振るしぐさが可愛らしいと思った。だが次の瞬間、笑い転げるケイが目に涙をためて発した言葉に青くなった。

 

「そっ、そうだぜ美月、そりゃないぜ? 中二病かよ、その八滝っておっさん!」


 え? という顔をして美月は固まる。そしてジュンはケイの横で、三度みたび目頭を掌で覆い顔を背けた。


「なあ、ジュン! 美月も美月だよ、天使なんている訳ねぇじゃ……」と同意を促したケイだったが、さすがに気付いたらしく口を閉ざした。


 しかし時すでに遅しである。


「ケイ……ちゃん? 恵吾くん……?」


「え?」


「えっえ?」


 ジュンとケイの間を何度も視線を行ったり来たりさせながら、美月は困惑した。自分が咄嗟に繰り出した言葉にすら確信が持てないといった風で、あわあわと口を動かしているのみだった。


 そんな困った美月を前にして、ケイはさらに禁句を被せた。


「いや! オレは……マキタじゃねぇ……いや、断じて……」


 言葉を失った二人の間の沈黙を、ジュンの深いため息がゆるゆると満たしていった。


 結局混乱する場を何とか収め、安西が戻って来るという連絡もあり、ジュンとケイは美月を引き連れて白石家に戻ることになった。とはいえ、まずは何から話そうかと思案するジュンはウロウロとリビングとキッチンを行ったり来たりするのみで要領を得ない。


 そこへ「遅くなった、すまん」という声に振り向くと安西がいた。肩には例の異生物アンジーがちょこんと座っている。こうして見ると本当に魔法少女のマスコットキャラクターのぬいぐるみのように見えるが、アンジーは微妙に安西の肩の上でバランスを取っている。


「って、あれ? またジュンの彼女かよ?」


 午後七時の白石家のリビングには、ジュンとケイ、そして美月が座っていた。美月は突然入ってきた安西に驚きつつも小さく会釈をした。


「――って、なんで僕に彼女が何人もいるんですか、誤解を招くようなこと言わないでください。彼女はマキタの幼馴染の岸部美月さんです――美月ちゃん、ほらこの人がさっき言ってた科学者の安西さん」


「つまり、彼女にも話したって訳だ?」安西は仕方がないといった風に応え。


「――ええ、ちょっと事故がありまして」とジュンは横目でケイのことを睨んだ。


「美月ちゃん、驚いたろ? 幼馴染が急に女の子になったなんて」安西は上品な笑顔を作り、少し肩をすくめてみせる。


「え、ええ。なんていうか……変な気分ですけど、私はもともと槇田君のことケイちゃんって呼んでたから……えと、うん、だいじょうぶです」


 大丈夫の意味が少し違うと思いながらも、とりあえず最大限の努力で受け入れてくれたことには感謝する。


 本当のところ、ちゃんと話すべきことは山ほどあったが、マキタがケイになったという状態を理解してもらうのに時間がかかりすぎて、美月が状況を完全に把握できるには至っていない。


 その傍ら、ケイは立ち上がり、安西の肩に乗る白い異生物をしげしげと観察する。


「な、んだぁ、これ生き物か?」


 こっちのこともまだだった。


「あ、ああ、ケイは見るの初めてだったよね、アンジーっていうんだ。ずっと車の中で寝てたから――」

 アンジーはするりと猫のようなしなやかな動きで安西の肩から降りると、ソファの背もたれに飛び乗り二本足で立ち上がった。立ち上がるような動物にも見えなかったのだろう、ケイが一瞬身構えたのをみて、ジュンは唇に人差し指をあて、全力でアンジーに向かって“とりあえず今は喋るな”と制したつもりだった。


 しかしアンジーには伝わらなった。


「なんだ? オレのカオになにかついてるのか?」と喋りだしたアンジーにケイは驚き目を丸くして、二メートル以上飛び退いて尻餅をついた。傍らにいた美月も飛び上がりはしなかったが、言葉を失っている。


「ああ? アンジーのことケイに話してなかったのか、ジュン」


「忘れてました……すっかり」


「おいおいジュン、ワスれるんじゃねーぜ」その声色は体のサイズに応じて愛らしいが、安西に酷似した口調は相変わらずだ。


「すまんすまん、オドロかせちまったなぁ。オレはアンジーってんだ」といってアンジーは右手を陽気に掲げて笑顔のようなものまで見せている。これは不気味だ。


「ね、猫? 狐? ああ、いや……立って喋った……しかも笑ってやがる」


 ケイが壁を背にして驚くのも無理はない。ジュンとカナとて同じような反応をしたのだ。ソファに腰かけたままの美月はぽかんと口を開ききっていた。


「ええと……ケイ、美月ちゃん、落ち着いてきいて。これは安西さんが現像したディックなんだ……」


「なにぃ? ディックってあの怪物かよ?」


「いや、怪物には限らないんだ。六角堂さんも言ってただろ、ヴィ・シードは人間の想像したものを現像するって。僕の背中のやつもディックだし、このアンジーもディック。ケイのその姿も現像の仕方が違うだけでディックの一種なんだよ」


 ジュンが昨晩からずっと考えていたヴィ・シードへの考察はこうだ。


 ジュンの背中に刻まれた刺青は現像をした人間であるという証で、それは例えるならセーブデータのようなものと考えても良いのではないだろうかと。


GODSのデータベースでも、同じような文様が描かれた背中の刺青を見せてもらったことがある“一つ目小僧”のディックを現像したディベロッパーのものだと聞いた。それは自身のものよりも絵が簡素で文様の数も記号の数も圧倒的に少なく、それらが現像体の規模と考えれば、刺青の内容はデータの圧縮率、あるいは容量を示していると考えられる。


「うーん、そのルールでいくと……俺はプレイ継続中ってわけだ」


「なるほど、そう考えると簡潔ですね……そうすると――」ジュンは考えながらケイの方を見た。ケイはあまりにあっさりとアンジーを受け入れてじゃれあっている。このへんの早さはカナをも上回る適応能力だ。


 ケイはそうしながらも彼らの言葉を聴いていた。


「ちょっと、素人にも解りやすく話してくれないもんかなぁ。ねえ?」ケイはアンジーを抱き上げ、同意を求めるようにくりくりとした可愛らしい目の中を覗き込みながら、コトンと首を傾げ口を尖らせている。実に女の子らしい仕草に見えた。


 今までなら、これまでのマキタなら「わからねぇ」の一点張りだった。容姿は人の心も変えてゆくのだろうか。まだ多少言葉遣いの粗はあるが、仕草ですら羽毛のように軽く柔らかな動きを伴ってきている。ケイは時間が経つごとにジュンの知る恵に近くなっていっているように思える。


 性同一性障害をもつ者はいずれなり外見的な整合性を求めるという。未だ粒子再生はおろか生体変換技術も満足に行えない中で、性転換手術は従来術と大差はなく、本当の意味で男が女に、女が男になることはできていない。


 そもそも六角堂の言っていたことが本当ならば、素粒子のゆらぎ範囲は性の差をカバーできない。やはり人は本来的に外的な力によっては変化することはできないのだ。


 だから人はせめて内に秘めるイメージの力を駆使した。イメージを起こし、それを具現化する努力を重ねた。ヴィ・シードはその力を増幅し加速する。望む形に、望むものを、望む姿に。


 では、人が人として発生する以前にあった存在は? 何が人を発生させたのか……。


 考えたところで答えが出るはずはない。ジュンは頭を掻いて彼女を見据える。


「なんか、しおらしくなっちまってるじゃねぇか、ケイの奴。俺はてっきりアンジーに殴りかかってくるんじゃないかと思ってヒヤヒヤしてたぜ」同じく彼女を見ていた安西がジュンの耳元に囁く。


「ええ、まあ。適応力はすごいですね、どちらにしても」というジュンに対して、安西はひとしきり眉をひそめた。


 だがケイは二人に顔を向け「おい、なに二人でコソコソ話してんだ、オレ達にもちゃんと話せよ、無関係って訳じゃねぇんだからよ!」とアンジー越しに眉をひそめて密談をする二人を睨んでいた。その表情は間違いなくマキタの物だ。


 安西はケイを一瞥し、ジュンと視線を交わして互いに大袈裟に肩をすくめて微笑んだ。



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