5.野菜カップケーキは甘さ控えめ
甘さは他で補う。の巻
デートから数週間たったある日。当主様とナナオ様は、当主様の上司であるアイルズバロウ様に呼ばれて出かけていった。クロードさんから、当主様たちはアイルズバロウ家に宿泊になると言われたため、私は通常のメイド業務を行なうことにした。
そこにトマスさんから「時間が空いたら、厨房に来ないか。ちょっと手伝ってくれ」と声をかけられた。
そして現在。私は、新作レシピを試作するトマスさんにつきあっている。ようするに試食だ。
焼き上がりを待っている間、トマスさんと一緒に調理道具を片付ける。
「エルシー」
「はい?」
「そろそろ俺のことも“トマスさん”じゃなくて、“トマス”って呼んでみないか」
「それは無理です」
「即答かよ」
「トマスさんは年上ですから。年上の方を呼び捨てになんてできません」
「恋人でも?」
「こ、恋人は別だと、おもいますけどっ」
「ふり、でも恋人同士じゃないか。呼んでごらん」
「ふりと本物は違いますっ」
トマスさんは私の返答に「ま、確かに違うか。」とあっさり納得し、オーブンの様子を見るために洗い場を離れた。
私はちょっとほっとした。前は普通にかわせていたトマスさんのちょっとしたからかいにもどきどきしてしまうのだ。
「エルシー、いい具合に焼けたから皿を用意してくれないか」
トマスさんに言われて、私は皿を棚から取り出した。
焼きあがったのは赤や緑などの色とりどりのカップケーキ。
「わあ~。美味しそうですね!」
「緑色は青菜、赤いのはトマト、オレンジのはにんじんだ。ナナオ様に野菜入りでお菓子は作れないかなあと聞かれてね。ベルカフェでも売っているけど自分で作ってみたいそうだ。」
「なるほど。このサイズだと本を読みながら食べれそう・・・・」
「それも言ってたな。“美味しいお菓子とお茶、それと面白い小説の組み合わせは最高”だそうだ。」
トマスさんにそう言い切ったときのナナオ様が想像できて、私はちょっと笑ってしまった。
「エルシー。試食してみてくれないか?」
「トマスさんも一緒に試食しましょうよ。まずは緑色のを半分こしませんか?」私は、程よく冷めた緑色のケーキを手にとって半分に割って口に入れた。「こくがありますけど甘さが控えめなんですね。美味しいです。トマスさんもどうぞ?」とお皿に置いた残り半分をすすめた。
でも、トマスさんは手を出さない。
「トマスさん?」
「食べさせて。」
「はいいいいい?!」私は耳を疑ってしまった。
「エルシーが食べさせて。もー、俺ずっと試作しっぱなしで疲れちゃってさ。」
「はあああ?!いつももっと立ちっぱなしじゃないですか。」
「この間、エリックたちに俺のいいところを聞かれて答えてくれなかっただろ。ちょっとショックだったなあ~。やっぱり俺、無愛想で顔が怖いから。エルシーも俺が怖い?」
「そんな!トマスさんは怖くありません。でも、この間は答えられなくてごめんなさい。うまくまとめて言えなかったんです。」
「じゃあ、俺の傷心をなぐさめるためにも、食べさせて」トマスさんが私を見る。
ううっ・・・・今日のトマスさんは意地悪だ。私はカップケーキをさらに半分に割って一口大にすると、おずおずとトマスさんの口元に持って行った。
「トマスさん、どうぞ」
「“あーん”って言わないのか」
「ト、トマスさん。・・・・あーん、です」
嬉しそうに口を開けたトマスさんに、私は真っ赤になりながらケーキを食べさせたのだった。
読了ありがとうございました。
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トマス・・・エルシーに何を要求してるんだ。
読者様がドン引きしたらどうしようと
ちょっとびくびくしている作者でした。