第1章 裏メニューとか聞いてへん
(ここ、どこやねん)
白い、なんやとてつもなく白い空間や。まるで漂白剤のコマーシャルで真っ白うなったシーツみたいやな。実際にはあんなに白くはならん。しつこい黄ばみも落ちるとか、言うてるくせにな。
(はてさて、こまったなあ。バスはどこいってもたんやろか)
今朝あったことを思い出してみよか。せかやてなんぼ思い返しても、今この場所には繋がらん思うけどな。
ウチは今日から高校生になる予定で、入学式に向かってる途中やって、確かに路線バスに乗ってたはずや――。
※
「ほな、いってきます。いうて、誰もおらんけどなっ!」
そういうて、ウチは住みはじめたばかりの部屋から出たんや。アパートの外廊下に出て扉に鍵をかけて、ちょっと前からお世話になってる街並みを眺めたらな、遠くの河川敷に見えるサクラはもうほぼ緑や。最近は入学式いうたかて、だいたいサクラは散ってしもてるし、あんなんはラブコメマンガの理想的なシーンぐらいにしかあらへん。ありゃ、あれは卒業式のシーンやったか? まあどっちでもええわ。
「しかしなあ、友達おらんのは、やっぱり寂しいなあ」
近くのバス停に向かいながら、そんなことを愚痴りながら歩いとった。昔からなんでも思うたことはすぐに口に出てまいよる。気い付けんと変人に思われるな。あかん、あかん。
よし、口に出さんと心で考えるで、感じるんや。
(でもなあ、なんでいきなり関東やねん。しかもばっちり敵地やし)
ほんま、ここはどこや、って感じや。いや、知っとるけど。東京とかいう我々の宿敵が根城にしている悪の巣やけど。言うとくけどな、セ・リーグ首位の座は渡さへんで。とくにお前んとにはな。いくらウチが住むことになったかいうてもな、心の地元は向こうのままや。
しかしな、おとん、いつのまに転勤しとってん。ほら、おかんと離婚しよってからたまにしか連絡しとらんかったウチが悪いかもしれんけどな。それでもな、おとんも虎ファンやろがい。おんどら裏切りよってからに。
「はあ、それにしてもなあ、おかん。なんで死んでしもたんや」
あれはついこの前、ああでも2か月もたったんかいな。
おかんが死んでしもた。
あっけなく交通事故で。おかんが自転車漕いどったら、信号無視した車が突っ込んできよった、らしいわ。ウチが見たわけやないけど、ドライブレコーダーにそう映ってたんやと。
そんでそれからはもうわけわからん間に色々進んでしもた。葬式や示談やなんやと、ウチ一人ではとても対応できんぐらいのことばかりや。それでも悲しむ暇もないぐらい頑張ったけどな。おかんは天涯孤独でな、親類なんておらんかった。しゃあなしに、おとんにいろいろ頼んだんや。まあ円満離婚やってん。せやしおとんにはほんま世話になったし、これからも世話になることにもなった。つまりウチはおとんに引き取られてここで暮らすことになったわけやな。そういうことや。まる。
せやからな、せっかく受かった高校(いうてたいしたこと高校やあらへん)には入学できずじまい。で、おとんに言われるままいろいろやって、何とか滑り込みでこっちの高校受かってな、それでなんとか通えることになったんや。
あ、バスきよったわ。
定期券はスマホをかざしてピッとやればええだけや。地元でもいっしょやけどな。せやけどこっちやとシステムが違うらしいけど、使ってるもんからすれば一緒や。ウチはカモノハシの絵、お気に入りやったんやけどな。
ん、あれは誰や。なんやちびっ子が小綺麗なべべ着て座りながらこっちをじっと見よる。小学校に路線バスで通うとか、そんなんもあるんか?
なんて悲しいだけやし、やめよやめよ。窓ガラスに映り込んで、服に着られとる子どもみたいなあれが、ウチや。そこらの小学生より背は低し、いいとこ標準的な童顔やし、何の変哲もない黒髪やで。ほんま、なにもかもがちっこいで。胸もな!
髪ぐらい染めたらどうやろか。似合わんやろなあ。
「はあ、もう大きいならんやろなあ」
背が。背が!
知らんうちに呟いてしもたけど、バスはそれほど混んでおらんし誰も聞こえてへんやろ。混んどったら地獄やけどな。ウチは押し潰されて窒息状態や。せやから早めのバスに乗ったんや。いらん苦労をさせられとる。まあ、おとんはウチより早く出よったけどな。おかんのことでだいぶ仕事が溜まってしもて忙しいらしい。ほんまおおきに、ご苦労さん。
乗客は10人もおらん。ざっと見て、ウチと同じ制服着とる可愛い女子がひとり。ウチと比べたら天と地ほど差があるな。もちろんウチが地や。隣におるんは彼氏か? ブレザー制服は男女共統一したデザインっちゅうのは、まあ、当然や。で、男子はネクタイ、女子はリボン。ええなあ、あの子、可愛ゆうて。胸元のリボンにすら大負けかましとるどっかのガキンチョとはえらい違いや。
バスはいくつかの停留所を跳ばしたり止まったりしながら進んでいきよる。ほんで、遠くにこれから通うガッコが見えてきたんや。
そこまでは覚えとる。そこまでや。
んで、思い出すのもそこまでにして、白い空間や。見たところ周りにはウチ含めて10人や。バスには途中で乗ってきた客が多かったはずやし、全員ここに飛ばされたんか? せやけど運転手はおらんな。全員とちゃうかもしれん。男性5人に、女性5人。そのうちちっこい子どもが1人。誰のことやろなあ? なあ?
「あずくん、ここどこ?」
うん、あのウチと同じ制服を着てるのに、まったく同じようには見えへん美少女のことはよう覚えとる。すまんな、比べることすら失礼やったわ。レベチってやつや。ウチが心で叫んだ「ここどこや!」と比べて、言い方からしても綺麗やな。悔しいわけやないで。
「これ、もしかして!」
んで隣の男の子は、なんや目がキラキラしてるな。あの目、ウチ知っとるわ。こうやんが好きなマンガの発売日にしとる目と同じや。あ、こうやんってのはウチの幼馴染や。紛うことなきオタク男子やで。こうやんの選ぶマンガにハズレはない。せやから勝手に部屋に入ってベッドに寝転んで何度も読まさせてもろたわ。
でもこうやんはウチには絶対に手ぇ出さへんで。ヘタレやないで。やつは巨乳のおねーさん好きや。ウチのことはアウトオブ眼中って大きな声で宣言しとる。ウチも願い下げやしな。せやけど幼馴染や。理想の関係やろ? ちなみに見た目はええで。中身は残念やけどな。
しかしな、もう会えんみたいやなあ。寂しいなあ。
そんなことしみじみ思うとったときや。
出てきよった。やっぱ出よったで! なんやキラキラした、こうやんの好きそうな美人さんがな、出てきよったんや。あいつ、これ知ったら泣いて悔しがるやろうなあ。いまからでもここに呼ばれへんかな? 召喚! いでよ、航大、なんてな。無理に決まってるやろ。
「皆さん、女神の間へようこそ」
キラキラ~、キラキラ~。キラキラしすぎや! 眩しいわっ!
あれやな、見せてはいけない代物が口からぶちまけられるときにかかるエフェクトみたいなもんやな。知らんうちに目ぇ背けてもうてたわ。
せやけど、みんな呆気にとられて見惚れとるな。普段から美しいもん見慣れてへんとああなるねんで。気ぃつけや。
「女神! もしかして、これ転生? 異世界転移!」
ん、あの美少女の横にいた平均よりちょい上男子(失礼)が言うたんかと思ったら違うやん。スーツ着たおっさんが、こっちも目ぇキラキラしながら言うとる。おとんと同い歳ぐらいか。いつまでたっても男ってやつはよぉ、まったく、つける薬どこにあるんや?
「はい、女神ですよ。そして、そのとおり、皆さんにはこれから異世界に行ってもらいます。はあ、最近の方々はみなさんどうしてそんなにお詳しいんでしょうか」
ん? そりゃつまり、異世界転移って割と起きとって、珍しいことやないってことか?
あ~、せや、異世界転移な。もちろんウチもちゃんと知っとるで。こうやんちのマンガにようあったわ。転生と転移の違いもわかっとるで。転移ってのはあれやろ、この姿のまま異世界にいくってことやろ。このちっこいままで。
……チッ。
「もしかして、チートとかあるんですか⁉」
今度はあの男の子や。隣で女の子がびっくりしとるな。はしゃぎすぎて愛想つかされんように注意や。取り返しがつかんことになってもしらんで。
(はあ)
さてそろそろ現実に戻ったほうがええ。いや戻れんわ。これが現実や。おとん、すまんな。せっかく一緒に暮らそういうてくれたのに、また別々や。ウチはなんとか頑張って生きるさかい、おとんも気張りや。
「はい、それでは、順番に説明しますね」
キラキラ女神はんの一言に、嬉しそうにする男性諸君と、不安そうになる女性一同。あ、そんなことなかったわ。女性1名はつやつやしとるし、男性1名はこの世の終わりみたいな顔しとる。まあ異世界転移いうてもな、平和でハッピーな世界やのうて世紀末みたいな行き先もあるでな。
「皆さんがこれから向かうのは、剣と魔法の世界。ダンジョンがあり、モンスターがいて、冒険者たちがそれを狩り、王侯貴族が国を治めるそんな世界です。想像できますか?」
「やったぜ!」
だからそこの男子、あまりそういうことをするとやな、見限られても知らんで?
「あずくん……」
ほら、ほらあ。はよ気づかなっ!
「つまり皆さんが過ごされた世界とは全く異なります。まさしく異世界! そこでですね、皆さんには特典として、特別なスキルを持って行ってもらいます」
「あ、あの!」
そこで話をぶった切って、美少女が声を上げた。いいぞもっとやったれ。
「元の世界には、戻れないんですか?」
せやな、それ聞きたいわな。でもな、ウチその答え知ってんで。
「はい、もう戻れません」
だってな、それが出来たらな、そもそもこんな話しとらんやろ。
「どうしてですかっ!」
ちょっとだけヒステリックになってしもた美少女はん。さあ彼氏君、彼女のフォローをするんや! さあ、さあっ!
「大丈夫だよ、サヤ。チートもらえるんなら問題なしさ」
ちゃう、そうやない。何かこう、ちゃうでそれは。もっとこう漢らしい台詞言えんかったんか? ちん〇、ついてるんか?
「だって、だって、あずくん。もうお母さんにもお父さんにだって会えないってことでしょ? そんなのって、ないよ……」
はい、お涙頂戴シーン始まりましたあ。けど実際にあの子、泣いとるわけやしね。あれがいたって普通の乙女の反応やと思うわ、あれこそがな。ウチにはどう転んでも真似でけん。
「とりあえず進めますね」
キラキラはん、あれを放置して話を進めるらしいわ。なんや忙しいんやろか。
「転移者特典ですが。はい! どどーん! この中から選んでください!」
女神はんがそう宣言すると、ハラハラと紙が空から舞い降りてきよった。空っちゅうよりは天井かもしれん。なんせ太陽があらへん。輝いとるんは目の前の謎存在と、それを見つめてる男性4名、女性1名の瞳だけや。……なかなか降りてけえへんな。紙やしな。天井高いしな。
しばらくぼーっと待ってたら、ちょうどウチの手元にひらひらと舞ってきよったんで、それを掴もうとしてみたんや。……失敗や。するりと抜けていきおった。ふらふらしとる紙を捕まえるんは意外と難しいんや。箱の中に手ぇ突っ込んで風で舞い上がる何枚もの紙幣を掴み取るっちゅうテレビ番組が昔あったらしいで。
しゃあないし、しゃがんで床に落ちたそれを拾う。背が低いとこういうのは楽やで。負け惜しみや。あ、拾ってよかったんやろか。……みんな同じことしとるし、大丈夫そうやな。
「ええと、なんやて。聖剣? 伝説の剣があなた専用に? これを使えば何でも切れちゃう? トマトだって潰さずに、薄く綺麗にスライス可能! ……包丁のコマーシャルかな」
誰や、これ書いたんは。責任者出てこいや。目の前におるあれかな?
「いってらっしゃいませ。良い異世界生活を!」
ウチのたぶん同級生になる予定やった男子と女子が女神はんに見送られて消えよった。ちなみに男子は「聖剣」を選んだみたいや。ようあの文言で聖剣選びよったな。ちゃんと見たんやろな?
そうしている間にみんな次々消えていきよる。
ウチはものすごう悩んどった。なんせな、どれもいまいちなんや。
あ、忘れとったけど、女神はんがいうには他の人がそれを選んだからって、別の人がそれを選べんようになるわけやないんやと。だから聖剣持ちが複数誕生することだってあるんや。聖剣対聖剣で戦ったらどうなるんやろうな。何でも切れるっていうとったよな。これ矛盾という、ってやつや。中学でなろたな。ちょっと違うな。「聖盾」ってのはたぶんなかったで。
つまりこれはなしや。こんな物騒なもん、いらんで。
ちなみに美少女が選んどった、というより男子に選ばされとったんは「魔法の素養」や。現地の人とちごうて転移者はこれがないと魔法が使えへんらしいわ。え? なにそれ? 剣と魔法の世界はどこいったん。まあ、パスやな。素養、ってあたりがもうあかん。勉強せんとつかえへんいうことやろ。聖剣君が傍にいるんやったらええけど、身に着くまで時間がかかるっちゅうことは独り身にはつらいで。そういやあの子らペアになること前提やったけど、同じ場所に転移できるんやろか。まあ、他人のことやし、ええか。お幸せにな。
しかしなあ、他のも似たり寄ったりやなあ。それにな、こうやんが言うとった。パッシブ最強ってな。つまりなにもせんでも常時発動なやつがええんや。でな、それらしいもんがひとつあるにはあったんや。ガタイの良いにーちゃんがそれっぽいの選んどった。正解や。残念ながらウチには意味のないやつや。「頑強」ってやつや。筋肉もりもりになるらしいわ。な? ウチには関係ないやろ。これはな、元々がしょんぼり体格なウチやとな、持ち腐れ待ったなしや。
「あのう、まだ決まりませんか?」
女神はんがウチにそう声を掛けてきよった。なんやちょっとだけキラキラが陰ってきたような。もしかして時間切れとかあるんかな。ちょっと見てみたいで。
キラキラはんに言われて気付いて、周りを見てみたんや。もう誰もおらんかった。悩んでたらウチが最後になってしもたらしい。
しゃあないなあ。悩んでるときの解決法、試してみるしかあらへんな。
「なあなあ、女神はん」
責任者に聞くんや。
「はい、なんでしょう」
「あんな、ここにあるの、どれもいまいちぱっとせえへんねん」
「は、はあ」
「そこでやな、女神はん。ものは相談なんやけどな。ここに出してない裏メニュー、あらへんか?」
それはな、冗談やった。場を和ませて話しやすくするっちゅうんはな、大事やで。
そうや、ウチは冗談のつもりやったんや。
「ありますよ」
「あるんかいっ!」
いつもの癖で被せ気味にツッコミしてもたがな。
「なんで最初からだしとかんのや。詐欺やでそれは」
「嘘は言ってません! それにですね、その、ちょっとこれにはいろいろ事情が」
「つべこべいわんと、今すぐだすんや、わかったか」
「うう、わかりました」
なんや、キラキラが更に収まってきよったで。時間制限とちごて、この女神はんの気分次第なんやろか?
「こちらになります。でもでも、でもですね」
上空から追加で5枚ほどの紙がひらひらとまた舞い降りてきよった。この演出はいったいなんなんや。時間がかかってしゃあない。見直した方がええで。
「これは初心者にはちょっとおすすめできないんです」
「初心者て、あのな。ほなもう1回、とかありえへんやろ?」
さすがに異世界転移なんて1度だけで充分ちゃうんか?
(いやいや、最近は何回も転移してからな、最終的にスーパー無双モード! っちゅう話もあるで)
変やな。こうやんの声が聞こえてきたで。間違いない。空耳やな。
なんやねんスーパー無双モードって。ロボットでも活躍するんか?
「どうしたもんやろか」
ウチは2枚の紙を手に取って、交互に見ながら悩んどった。
パッシブや。追加の内この2枚がパッシブやった。パッシブ最強や。
左手に持った1枚は――。
「『美形』なあ」
なんや、文句あるんなら、言うてみい。ウチにもコンプレックスちゅうもんがな、あるんやで。まあええ、肝心の内容や――。
――みんなに好かれたい? カリスマモデルみたいになりたい? これを使えばもう安心! あなたは誰もが振り向く美人顔になります。ついでに髪の毛まで、さっらさら。道行く人がみんな振り向きますよ! ちなみに背丈は変わりません、悪しからず。
「いらんな」
ウチはそれをくしゃくしゃに丸めたい気持ちをなんとか抑えつけて、裏向けにしてそっと地面に置いたんや。ウチは何も見なかった。わかったね?
「これしか残らんやん」
最後に残ったそれをウチはじっと見つめた。パッシブや。紛れもないパッシブや。そしてウチの信条にも合致しとる。これしかないで。まさにウチのためにあるようなもんや。
でもな、契約っちゅうのは、怖いんや。よう知っとる、説明は隅々までちゃんと読まんと――。
「はい、それですね。それではいってらっしゃいませ。大きな街の冒険者ギルド前に着きますので、まずはギルドに登録するのをお勧めします」
「あ、こら、何勝手にすすめとんねん!」
や、やばいんちゃうか、これ。ああ、もうっ!
「それじゃあ、良い異世界生活を! ……あっ」
あっ、てなんや。ちょっと待てや。こいつ今度会ったら絶対しばき倒したる。
……手ぇ届かんけどなっ!
そしてウチは気付いたらそこに立っとった。
「あの、くそあほんだらがーっ‼」
がーっ、がーっ、がーっ……。
あんまりにも腹立つし、心の中でエコーを響かせたったわ。
「なんもないやんけ、ほんまにくそがっ」
周囲は、緑、緑、緑や。これを写生せえ言われたらめっちゃ楽やな。絵具も緑と黄緑、空色とオレンジ色があればそんだけでええで。美術? 苦手に決まってるやろ。それにしても臭いな。緑の清々しいええ匂いってのは、自分の気持ち次第っちゅうこっちゃな。
ほんでなんやのこれは。街なんてどこにあるんや。あの嘘つき女神め。最後の「あっ」の結果がこれか。
見渡す限りの草原ってこういうのやなあ。なんとかネイチャーっていう番組みたいや。日本やと北海道ぐらいでしか見られへんのちゃうか? ところどころに草むらみたいになっとるんが、これまたムダ毛みたいやな。
「どないしたらええねん」
どっちに行ったらいいかもわからん。道が見えん。中途半端に生えた草のせいで何もかも隠れとる。うちの背が低いせいやないで。なんぼなんでも、これぐらいの草には負けへん。どっか高い場所あらへんか?
「あっこにいくか」
遠目に小さな丘みたいな場所があるのをなんとか見つけて、ウチはそっちに進みだした。草をかき分けて。なんで制服はスカートなんやろ。ちくちくして痛いで。
そういや鞄あらへんな。服だけやん。ポケットにティッシュとハンカチぐらいは入っとるけど。それぐらいはちゃんと持っとるで。スマホも鞄の中やったな。あったところで使えへんやろけど。しかしどこに置いてきたんかいな。いやそもそもあの女神空間の時点で持ってなかったな。異世界へ持ち込み禁止の禁制品なんかな。
ないもんはしゃあない。ないものねだりはしたらあかん。しかしほんまになんも持ってない、丸腰や――。
「ぐえっ」
痛い、痛いでぇ。なんやこれは、めっちゃ痛いやんか。急に腹が痛うなってきた。今朝のご飯、なんやったかな。なまものは食べてへんかったはずや。
ウチは視線を足元に向けてみた。
「な、なんじゃこりゃあ!」
そこにはな、白い尻があったんや。
モフモフや、みんな大好きモフモフや。ウチも好きや。いやどっちかっていうとこれはゴワゴワやな。こやつ、毛が多すぎるわ。
こいつはたぶん、ウサギや。でかい野ウサギや。汚れた白や。漂白剤はどこや。
「……刺さってるやん。そりゃ痛いわ……」
ウチはそのままへたりむように崩れ落ちた。腹にどでかい穴をあけられてしもうたんや。痛いはずや。もちろん血も出とる。
ウチ、このまま死んでしまうんやろか。ようわからん角の生えたウサギにお腹ぶち抜かれて、失血死かなんやわからんけど、緑色したベッドの上に赤いもんとかいろいろぶちまけて死ぬんやろか。
そんでようわからん化け物に食い散らからされて、骨だけになって、もしかしたアンデッドってやつになってそこらへん彷徨って、たまたまやって来た人間を食らって犠牲者を増やしてしまうかもしれん。
あかん、あかんで、ウチを食べたらあかんがな。食べるところ少ないし、やめときやめとき。それに絶対、お腹壊すで。
ああ、おかんの顔が浮かんできよる。ごめんな、おかん、先に逝ってるで。ちゃうわ、おかんもう死んどったわ。
「せや……せやけど、せやけどな! ウチは、こんなもんで、終わらへんでっ! せめて、せめて、相打ちやあっ!」
座り込んだ先に、ちょうどええ石があった。うちの小さなおててでも両手使えばしっかり握れるサイズや。
「こなくそ!」
何度も何度もその石で、ウサギの尻を打ちつけたった。ウサギの血が飛び散るけどそんなもん気にしたら負けや。どうせ自分の血ですでに汚れとる。ウサギがモガモガしとるけど、残念やったな。自分から刺さっといて抜けへんなってるのは自業自得やで。
「おんどりゃあ、死にさらせ、やっ!」
最後に思いっきり振りかぶって打ち下ろす。原始の武器、それはただの石ころや。最強の武器や。聖剣よりも強いで。嘘や。このウサギを殺せるんやったらなんでもええわ。
「ふーっ、ふーっ」
激しい戦いやった。ちょいと引っ張ったら、ずるりとウチの腹からウサギが抜け落ちよった。ウチの勝利や。初勝利や。初回にいきなり点を取られて完封とまではいかんかったが、完投したったで。
「うおっ、なんや。グロ画像注意か⁉」
なんやなんや、ウサギまでキラキラしてきよったで。この映像は見せられません、ってか?
「……戦利品やな」
そうや、こうやんの持ってたマンガで見たな。ゲームの世界に閉じ込められるってやつや。敵を倒したらキラキラ光って、コインやらアイテムやらを落とすってやつやな。それとおんなじや。
白いモフモフの……いや違うで、ゴワゴワや。柔軟剤なんて忘れた毛玉が落ちとる。気色悪いな。でも、もらっとくで。ポケットに突っ込んだらぱんぱんやな。けど、たぶん金になるやろ。さすがにコインは落ちてへんな。モンスターが金なんて持っとったところで、使うところあらへんやろしな。
「それにしてもなあ。せっかく新品の制服が台無しやなあ。でっかい穴に泥だらけで血だらけや。洗っても絶対落ちひんやん。でも着替えもないしな。早いとこ人里見つけんとまずいで」
ウチは自分の土手っぱらを見た。い、いや太ってるわけやないで。幼児体型なだけや。ぽ、ぽっちゃりや、そうや、ぽっちゃりや。
お腹の中央部分に丸い穴があいとる。直径は3センチほどはあるかもしれん。割とでかいな。
「……すっかり塞がってもたな。痛いのもなくなったし、ほんま、助かったで」
ウチは感謝した。女神にやないで。あのアホのことはどうでもええ。こうやんや。ウチの幼馴染、もう会えへんようになってしもうた、あの憎めないイケメンオタクの航大のことや。おおきに、ありがとう、パッシブは最強や。
「生きてるだけで丸儲け、や。誰かの言葉やけど、うちの座右の銘や!」
ウチの選んだ転移者特典はな、この金言に見事にマッチしとる。なんでこんなもんを裏メニュー扱いしとったんや、あのキラキラもどきは。
ほんでな、それはな、これや。
『不死』
あのクソのせいで時間がのうてちゃんと最後まで説明読まれへんかったけど、読んで字のごとくやろ。不死、死なず、死なへん、生きとるっちゅうことや。
死なんかったらなんとかなるで。間違いないやろ。たぶんな。
「そんじゃ、ぼちぼち行くでえ」
……ええと、どこ行ったらええんやっけ?




