第5部:革命と再生編
第64話:雪解けの卒業式と、和解の握手
3月。
校庭の桜の蕾が膨らみ始めた頃、第〇回卒業証書授与式が行われた。
私たち2年生は在校生として参列し、西園寺先輩たち3年生を送り出す立場だ。
体育館は厳粛な空気に包まれているが、1年前のような凍りついた冷たさはない。温かく、少し切ない春の空気だ。
卒業生代表答辞。
壇上に立ったのは、やはり西園寺圭介だった。
彼は第一志望の県立トップ校に合格していた。推薦ではなく、一般入試で堂々と勝ち取った合格だ。
彼は原稿を読み上げ、最後にアドリブを加えた。
「……最後に。私たち3年生は、この1年、学校が大きく変わる瞬間を目撃しました。
最初は戸惑いました。怒りもありました。でも、今なら言えます。
『変わること』を恐れなくてよかった、と。
後輩たちへ。この新しい風を、絶やさないでください。
そして先生方へ。私たちを『生徒』として、一人の人間として見てくれて、ありがとうございました」
西園寺が深々と頭を下げると、会場から割れんばかりの拍手が巻き起こった。
教職員席で、何人かの教師が目頭を押さえているのが見えた。
あの松島先生もいた。
彼女は休職から復帰し、今は保健室登校の生徒たちの補習を担当している。以前のようなヒステリックな厚化粧はなく、ナチュラルなメイクで、穏やかな表情をしていた。彼女もまた、拍手を送りながら涙を流していた。
式の後、校庭での送り出し。
花道を作る在校生たちの間を、卒業生たちが歩いていく。
「先輩、ボタンください!」「おめでとうございます!」
歓声と笑顔。
その列の最後尾で、私は意外な人物に呼び止められた。
「……神条」
振り返ると、そこには生活指導の権田が立っていた。
彼は謹慎処分を受け、一時は依願退職も噂されたが、PTAや生徒会(私だ)の嘆願により、用務員兼任の指導補助として学校に残っていた。
ジャージ姿で、竹刀の代わりに竹箒を持っている。かつての威圧感はないが、背筋は伸びていた。
「権田先生。お久しぶりです」
「ああ。……卒業生を見送るのも、これが最後かもしれん」
彼は遠くを見つめた。
「俺はな、お前が憎かった。俺の全てを壊した悪魔だと思った」
「光栄です」
「だが……最近、掃除をしてると生徒が『ありがとう』って言ってくるんだ。今まで、そんなこと一度もなかった。俺が怖かったからだろうな」
権田は自嘲気味に笑った。
「俺は『指導』という名で、ただ生徒を支配していただけだった。それを教えてくれたのは、皮肉にもお前だ」
彼は太い手を差し出した。
「……負けたよ、会長。これからは、箒一本で学校を守らせてもらう」
私はその手を見た。
かつて私を殴り飛ばした拳。今は、落ち葉を掃くための手。
私は迷わず、その手を握り返した。
「期待していますよ、権田さん。学校の美化は、治安維持の基本ですから」
権田の目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
彼はそれを乱暴に拭い、「あばよ」と背を向けた。その背中は、以前よりもずっと大きく、頼もしく見えた。
さらに、校長室の前を通ると、大和田校長が出てきた。
彼は定年退職が決まっている。退職金は大幅に減額されたが、刑事告発は見送られた。
「神条くん。……君のおかげで、私も最後に教育者らしい仕事ができたよ。高村さんにもよろしく伝えてくれ」
彼は穏やかな顔で言った。
高村玲子は教育委員会を辞職した後、民間の教育コンサルタントとして独立し、全国の学校改革を支援しているという。時々、私にも相談のメールが来る。
全てが丸く収まったわけではない。傷跡は残っている。
だが、その傷跡こそが、私たちが戦った証であり、成長の糧なのだ。
私は桜の木の下で、仲間たちと写真を撮った。
一ノ瀬、影山、桐島、大野、美咲、小林。
みんな、いい笑顔だ。
この写真は、私の一生の宝物になるだろう。総理大臣時代のどんな勲章よりも価値のある、青春の勲章だ。




