第5部:革命と再生編
第53話:永田町の古狸と、若き獅子への嫉妬
国会議事堂の裏手にある議員会館。その最上階に近い一室。
私、衆議院議員・大河内重徳は、窓から東京の夜景を見下ろしていた。
眼下に広がる光の海。その一つ一つが、私が動かし、支配しているこの国の一部だ。当選12回、文部科学大臣を2度経験し、党の教育調査会長を務める私にとって、教育行政とは自分の庭のようなものだ。
だが、最近、その庭に妙な雑草が生えてきた。
「……神条湊、か」
私はデスクに戻り、部下が持ってきた調査報告書を手に取った。
写真に写っているのは、どこにでもいる平凡な中学生だ。眼鏡をかけ、少し線の細い少年。
だが、その瞳だけが異質だ。
冷徹で、全てを見透かすような目。それは、私の知るどの若手政治家よりも老成しており、危険な光を宿している。まるで、何十年も政治の世界で生きてきた古狸のような目だ。
「先生。教育委員会の高村ですが、どうやら神条側についたようです」
秘書の男が報告する。
「左遷の人事を止めるよう、党幹部に働きかけた形跡があります。さらに、先生の政治資金に関する資料を閲覧したログが……」
「フン、あの小娘か。飼い犬に手を噛まれるとはな」
私は鼻で笑った。
高村玲子。優秀だが、プライドが高く扱いづらい女だ。まさか中学生と手を組むとは。余程、私に切られそうになったのが悔しかったらしい。
だが、可愛いものだ。所詮は地方公務員の反乱。握りつぶすのは容易い。
問題は、神条湊だ。
彼のやったこと――ランキング制度の導入、PTAの掌握、メディア戦略。
どれをとっても、中学生の発想ではない。法的リスクを回避しつつ、相手の弱点を的確に突き、世論を味方につける手腕。
私が若い頃にクーデターを起こして派閥を乗っ取った時の手口に酷似している。
「気味の悪いガキだ。まるで、私の生き写しか、あるいは……」
ふと、ある記憶が蘇る。
かつて政界を支配し、志半ばで倒れた「鉄の宰相」と呼ばれた男。
彼の政治手法、演説の間の取り方、そしてあの大衆を扇動するカリスマ性。
まさかな。オカルトじゃあるまいし。
「先生、どうなさいますか? 神条の実家の会社への圧力は続けていますが、高村が邪魔をして効果が薄れています。いっそ、教育委員会に直接乗り込んで……」
「いや、待て。力技は品がない」
私は葉巻に火をつけた。紫煙が揺らぐ。
神条の学校は今、ランキング制度を「修正」し、落ち着きを取り戻しているという。
「対話」だの「相互理解」だの、甘っちょろい理想論で学校を運営しているらしい。
だが、私は知っている。理想論で固められた組織ほど、脆いものはない。
そして、神条という男の本質は、そんな甘いものではないはずだ。彼は権力の味を知ってしまった。一度その蜜を舐めた人間は、必ずまた欲する。
「彼を潰すのは惜しい。私の手駒に加えたい」
私は歪んだ笑みを浮かべた。
優秀な若者を飼い慣らし、自分の野望のために使い潰す。それが教育族のドンとしての愉悦だ。
だが、今のままでは彼は私になびかない。
ならば、彼の最も大切なものを壊すしかない。
「学校」という彼の王国を、私の手で完全に掌握し、彼を無力な子供に戻してやる。
「法案の準備はどうなっている?」
私が尋ねると、秘書がタブレットを操作した。
「はい。『教育現場適正化法案』。教員評価の国家管理と、生徒会活動の制限を盛り込んだ法案です。来週の委員会で審議入りできます」
「よし。これを『神条メソッド』として紹介してやろう。彼のアイデアを国が吸い上げ、より強力な管理システムとして全国に導入するのだ」
神条の作ったシステムが、逆に神条自身を縛る鎖となる。
皮肉で素晴らしいシナリオだ。
それに加えて、もう一つ。彼を精神的に追い詰める「爆弾」が必要だ。
私は机の引き出しから、古いファイルを取り出した。
神条湊の過去。彼の出生の秘密、あるいは……彼が隠している「中身」に関する、ある精神科医のカルテのコピー。
「君は一体何者なんだい? 神条くん。
ただの早熟な天才か、それとも……」
私は写真の中の少年の目を指でなぞった。
嫉妬。
そう、私は彼に嫉妬しているのかもしれない。
失ってしまった若さと、無限の可能性を持つ彼に。だからこそ、壊したい。私の色に染め上げたい。
「楽しませてくれよ。私の最後の対戦相手として」
私は葉巻の煙を吹きかけ、不敵に笑った。
永田町の古狸が、本気で狩りを始める合図だった。




