2.First Contact
最愛の恋人の死から二年が経った。
僕は現在、在席している大学の為に実家から単身引越しの最中だった。
大学の傍にある古いアパートの一室に荷物を小分けにしていた。
『あれからもう二年か…』
ダンボールの荷物を整理しながらふとそんな事を考えていた。
紹介が遅れたが、僕は「佐山翔太」。
大学に通い始めて二年目の二十歳である。
二年前に無くなった「秋篠涼子」は、高校の入学して間もない頃に付き合い始めた恋人だった。
きっかけは入学して落ち着いた頃、図書室で知り合ったのが始まりだった。
『僕と……付き合ってください!』
そんな事を言うつもりなどなかった。
だが何を間違えたのか、僕は自然と口走っていた。
ただ仲良くなれればそれで良かったのに。
『……はい。
こんなわたしで良ければ』
そう言われた時の衝撃は今でも覚えてる。
普通なら頭のおかしい奴だと距離をとるか、本を投付けるところだろうに。
それでも彼女は知り合って日が浅いにも関わらず、僕の気持ちを受け入れてくれた。
出会った当初はぎこち無かったが、それでも気付けば僕たちは純粋に笑いあえていた。
だが、異変が訪れたのは涼子と付き合って一年ほどしてからのこと。
それは彼女の口から言われた。
『私………「ガン」なんだって…。
…病院の先生に言われちゃった…』
心にスーッと穴が空いた気がした。
何も言えずただ惚けていると、彼女は僕の胸に顔をうずめて泣いた。
僕はそっと彼女を抱きしめると、震える手で僕のことを抱きしめてくれた。
『僕がこの子を守らなきゃ』
その思い一つで僕は彼女に尽くした。
一つ一つの出来事を良い思い出にする為に、涼子がやりたい事を出来るだけ叶えたつもりだ。
「無理しないで」と言われても、いつ死ぬか分からない恋人の為ならいくらでも頑張れた。
やがてすぐ涼子は入院生活を要することとなるも僕は三日に一回はお見舞いに行った。
そしてある時、僕は彼女に言った。
『涼子。
いつか病気が治ったら………僕と結婚してくれないか。
必ず、君を幸せにしてみせるから』
そう言うと涼子は涙を流して喜んでくれた。
その翌日、彼女は容態が悪化し、がんの摘出手術と抗がん剤治療を余儀なくされる事となった。
それから程なくして僕と彼女のご両親に看取られ、一年と少しして彼女はこの世を去った。
『涼子…』
ダンボールからタイミングよく出てきた涼子との思い出の写真。
それは、二人で遊園地デートをした時の写真だった。
電飾が煌びやかに通り行くパレードを背景に二人で撮った写真だ。
写真の涼子は、本当に幸せそうな笑顔を浮かべながらピースをしていた。
『…泣くな僕。
涼子は……きっと僕に出会えて良かったんだ…。
きっと…きっと………』
思えば思うほど涙が込み上げてくる。
写真を眺めれば眺めるほど楽しかったこと、大変だったこと、幸せだったと思えることが反芻してやがて遠い記憶に消えていく気がした。
その時、突然インターホンが鳴り響いた。
『こんちわー!
宅急便でーす!』
威勢の良い声にびっくりしたものの、僕はすぐさま涙を拭いて玄関に走った。
「はーい」
ドアを開けると、大柄な男二人が何やらダンボールに包まれたゆうに二メートルはありそうな長方形の何かを持ってきた。
「お届け物です。
ここにサインお願いします」
「あ…えっと………はい…」
色々訳が分からなかったが、気付けば僕はサインをしてしまっていた。
「これ、どこに置きましょうか?」
「えっと……そこで大丈夫ですよ」
玄関を入ってすぐの所に指をさすと、宅配業者はせっせと巨大な何かを持って中に入った。
『一体何なんだ…』
疑問に思っていると、宅配業者は挨拶もそこそこに立ち去った。
「あ…あの…!」
呼び止めようにも宅配業者の男たちは既に車に乗り込み、すぐさま走り去ってしまった。
「一体どこから……っていうか、誰がこんなものを…」
一人ぶつくさ呟きながらダンボールを開封すると、中から日焼けマシーンの様な物体が姿を表した。
気泡シートで包まれていたため、ちゃんとは見えなかったがマシーンの中にはガラス面越しに人の顔が見えた。
「なっ……なんだこれ………」
イタズラにしてはあまりに手が込んでる気がする。
こんなの送ってくる知り合いなんかいるわけもない上、書かれている書類にも宛先だけで送り主の名前が書いていない。
『どうしよう…。
もし、死体とかだったら警察を呼ぶしかないよな…』
高鳴る心臓に冷や汗をかきながら僕は残りのダンボールとその内側を保護してた気泡シートを剥がした。
『女の子……?
顔はよく見えないけど…生きてるよな…?
……でも何で………。
…これは…?』
ふとマシーンの真ん中で点滅している赤いボタンを、僕は無意識に押してしまった。
『…ッ!?
ぼっ、僕は何を……爆発とかしないよな……!?』
慌てて頭を抱えて縮こまるも、プシューっと開閉音と共にドライアイスのような冷たい冷気が出てきた。
そして中で保管されていた女性が目を覚まし、目と口だけが動いた。
『…起動システム確認。
初期プログラム作成、異常無シ。
動作確認問題ナシ。
防壁対処システム、緊急対処システム、問題ナシ。
十二秒後ニ再起動シマス』
そう言うと女性……ロボットは目を閉じ、十数秒後に再び顔をあげた。
ゆっくり目蓋を開くと、ロボットは綺麗な銀髪をなびかせながら自らマシーンから出て僕を認識した。
「…初めまして。
私は人工知能搭載型アンドロイド「アイ」と申します。
本日付けで、佐山翔太様の専属アンドロイドとなります。
どうぞ、何なりとお申し付けください」
未だびくびくと怯える僕を後目に、彼女は淡々と挨拶をした。
その口調もまた、起動した直後とは打って変わって流暢に人間らしさを帯びていた。
「あ…あの……君は一体………!!!?」
「はい。
ですので、私は人工知能搭載型アンドロイド「アイ」と申します。
気軽に翔太様のお好きな呼び方で呼んでください。
私は翔太様の身の回りのお掃除や家事などもこなせます。
何なりとお申し付けください」
再び頭を下げるも、僕にはそれ以上に驚いた事があった。
『この垂れ気味な目つき、白くて細い手、優しくて綺麗な声………信じられない…』
それは紛れもない………二年前に亡くなった秋篠涼子そのものだった。
それからようやく落ち着き、僕は彼女から色々と聞かされた。
彼女は今流行りの人工知能を搭載したアンドロイド「アイ」。
人の役に立つために開発され、自分で得た情報を学習して持ち主の生活の支えとなる……らしい。
「はい。
ですので、私は元からここに配属されることが目的とされていた為、事前に翔太様の情報は認識されています。
好きな食べ物、好みの色、趣味の傾向、誕生日……あらゆる情報は既に確認済みです」
「ちょっとそれって……情報漏洩というか、僕の許可はないよね!?
それじゃまるで犯罪みたいじゃないか!」
「問題ありません。
翔太様の個人情報は極秘情報として厳重に保管されています。
それに加え、私は翔太様の御身をお守りする機能も備えております。
もし翔太様が暴漢に襲われたり、私自身がハッキング等をされようとも、その際は自己防衛システムが作動、高機能防衛プログラムによって情報漏洩防止機能、適切な対処を展開します。
それによって…」
「あー分かった。
えっと……君を作った会社は分かる?」
「申し訳ございません。
私を開発された会社の情報は極秘情報である為、許可がなければ閲覧出来ません。
申し訳ございません」
「わ、分かった。
…でも、僕は本当に君を信用していいのかな…。
君は気付かずとも、僕の情報を実は垂れ流しているなんて…」
「それは問題ありません。
もし私のことで気になったことがあれば、こちらに書いてある連絡先に通達頂ければ、二十四時間いつでも対応いただけます」
そういう彼女が差し出す手の中には、小さな紙にパソコンの印字で見たことの無い電話番号らしき数字の並びが書かれていた。
「その代わり、私の身体からのみ連絡可能なので一切の携帯電話や公共施設などからは一切通じませんのであしからず」
「か、身体…!?///」
僕の言葉に彼女は突然、着ていたガウンっぽい服を脱ぎ出した。
「ちょちょっ…いきなり…!///」
目を背けるも、彼女の衣服が擦れる音がひどく耳に響く。
「…翔太様。
こちらになります」
「…!///
………あっ…」
振り返ると、彼女は肩までガウンを脱ぎ、うなじの下部分に開かれたカバーの下にダイヤルパッドが開閉していた。
「あ……なるほど…ね」
彼女からでなければ連絡出来ないということは、相当秘密裏に研究しているのだろう。
「それと、私がアンドロイドということは誰にも秘密でお願いします」
「そうだろうね…。
……そう言えば、君を維持するのにお金とかかかるの?
僕、バイトで自分の生活だけで精一杯なんだけど…」
「それも問題ありません。
翔太様のご希望であれば「こちら」から資金提供もさせていただきます。
もちろん無償です」
「無償って…。
……そんな急に言われても…」
そう言いかけた直後、彼女は手を添えて深々と地面に額をつけるほどに土下座をした。
「申し訳ございません。
色々と秘密裏で怪しいのは分かります。
しかし……私には、ここしか居場所がないのです。
どうか一ヶ月…いえ、一週間でも構いません。
どうか私を使ってください…!」
「そんな、頭を上げて…!
僕は別に、そこまで君を疑ってるわけじゃ…」
それに、涼子の顔を模したアンドロイドを使えだなんて…まるで死人を再利用してる気分で良い気分になれない。
「いえ、翔太様の許可がなければ私は「廃棄」となります!
ですから、どうか…お願いします…!」
「ッ……」
どんな言われ方であろうと、その顔で言われては僕は何も…。
「…分かったよ。
君を使ってあげる。
…それでいいんだよね?」
「…!
はいっ!」
ぱあっとにこやかな笑顔を浮かべ、アイは喜んでくれた。
「…っ///」
その笑顔に思わずときめいてしまった。
なんであろうが、彼女はあまりに涼子に似すぎている。
という事は、アイを作ったのは僕のことをよく知ってる人かもしれない。
「あの…翔太様。
であれば、まず最初に私に名前を頂ければ幸いなのですが…」
「名前?
アイじゃだめなの?」
「いえ。
アイでも構いませんが、これはあくまで私の「機種名」です。
翔太様のお好みに合わせて情報変更も出来ます。
なんなら、性格や態度なども翔太様のご意志に従い変えられます」
「な、なるほど…」
人懐っこそうな笑顔でアイは僕の顔を覗き込んでくる。
その面影は、まるで涼子そのものだった。
「……じゃ、じゃあ………り…「涼」で…」
「かしこまりました。
では、これより機体名は「涼」に変換します」
「うん。
あと、僕のことは「翔」でいいよ。
それと敬語じゃなくて普通に友達みたいな話し方でいいから。
態度とかも、普通に仲の良い友達って感じで」
「かしこまりました」
そう言ってアイ…ではなく「涼」は目を閉じて数秒その場に立ち尽くした。
『…本当に……涼子そっくりだ…』
誰かがわざと設計したと言わんばかりに、僕の恋人そのものだった。
強いて言うなら、栗毛色のロングヘアから銀髪のショートに変わったのが違いと言うべきか。
「…情報変更完了しました。
機体名「アイ」を破棄。
新規名を「涼」に変更。
使用者の呼び名は「翔」、口調を友達感覚に変更しました」
なんか、口に出して呼称されると恥ずかしい…。
「…翔。
これから、よろしくね」
優しい笑顔で涼は手を差し出した。
「…うん。
よろしくね涼。
その方がずっといいよ」
「…はい!」
こうして突然始まったアンドロイド「涼」との奇妙な同棲生活。
思うことは色々あれど、それでも僕は久しぶりに意気揚々としていた。
『色々と複雑だけど、きっと大丈夫だよね…涼子……』
今は亡き恋人に心の中で囁き、僕の新たな大学二年目の生活が始まった。




