復讐をしないか
策略により全てを奪われた商人の前に悪魔が現れた。
「復讐をしないか」
平時なら耳にも貸さないだろう。
しかし、商人の心は悪魔の誘惑を跳ね除けるにはあまりにも弱っていた。
「何を差し出せばいい?」
問いかけると悪魔は笑った。
「悪魔が求めるものと言えば人間の魂に決まっているだろう。それも最上の」
全てを奪われた商人は躊躇うことなく頷いた。
「くれてやる。どうせ、もう私にはそれしか残っていないのだから」
「なら契約は成立だ」
悪魔は満足気に言うばかりだった。
*
悪魔と契約した商人はその日から目まぐるしい生活を送る羽目になった。
どういうわけか次々に仕事が商人の下へ入ってくるのである。
そして悪魔はそれらを一つ一つ処理するよう男に伝えた。
「こんなことより私は復讐をしたいのだが」
「何も持たずに復讐などできるはずないだろう? そもそもお前は多くのものを持っていた頃でさえ嵌められたんだ。ゆえにまずは先立つものが必要だ」
そう言われれば従うしかない。
幸いにも商人は仕事自体は出来る方だった。
一つ一つ正確に処理をしていくこと自体はあっさりと出来た。
「喜べ。お前の働きが評価され新しい仕事が来たぞ」
悪魔は言う。
「喜べ。お前の評判は王都で聞かれるようになったそうだ」
何度も何度も。
「喜べ。次は大仕事になりそうだ。王族からの仕事だぞ」
心を奮い立たせる言葉を。
やがて、商人自身が仕事を捌けなくなるほどの依頼が来るようになり、商人は悪魔からの提案でギルドを作った。
「こうなれば後は楽だ。お前は指示を出し続ければいい」
「人を見る目は何よりも難しいぞ。裏切りなんてどこでも起きる」
商人の言葉に悪魔は笑う。
「案ずるな。俺ほど人を見る目のある者は居ないから」
*
ギルドは発展し続けた。
商人は悪魔の言葉に耳を貸しながらギルドの発展に努め続け、そして――。
「ふむ」
鏡の前ですっかりと年老いた自分を見て商人は悪魔へ言う。
「直に死ぬな」
「あぁ。よく分かっているじゃないか」
「私が死んだらどうするつもりだ?」
「次の愚か者を探すさ」
悪魔の言葉を受けて商人は微かに衝撃を受けて笑う。
「そう言えばお前は悪魔だったな」
「何を今更。俺をなんだと思っていたんだ?」
「頼れる相棒だと思っていたよ」
そう言って商人は上等な酒を二人分用意する。
なんとなしにこれが最後になると確信しながら。
「そもそもお前は何故、私の下へ来たんだ?」
商人の問いに悪魔は笑う。
「思い出せないのかい。本当に」
「お前を悪魔だというのを忘れるくらいだぞ? あまりに日々が目まぐるしくてな」
悪魔は商人の心を覗く。
一抹の嘘もない。
本当に忘れているのだろう。
「美味いもんが食いたくてな」
「魂か? 悪魔だけに」
「あぁ。俺の言いなりになる馬鹿を何十年も見ることに成功した。本当に良い魂だったよ」
商人は酒を一口飲んで笑う。
確かに。
悪魔からすれば自分の思い通りになる人間など見ていて楽しくて仕方ないだろう。
――だが。
「それは結果だ。どうして私を選んだか教えてくれないか?」
「俺の言葉に簡単に耳を貸すと思ったからだ」
「よく覚えていないが、悪魔の言葉に耳を貸すほどに愚かだったのか? 若い私は」
「実際に貸していただろう? まぁ、無理もないが」
「何があったんだ? 昔語りに教えてくれないか」
悪魔は首を振った。
せっかくここまで美しい魂を堪能したのだ。
復讐心なんて異物を今更付け加える気にもなれない。
「さて。最後の仕事に取りかかったらどうだ。一代で巨万の富を得る者を時々居るが、それを維持できる一族は少ないのだから」
悪魔の言葉に商人は頷いた。
「協力してくれるかい?」
「毒を食わらば皿まで、だ」
残り少ない寿命の中、商人はようやく最後の仕事に取り掛かった。
全ての始まりである、復讐のことなんて全く思い出せぬまま。




