第1章:未開の地にて
第4話:黒い霧と白い嘘
1学期も半ばを過ぎ、私の組織構築は水面下で着々と進んでいた。
影山率いる情報局は、今や3名体制となっていた。彼が同じ部活の仲間を引き入れ、校内のあらゆる場所に「耳」を配置したのだ。
大野を通じたクラスの掌握も順調だ。桐島は私の助言によって部活でのトラブルを回避し、私に対して一種の畏敬の念を抱くようになっていた。今や彼は、私の意向をクラスに広めるための拡声器として機能している。
そして今日、私は次なる作戦を実行に移す。
ターゲットは、3組の担任であり、学年主任でもあるベテラン教師、石田だ。
彼は「事なかれ主義」の権化のような男だ。いじめがあっても「ふざけっこ」として処理し、保護者からのクレームはのらりくらりと躱す。
だが、情報局の調査により、彼には致命的な弱点があることが判明していた。
放課後の理科準備室。
私は石田を呼び出していた。
「なんだね神条くん。進路相談なら担任にしなさい」
石田は面倒くさそうに白衣のポケットに手を突っ込んでいる。
私は恭しく頭を下げた。
「いえ、石田先生にしか相談できないことなのです。……先生、この写真に見覚えは?」
私は胸ポケットから一枚の写真を取り出した。
そこには、石田が繁華街のパチンコ店から出てくる姿が写っていた。それだけなら法的には問題ない。しかし、彼の隣には、派手な服装をした若い女性が寄り添っており、二人は明らかに親密な様子でラブホテル街の方へ歩いている。
「なっ……!?」
石田の顔から血の気が引いた。
この女性は、彼の妻ではない。以前、卒業生だという噂があった女性だ。未成年ではないにしろ、既婚の教員としては致命的なスキャンダルだ。
「ど、どこでこれを……」
「偶然ですよ。街で見かけましてね。ああ、誤解しないでください。私はこれをばら撒こうなんて思っていません」
私は写真を指先で弾いた。
「ただ、心配なのです。もしこれがPTA会長の奥様の目に触れたら、先生の立場がどうなるか……。定年後の再雇用も難しくなるのでは?」
脅しではない。「心配」という名の脅迫だ。
石田は脂汗を流し、私の顔を凝視した。中学生の瞳の奥にある、老獪な政治家の闇を覗き込んだような顔だ。
「……何が望みだ」
「簡単なことです。先生には、我々の味方になっていただきたい」
「味方?」
「これから先、私が生徒会や学校運営に関わる提案をした際、先生には『職員会議で賛成票』を投じていただきたいのです。それだけでいい」
石田はゴクリと喉を鳴らした。
彼にとって、自分の保身こそが最優先事項だ。生徒の提案に賛成する程度のリスクで、この写真が闇に葬られるなら安いものだと計算したはずだ。
「……分かった。協力しよう。だが、写真は」
「写真は私が預かっておきます。先生が裏切らない限り、この写真はただの紙切れです」
私はニッコリと笑い、写真を内ポケットにしまった。
これで、職員室の中に「内通者」を確保した。
教師たちは一枚岩ではない。保身、出世欲、人間関係。大人の社会と同様、そこには無数の亀裂がある。そこに楔を打ち込めば、組織は脆くも崩れ去る。
準備室を出ると、廊下の陰で待機していた影山が駆け寄ってきた。
「どうだった? 成功?」
「ああ、完璧だ。石田は落ちたよ」
「すごいな……。本当に先生を脅しちゃうなんて」
「人聞きが悪いな、局長。これは政治的折衝だよ」
私たちは顔を見合わせて笑った。
だが、この程度の勝利で酔うわけにはいかない。
石田はあくまで小者。本丸は、校長であり、そして暴力の象徴である権田だ。
その時、校内放送が鳴った。
『1年A組の神条湊くん、神条湊くん。至急、生徒指導室まで来なさい』
権田の声だ。
低く、ドスの効いた声。
影山が青ざめる。
「ば、バレたのかな? 僕たちの動き」
「いいや、違うな」
私は冷静に分析した。
もしバレているなら、いきなり呼び出しはしない。もっと陰湿な方法で追い詰めるか、親を呼ぶはずだ。
これは、単なる「因縁」だ。
私が最近、目立ち始めていることへの牽制だろう。
「行ってくるよ。局長、君は待機だ。もし私が1時間戻らなかったら、例のルートで教育委員会へ通報を入れる準備だけしておいてくれ」
「わ、分かった。気をつけて……」
私は背筋を伸ばし、生徒指導室へと向かった。
権田との直接対決。
まだ時期尚早だが、敵の出方を伺う良い機会だ。
私はスーツの襟を正すように、学生服の詰襟を直した。
さあ、古狸と野獣の化かし合いを始めようか。




