第5部:革命と再生編
第55話:赤紙(召喚状)と、ざわめく校舎の深層
その封筒は、学校の事務室に届いた通常の郵便物とは明らかに異質なオーラを放っていた。
最高級の和紙で作られた封筒。表には筆文字で『参議院文教科学委員会 委員長殿』の印字があり、宛名には『神条 湊 様』と記されている。
それは、国会からの参考人招致要請書――事実上の「赤紙(召喚状)」だった。
校長室。
重苦しい沈黙の中、校長の大和田は、その封筒を震える手で持っていた。額からは脂汗が滴り落ち、書類を濡らしている。
隣にいる教頭は、椅子に座っていることさえ困難なほどガタガタと震えていた。
「こ、国会……だと? 本校の生徒が、国会に呼ばれるなんて……前代未聞だ。いや、狂気の沙汰だ」
「校長、どうしますか? これを受け取ったら、神条は全国放送の晒し者になりますよ。学校の評判も地に落ちる。我々の管理責任が問われるのは必至です」
「断れるわけがないだろう! 相手は国権の最高機関だぞ! しかも、差出人はあの委員会だ。バックに大河内先生がいることは明白だ。断れば、我々の首が飛ぶだけじゃ済まない」
校長は絶望的な表情で封筒をデスクに置いた。
それは、ただの紙切れではなく、この学校に落とされた不発弾のように見えた。
昼休み。
私は校長室に呼び出された。
ドアを開けると、校長と教頭が、まるで死刑宣告を行う裁判官のような顔で私を待っていた。
「神条くん……これだ。来週の水曜日、参議院の委員会に出席するようにとの要請だ」
校長は、爆発物を手渡すように慎重に封筒を差し出した。
私はそれを受け取り、中身を確認した。
『教育現場における生徒主体の改革に関する参考人招致』。
美しい言葉が並んでいる。だが、行間からは「お前を潰してやる」「社会的に抹殺してやる」という大河内議員の殺気が、どす黒いインクのように滲み出ている。
「……行きますか?」
校長が恐る恐る尋ねる。彼の目には、「頼むから断ってくれ」という哀願と、「行って自滅してこい」という暗い期待が混じっていた。
「当然です。断れば、逃げたと言われますからね。それに、私にとっても好都合です」
私は淡々と答え、封筒を胸ポケットにしまった。
「好都合? 君は自分が何をしようとしているのか分かっているのか? 相手は国だぞ!」
「分かっていますよ。だからこそ、面白いんじゃありませんか」
私は不敵に笑い、校長室を後にした。
廊下に出ると、一ノ瀬と影山が待っていた。彼らの顔色は蒼白だ。情報は既に漏れていたらしい。
「神条くん! 国会って……本気なの?」
一ノ瀬が詰め寄る。彼女の手は冷たい。
「罠だよ。絶対に行っちゃダメだ。有田さんから聞いたけど、大河内議員は君を徹底的に論破して、再起不能にするシナリオを書いてるらしい。君を『生意気な子供の象徴』として叩き潰す気だ」
影山も必死に止める。
私は二人を見て、優しく諭した。
「知っているよ。罠だということはね。だが、虎穴に入らずんば虎子を得ずだ。この招致は、大河内が私に与えてくれた最高のステージだ。全国民が注目する中で、彼の不正を暴くチャンスなんだ」
「でも……!」
「大丈夫だ。私には勝算がある。それに、私には君たちがついている」
その日の放課後。
ニュース速報が流れた。
『異例の事態! 話題の中学生徒会長、国会招致へ』
学校中が蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
教室では、スマホを囲んで生徒たちが議論している。
「神条、国会行くってよ。マジですげえな。歴史の教科書載るんじゃね?」
「でも、大河内ってあの怖い議員だろ? テレビで見たことあるけど、ヤクザみたいだったぞ。ボコボコにされるんじゃね?」
「俺たちのランキング制度、国に潰されるのかな……。せっかく良くなってきたのに」
不安と期待。
学校の空気は二分されていた。
私は屋上に上がり、フェンス越しに夕日を見つめていた。
東京の方角。そこには、灰色の巨大なピラミッドが待っている。
懐かしい場所だ。
かつて私が、内閣総理大臣として、野党の追及をかわし、法案を通し、国を動かしてきた場所。あの赤絨毯の感触、議場の独特な匂い、そして権力の魔力。
まさか、こんな形で、中学生として戻ることになるとは。運命とは皮肉なものだ。
「……待っていろよ、永田町。そして、大河内」
私は呟いた。
今回の私は、守る側ではない。攻める側だ。
何も持たない中学生という、失うもののない最強のチャレンジャーとして。
ポケットの中のスマホが震えた。
高村玲子からのメッセージだ。
『覚悟はいい? こちらの準備は整ったわ。大河内の首を取るための、最高の爆弾が手に入った。今夜、いつもの場所で』
私は画面をタップし、短い返信を送った。
『了解。開戦の狼煙を上げましょう』
風が強くなってきた。
嵐の前の風だ。
私の二度目の政治人生における、最大の、そして恐らく最後の決戦が始まろうとしていた。




