戦闘家政婦―次元転送社会2-5
卒業間際の時期にこの山吹家のある石切付近の中学校に編入という訳にもいかず、以前から通っていた学校に戻ることになったが、少々交通手段が不便であり、石切の街の複雑怪奇な坂道を下った中腹に駅はあれど、そこから電車を乗り継ぐと一時間以上の通学時間がかかった。
それを不憫に思った大輔が気を利かせて車を出してくれることになったのだが、無論大輔も忙しい身である。誠一の命で部下の吉川が恵の送迎を担当することになった。
そのことに対して吉川は文句も言わず、恵のために朝と夕方に学校と山吹家を往復してくれることになった。
しかしこれには問題が一つあった。
朝、セーラー服に身を包んで屋敷の玄関から出た恵の前には、チンピラまがいの水色のサテン地に虎の刺繍の入ったスカジャンが運転席に居座る、今にも空を飛びそうなド派手なキャンディオレンジの車が停車していた。
車屋の娘らしく多少汚い車であろうが、調子が悪かろうが動じない自信はあった。が、さすがにこれには頬をひきつらせずにはおれなかった。
キャンディーオレンジとはメタリック塗装とは違い、下地の色にフレークという荒いラメを吹き付けその上から分厚いクリアオレンジの塗装を施すという大変凝った塗装である。表層のクリア膜が奥のフレークに深みを与えてボディラインの美しさをより一層際立たせる、ビンテージのアメリカ車にはよくとられる手法である。
「――なあ……これヨッシーの車なん?」
「せや! ええやろぉ、一九五七年のビュイック、ロードマスターリビエラ、ええと今から――」
「八十二年前?」
「そ、すっげーやろ」吉川はサングラスを外すと車の右側に駆け寄り恵のためにドアを開けた。
こういう世界にいるからだろうか、二十二の吉川とは話していてもあまり年齢差を感じないが、山吹家の周辺は山吹大輔の趣味性も含めて、妙に回顧的な部分が垣間見える時がある。
「なあ、ヨッシー。すっげーんやけど、送ってくれるんはありがたいんやけど、なんか、こう、軽とか普通のないん?」
恵は早速吉川の事をヨッシ―と呼んでいた。これは山吹家の人間が皆そう呼んでいるからであり、彼自身も悪い気はしていないからであろう。吉川自身は縦社会の義理を重んじているが、外に向かってそれを強要することはしない。
「恵ちゃーん。天下の加納モータースの忘れ形見をお送りするんや、気張って虎の子出してきたんやでぇ?」
「え、父さんのこと知ってるん?」
「知ってるも何も、あんとき兄貴の仕事について行ってなかったら、葬儀に行かせてもらおうと思ってたんやで。おやっさんには何度となく世話になってるんやから」
助手席に乗り込むと、そのビニールレザーシートは真っ白でフカフカしていて真新しい。
「へぇ、新車みたい――っていうかこんな車うちに入ってるの見たことないで?」
「あんときゃ、まだボロやったからな。レストアしたんは三年前やし完成したんはつい先月。それに親分のビートルを加納モータースに持ち込んだの俺やで?」
吉川がイグニッションキーを捻ると低く重い音が車体全体を取り巻き、ドロドロという鼓動音が腹に響いた。言葉とは裏腹に直感的にわくわくする、と感じるのは恵が車屋の娘だからだろうか。同時に、あの時に感じた車屋としての父の言動への違和感を思い出していた。
「――父さん、あの車の持ち主のこと訊いたら口を濁してた」
「え、なんで? 俺なんか悪いことゆうたかな?」
大阪の市内を横切る道すがら、通行人の視線はキャンディオレンジに嫌でも突き刺さる。残りいくばくかの付き合いとなる中学の教員やクラスメートとはいえ、これを目撃されるのはさすがに体裁が悪く、おのずと登下校のルートを外れた場所で降ろしてもらわざるを得なかった。
イケメンで高級スポーツカーに乗っている誠一の送り迎えなら堂々と校門前に付けてクラスメートに自慢するのにと、恵は内心独りごちながら吉川に礼を言い、学校の通用口からこそこそと隠れるようにして約一か月ぶりの登校をした。




