3.ホットチョコレート
お茶のひととき。の巻
私とトマスさんが付き合う“ふり”をし続けて、2ヶ月がたった。
ある朝、ナナオ様が、私の目の前に「厳選・王都デート地図」を取り出して「エルシー、今度の休みにぜひ使ってちょうだい!!」と差し出した。
それは私が当主様たちのデートのためにまとめた地図。よもや、今度は私が使う羽目になろうとは・・・。
ナナオ様が使用した茶器を片付けるために、私は厨房に向かっていた。ポケットにはナナオ様から押し付けられた・・・いや好意でくださったデート地図。
私たち、付き合ってる“ふり”なのに、デートをする必要があるんだろうか。
厨房をのぞくと、トマスさんはスープの味を確認していた。私はトマスさんが料理をしている姿を見るのが好きだ。あんなに真剣に料理してるんだから、美味しいのは当たり前だよなあ・・・。
トマスさんの邪魔をしたくなくて、私はそおっと音をたてないようにちょうどトマスさんがいる場所と反対側にある、洗い場に茶器を持って移動する。
「人のことのぞいてんじゃないよ。やらしーな、エルシーは」トマスさんが、私のほうを見てニヤリとする。
「はあっ?!」私がトマスさんの邪魔をしないように気を遣ったのに、気遣い損ですか。
「ポケットから紙出てるぞ」
「あ。」見ると、ポケットから落ちそうになっている。私は慌ててしまいなおした。
「なんだ、それ」いつの間にか味見を終えたらしいトマスさんが、お茶の準備とチョコレートを削りはじめた。トマスさんは料理の味がわからなくなるからと、タバコは吸わないしお酒もほどほど。味の濃い飲み物はあんまり飲まないようにしている、と前に言っていた。
削っているチョコレートは、私のためのホットチョコレート用に違いない。トマスさんのホットチョコレートは、ほろ苦いのに優しい味、そしてほんのりオレンジの香り。私もトマスさんにレシピをもらって作ってみたけど、トマスさんが作るものを上回ったことがないのだ。
「ほら。飲む時間はあるだろう?」目の前にホットチョコレートを出され、私はおとなしく椅子に座る。
確かに、ナナオ様から「この紙を見せて、デートの計画でも練ってきなさいよ」と言われ時間はあるんだけど・・・どうやって言い出せというの。というか、8歳下なんて子供だと思う・・・。
トマスさんも自分用にお茶を入れて椅子に座る。
「それで。その紙はなんだ?」
「えっ。これは、その・・・・ナナオ様からいただいて」
「見せてみろ」
「えっ。なんでもありませんからっ」
「エルシー。」まるで、すねた恋人をなだめるような言い方・・・私は本当の恋人じゃないのに。
なんだか逆らえなくなって、私はトマスさんに紙を差し出した。
「これって・・・当主様たちが結婚前にエルシーが屋敷の皆に聞きまわって作ってたやつだよな。」
「はい。ナナオ様から使うようにと・・・・」
「押し付けられたか」
「はい・・・・いいえっ!ご好意でいただいたんですっ!!」
トマスさんの誘導尋問についつい本音をもらしそうになってしまった。
「ふーん。皆、なかなかいい場所を選んでるのな」
トマスさん、きっと載っている場所のほとんどに行ったことあるんだろうな。私がデートしたのなんて、17歳の頃の王宮庭園が最初で最後だ。
「エルシー。」
「はい?」
「せっかくだけど、この地図は使わないよ。」
「は?」
「今度の休みは、俺と二人で食事をしに行かないか?とびきりの場所に案内してやる」
「食事ですか?じゃあ、皆で行きましょうよ」
「・・・・なんでデートの食事に大人数で行かなきゃいけないんだ」
「は・・・デート・・・・デートですか??」
「うかつだった。ナナオ様に言われるなんて俺としたことが・・・・ごめんな、エルシー。俺とデートしよう?」
無愛想なトマスさんが、笑顔になった・・・でも“断るんじゃないよ?”という雰囲気が。私は、うなずくしかなかった。
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どんどん言えない状況になってゆくエルシー・・・