3.Disappearance/記憶の片隅
「じゃあな佐山。
また明日」
「うん、また明日ね」
放課後、大学のクラスメイトの神原と別れ僕は一人になった。
『久しぶりに行ってみようかな…』
しばらく行っていなかったこともあったため、僕はある場所に一人行く事にした。
行き着いたのは、幾数もある墓地。
僕はその一箇所にたどり着いた。
「やぁ、元気にしてたかい?
……「涼子」」
そこはかつての恋人が眠る墓……秋篠涼子の墓だ。
「ちょっと時間空いちゃってごめんね。
これ、大学の友人から貰ったお菓子なんだ。
涼子、チョコ菓子好きだったよね?」
そっと貰ったチョコ菓子を置き、墓に向かって手を合わせた。
涼子が亡くなってから、僕は三ヶ月に一回程度のペースでこうして墓参りに来ている。
学校のことを話したり、日常であったことを報告したりもしている。
「…それでね、加藤のやつが僕に代わりに頼まれて欲しいってせがんできてね。
もう大変だったよ。
それで…………」
不意に涼のことを思い出し、僕の言動はストッパーを立て掛けられたかのように止まった。
『どうしよう…。
涼子に涼が来たことを言うべきか……』
実は涼子には涼のことを一言も教えてはいない。
もちろん死んでる人に教えたところでどうともならないのは分かっているものの、何となく気を遣って言えなかった。
その時、突然背後から声をかけられた。
「あら、翔太君…?」
「っ!
……涼子のお母さん」
振り返ると、そこには涼子のお母さんと墓参りの道具を両手に持ったお父さんがいた。
「久しぶりねぇ!
あれからずっと顔も出さないから心配してたのよ。
…元気にしてた?」
「はい。
その…ご心配かけてすいません」
「いいのよ!
あの子が居なくなってから、翔太君ったら連絡もくれなくなっちゃうんだもん。
ずっとあの子のことで引きずってるんじゃないかなって心配してたのよ」
「いえ、大丈夫ですよ。
確かに初めの頃はだいぶショックは大きかったですけど、今はもう立ち直りましたんで」
「それなら良かった。
…これ、よかったら食べて。
ご近所からもらったたくあんの漬け物。
涼子も好きでよく食べてたのよ」
「そうなんですね。
いただきます」
漬け物を一枚噛みしめると、口の中で程よい酸味が広がり、少しだけ僕は肩の力が抜けた気がした。
その傍らで、涼子のお父さんは黙々と線香に火をたいていた。
「翔太君。
君もたててやりなさい」
「はい。
ありがとうございます」
お父さんから数本の線香をもらい、香炉砂に立てて再び手を合わせた。
「しかし、本当にあなたが彼氏で良かったと思うわ」
「…どうしてですか?」
「そりゃあ、翔太君は涼子のお気に入りだったもの。
涼子は誰にでも優しかったけど、あなたは特別だったのよ。
デートした日の出来事とか、学校であなたと話した内容とか…あなたのことばかり話してたのよ。
あんまりそんな事ばかり話すもんだから、お父さんったら一時期、翔太君のことを毛嫌いしてた時もあったのよ」
「やめんか。
もう昔のことだ。
今じゃ俺も翔太君が涼子の彼氏である事は素直に認めてるとも」
「あはは…。
ありがとうございます」
本当に仲が良いご両親だと思う。
…僕のところは………。
「…翔太君、どうかしたかね?」
「っ!?
い、いえ…少し考え事を…」
僕の惚けていた様子に何か勘違いさせてしまったのか、それまでおしゃべりだったお母さんは黙り込んでしまった。
すると、お父さんが不意に僕の肩を叩いた。
「翔太君。
君の思うことも分かる。
だが、己を追い詰めてはいけないぞ。
むしろ君は涼子にとってかけがえのない人になったんだ。
自分に自信をもってくれて構わんのだよ」
「……ありがとうございます」
自分の肩に乗せられた手と、力強いその言葉に思わず涙が出そうになるも、僕はグッと堪えた。
「…そ…そうよ!
あなたは何も悪くないのよ!
何も心配しないでね!」
「…はい!」
安心感のある励ましに、僕の沈んでいた気分は少しだけ回復しつつあった。
その後、少しだけ与太話をして僕はご両親と別れた。
『またいつでも家に遊びにいらっしゃい。
いつでも待ってるからね』
そんな暖かな言葉をもらい、僕は家路を歩いていた。
『お父さん、お母さん。
…僕はあなたたちに嘘をついています』
そんな背徳感を胸に残しつつ、僕は家に着いた。
「ただいま」
「おかえりなさい翔くん」
そこには当たり前のように涼がいる。
同棲生活が始まって三ヶ月がたった今となっては普通の光景だが、実際は異様なことだ。
『涼子そっくりのアンドロイドが居るなんて言ったら、どんな反応するかな…』
そんなささやかないたずら心に花を咲かせつつ、僕は寝室に向かった。
寝室のタンスの奥にしまっている小さなビニールの袋。
僕はそれからあるものを取り出した。
「……涼子…」
それは僕が涼子と初めて二人で撮った記念写真。
付き合ってまもない頃に公園のベンチで撮ったんだっけ。
写真に映る涼子は、栗毛色の長い髪が綺麗で身体が弱い子だった。
それでも小さな事にでも感謝の心を忘れず、何に対しても自信の持てなかった彼女の優しさに僕は惚れたんだっけ。
「……ぐすっ…」
不意に涙が込み上げてくる。
涼がいるというのに、僕は贅沢者だ。
それでも、辛いことがあった時はこうして涼子との写真を見て立ち直ってきた。
「…大丈夫。
僕は一人じゃない。
今は………涼もいるんだから」
涙と鼻水を拭き取り、僕は何事も無かったかのように涼のいるリビングに戻った。
「今日は学校どうでした?」
「うん。
いつも通りだよ。
あ、でも数学で少し分からないとこがあった気が…」
「!
であれば、私が教えてあげますよ!
こう見えて、数式や工学関連は強いんですから!」
こう見えるも何も、人工知能搭載のアンドロイドならば一般大学の講義内容など一般常識レベルだろうに。
「そ、そっか。
じゃあ、少し教えてもらおうかな…」
「はいっ!」
そう言って涼は僕の隣に座った。
『あれ…?
……いつもと香りが違う気が…』
スンスンと知らぬ間に鼻を鳴らして匂いを嗅いでいると、その様子に気付いた涼がぺちっと音を立てて僕の額を叩いた。
「こら、女の子の匂いを嗅ぐのはスケベさんのする事ですよ」
「っ!?///
ごごごめんっ!!
べ、別にそういう性癖とかじゃなくて、なんかこう…いつもと香りが違った気がして…」
「…?
あぁ、お洗濯に使う柔軟剤を変えてみたんです。
たまには別のものに変えてみるのもいいかなと思いましてね」
涼もまた自分の着てる服の匂いをスンスンと嗅ぎながら答えた。
「そ、そうだったんだ…。
ごめんね、気持ち悪かったよね…」
「…翔くん…」
自分の行為に反省しうつむいていると、不意に頬に彼女の手が触れてきた。
「…涼?
……っ?!///」
顔を上げた直後、僕は涼にキスをされていた。
突然のことに、僕は抵抗することも逃げることも出来ずにいた。
パニックに苛まれる脳裏に感じた彼女の唇は、人間そのものの柔らかさ。
閉じたまぶたから見えた長いまつ毛、頬から感じる彼女の柔らかい手。
そして僕はある事を思い出した。
『あぁ……。
これはまるで……「あの時」と同じだ…』
数秒とも数十秒とも言えるキスの合間に、僕は忘れかけていた思い出を蘇らせていた。
それは涼子と付き合って一年が経った記念日のこと。
学校帰りの夕方、僕は事前に彼女の好みを聞いて………なかったが故、何もプレゼントもなく公園のベンチに二人で座っていた。
「……ゆ、夕日が綺麗だね!
なんかさ、僕、夕日が小さい頃から好きだったんだよね!
なんかこう……落ち着くっていうか、懐かしいっていうかさ…」
「うん。
そうだね」
つま先をパタパタと遊ばせ、涼子はどこか退屈そうにうつむいていた。
『……ごめん涼子…。
きっと、プレゼントがもらえると思って待ってるんだろうな…。
……はぁ……僕はダメだなぁ…』
当時、女の子と付き合ったことの無い僕は、涼子とのデートにでさえぎこちない部分が多かった。
好きな人と一緒にいられるのはすごく幸せだが、同時に緊張が止まらなかった。
「…ねぇ」
「っ!?
…な、何…?」
突然、声をかけてきた涼子は言った。
「今日、何の日か覚えてる…?」
「…っ!?」
その一言に僕は深く胸をえぐられた気がした。
「あ…えっと……」
すぐに答えが出てこなかった。
覚えてると言えば、きっと涼子はプレゼントの事を気にかけて改めて萎えるだろう。
逆に、覚えてないと嘘をつけば、彼女は記念日だということも覚えてもらえてないとショックを受けるに違いない。
「……えっと……その…… 」
うつむきながらパタパタと前後に動かす自分の両足を涼子は眺めていた。
「………ごめん涼子!!!
せっかくの記念日なのに、プレゼントの一つも出来ないなんて……僕、最低だよね…」
涼子の隣で同じようにうつむくと、動かしていた足を止め、涼子は僕を見つめていた。
「翔…ちゃん…」
涼子の手が僕の背中に触れると、急に涙が込み上げてきて、僕は泣き伏せていた。
「…!」
泣きだしたことにびっくりした涼子は僕の背中から手を離した。
僕は………何も出来なかった。
「…………翔ちゃん」
不意に涼子は僕の名前を呼んだ。
顔を上げると、涼子はそっと僕の両頬に手を添え、真っ直ぐに僕を見つめていた。
「っ…」
思わず目をそらすと、涼子が声を張った。
「ちゃんと私を見てッ!!!!」
涼子の軽い怒声に思わず心臓が飛び上がり、少し怯えながら目線を戻すと、涼子は真剣な眼差しで僕を見つめていた。
「……」
そして一呼吸おいて、涼子はそっと僕にキスをした。
「ッ…!?///」
あまりに突然の出来事に、僕は思わず逃げ出しそうになったが、僕を取りとめていた涼子の手は決して離さんと言わんばかりに僕の頬から離れなかった。
「………」
何秒が経ったのだろうか。
ようやく涼子は僕から離れ、そっと微笑んだ。
「……私ね、ずっと考えてたことがあるの。
記念日のプレゼントは、物じゃなくて「気持ち」が欲しいなって」
「ッ…!」
少し照れくさそうに涼子は僕から目を背け、自分の髪をすいていた。
「……それでいいの?」
「え…?」
「だって………涼子、君は綺麗なんだ。
君は自分が思ってるより美しいんだよ!
だからこそ、僕は僕なりに君が喜ぶものをあげたくて……でも、君の欲しいものが分からなくて……」
再び泣きそうになった僕を制するかのように、涼子は僕の肩に顔をうずめた。
「…私はネックレスとかに興味はありません。
服もお化粧も……欲しいのは「翔ちゃんに愛されること」です」
「っ………」
あまりにも無欲すぎる。
いや、逆なのかもしれない。
でも、今の僕にはそんな彼女が綺麗すぎて…。
「翔ちゃん…。
私、あなたに愛されたいです。
こんなわがままな女の子ですけど、これでも翔ちゃんに好きになってもらおうと頑張ってるんですよ…?」
「っ…!
涼子……!!」
その一言に、僕は思わず彼女を抱きしめた。
力強く、彼女を壊してしまうかもしれないほどに。
「ごめん涼子…。
君がそんなに僕のことを想っていてくれたなんて……僕は…幸せ者だよ…」
「っ…!
翔…ちゃん…」
その時、初めて涼子の涙を僕は見た。
…何故だろう。
その泣き顔を見て、僕は自分からも彼女にキスをした。
涼子もまた、力強く僕を抱きしめてくれた。
胸いっぱいの愛を互いに教え合うように……僕らは離さなかった。
気が付くと、涼はいつの間にか僕から離れニコニコと笑っていた。
「っ………」
気がついても尚且つ惚けていた僕を、涼は少し心配し始めていた。
「しょ、翔くん…?
大丈夫ですか…?」
「……あ、うん…。
ちょっと…びっくりしただけ…」
その一言に涼はクスリと笑ってくれた。
「…ごめんね翔くん」
その場はぐらかしで笑うも、涼の突然のキスに僕は戸惑っていた。
「……ねぇ。
どうしてキスなんてしたんだ?」
「え……?
えっと………」
珍しく涼は言葉に迷った。
その様は、まるで「人間の女の子そのもの」だった。
やがて涼は思い出したかのように語り出した。
「…こないだ、お昼のドラマであったんです。
翔くんみたいに優柔不断な俳優の主人公を、女優のヒロインがどうしようもなくなって思わず勢いでキスしてたんです。
それで……かな」
「ぁ……ドラマ……」
とんでもない勘違いだった。
思わず僕は恥ずかしさで死にそうになった。
「…翔くん。
翔くんはもっと自信を持ってください。
貴方は自分が思ってるよりずっと素敵な方です。
恋人さんとの成功や失敗をちゃんと学んでるからこそ、翔くんにはちゃんと魅力がありますよ。
だから……もっと自信を持ってください」
「涼……」
思わず目頭が熱くなった矢先に涼は僕の頭を優しくなでる。
母親のようなその優しさに、僕は涙を抑えきれなくなっていた。
「大丈夫ですよ。
翔くんには私がついてます。
困ったことがあれば、何時でも私を頼ってください。
…私は、翔くんだけのアンドロ………「女」なんですから」
「ッ……!」
涼の言葉に僕は思わず彼女に泣きついた。
それでも彼女は優しく頭をなで続けてくれた。
『あぁ…なんだか懐かしいな…。
子供の頃、母にされたことがあった気がする。
それと……涼子にも同じことをしたことがあった気が…』
色んな考えが駆け巡るも、結局、僕は思い思いのまま彼女に泣き縋った。
「……ごめん、みっともないとこ見せちゃったね。
ありがとう…涼」
「ううん。
翔くんだって頑張ってますからね」
まるで聖母の様な優しさと笑顔を向ける彼女に僕は思わず胸が高なっていた。
『涼は昔の記憶を知っているのだろうか…。
それとも、たまたま偶然しただけなのだろうか…』
様々な疑惑が残るものの、少しだけ昔の思い出を蘇らせてくれた涼に、僕は心の中で感謝した。




