第5部:革命と再生編
第56話:メディアの狂騒と、歪められる肖像
国会招致のニュースが流れた翌日、事態は私の予想、いや、覚悟していた最悪のシナリオすらも超えるスピードで過熱した。
学校の周辺は、早朝6時の時点で既に異様な光景と化していた。
正門から裏門に至るまで、学校を取り囲むように数十台の車両が駐車されている。テレビ局の中継車、週刊誌の張り込み車両、そして野次馬たちの車。
校門前には無数の三脚が林立し、望遠レンズの砲列が校舎に向けられている。上空には報道ヘリコプターが2機も旋回し、バラバラという爆音が、静かな朝の空気を暴力的に切り裂いていた。
私はいつも通り登校しようとしたが、自宅を出た瞬間にフラッシュの嵐に襲われた。
「神条くん! 一言お願いします!」
「国会招致についてどう思っていますか!」
「独裁者と呼ばれていることについて反論は!」
マイクを突きつけてくるリポーターたちの目は、獲物を見つけたハイエナのように血走っている。彼らにとって、私は一人の少年ではなく、視聴率を稼ぐための「ネタ」でしかない。
私は無言を貫き、帽子を目深に被って歩き続けたが、彼らは執拗に追いかけてくる。通学路はカメラマンたちとの追いかけっこになった。近所の住民がカーテンの隙間から不安そうに覗いているのが見え、胸が痛んだ。
学校に着いても、安息の地はなかった。
教室のテレビでは、どのチャンネルも「神条湊」特集を組んでいた。
ワイドショーのパネルには、私の顔写真(卒業アルバムから無断転載されたものだ)が大きく貼られ、その周囲にはおどろおどろしいテロップが踊っている。
『教育現場の破壊者か? 天才中学生の闇』
『ランキング制度で教師を洗脳!? その手口とは』
『独占入手! 小学校時代の文集に見る“異常性”』
コメンテーター席に座る教育評論家と名乗る男が、もっともらしい顔で語っている。
「ええ、彼は非常に危険な思想を持っていますね。中学生にしてこれほど巧妙に大人を操るというのは、通常の精神発達ではあり得ない。背後に過激な政治団体の影も疑われます」
隣の女性タレントが顔をしかめる。
「怖ーい。こんな子がクラスにいたら、絶対にいじめられちゃう」
好き勝手なことを言っている。
小学校の文集? ああ、あれか。「将来の夢:世界征服」と冗談で書いたやつだ。それを「支配欲の表れ」として真剣に分析されているのを見て、私は失笑するしかなかった。
大河内議員の息のかかったメディア戦略部隊が、総力を挙げてネガティブキャンペーンを展開しているのだ。私の発言の一部を切り取り、文脈を無視して繋ぎ合わせ、傲慢で冷酷な独裁者としてのイメージを植え付けようとしている。
「大衆は愚かだ」とは思いたくない。だが、「大衆は騙されやすい」というのは、政治家としての悲しい実感だ。
学校内でも、その毒は確実に回り始めていた。
休み時間。廊下を歩いていると、いつもなら「会長!」と声をかけてくれる下級生たちが、私と目が合った瞬間に視線を逸らし、ササッと道を開ける。まるで疫病神を避けるように。
そして、私が通り過ぎた後で、ヒソヒソという囁き声が背中に突き刺さる。
「ねえ、神条先輩って、本当はヤバい人なの?」
「テレビで言ってたよ。先生を自殺未遂に追い込んで、それを笑って見てたって」
「ランキングも、実は自分の気に入らない人をいじめるために作ったんじゃないの?」
「関わらない方がいいかも……。目ぇつけられたら終わるよ」
恐怖。
それがウイルスのように伝染していた。
私が守ろうとした生徒たちが、私を恐れ始めている。
一番辛かったのは、1年生の女子生徒が、廊下で私と鉢合わせした瞬間に「ひっ!」と悲鳴を上げて、泣き出しそうな顔で逃げ出したことだ。
私は何もしていない。ただ、そこにいただけなのに。
彼女にとって私は、もう頼れる生徒会長ではなく、テレビの中の「怪物」になってしまったのだ。
放課後の生徒会室。
一ノ瀬が悔しそうに机をバンッと叩いた。
「ひどい! なんでみんな、テレビの言うことを簡単に信じるの!? 神条くんが私たちのためにやってくれたことを忘れたの!?」
彼女の目には涙が溜まっている。彼女自身も、クラスメイトから「あんたもグルなんでしょ?」と心無い言葉を投げかけられたらしい。
「大衆とはそういうものだよ、一ノ瀬」
私は努めて冷静に言った。だが、握りしめた拳の中では爪が食い込み、血が滲んでいた。
「彼らは分かりやすい物語を好む。『正義の味方』が実は『悪の独裁者』だったという転落劇は、最高のエンターテインメントだからね。大河内は、大衆の覗き見趣味と正義感を巧みに利用している」
影山がキーボードを叩きながら、沈痛な面持ちで報告する。
「ネットの方も荒れてるよ。擁護派と批判派が戦争状態だ。でも、批判派の中には明らかに業者が混じってる。同じ文言の投稿が、数秒単位で大量にポストされてるんだ。『神条湊を許すな』『学校から追放しろ』って」
「ボットネットか。大河内の資金力だな。金で買われた『世論』か」
私は窓の外を見た。
校門前では、まだカメラマンたちが下校する生徒をハイエナのように待ち構えている。
このままでは、国会に行く前に、私の足元が崩れてしまう。
学校内での支持を失えば、私は「全校生徒の代表」としての正当性を失い、ただの「問題児」として処理されてしまう。それが大河内の狙いだ。私を孤独にし、精神的に追い詰めること。
「……反撃が必要だね」
私は呟いた。
「でも、どうやって? テレビ局は私たちの言い分なんて聞いてくれないわよ。訂正放送を求めても無視されたし」
一ノ瀬が絶望的な声で言う。
「テレビじゃない。既存のマスメディアは敵の支配下だ。ならば、もっと身近な、そして生徒にとって最も信頼できるメディアを使う」
私はホワイトボードに向かい、黒のマーカーで大きく書いた。
『学校新聞』。
「えっ? 新聞部?」
一ノ瀬と影山が顔を見合わせる。
かつては校長検閲があり、当たり障りのない行事報告や「花壇の花が咲きました」程度の記事しかしなかった、存在感の薄い文化部。
だが、今の彼らは違うはずだ。ランキング制度導入の際、彼らもまた「書くことの自由」を渇望していた目の輝きを、私は覚えている。
「新聞部の部長、小林くんを呼んでくれ。彼らに、私の『独占インタビュー』を掲載させる。検閲なしの、ノーカット版でね」
私は目を細めた。
「大人が編集したニュースではなく、同じ生徒が書いた言葉なら、みんな信じてくれるはずだ。これは、ペンとペンの戦いだ」
私は賭けに出た。
100万人の視聴者よりも、600人のクラスメイトを取り戻すこと。
それができなければ、国会で勝つことなどできはしない。
私はネクタイを緩め、戦闘態勢に入った。




