第5部:革命と再生編
第51話:敵の敵は味方、禁断の同盟
私が連絡を取った相手。
それは、教育委員会の高村玲子だった。
金曜日の放課後。
私は指定された駅前の高級ホテルのラウンジにいた。
高村は既に奥の席についていた。相変わらず隙のない白いスーツ姿だが、以前のような刺々しい殺気は少し薄れているように見えた。目の下の隈が、彼女もまた激務と心労、そして組織内での孤立の中にいることを物語っていた。
「……何の用? 私を呼び出して、また宣戦布告でもするつもり?」
高村は冷ややかに言ったが、コーヒーカップを持つ手は微かに強張っていた。前回の動画配信での敗北が、彼女のプライドに深い傷を残しているのだ。
「いいえ。今日は休戦協定、いえ、同盟の提案に来ました」
私は単刀直入に切り出した。
「同盟? 貴方と私が? 冗談も休み休み言いなさい。貴方は私のキャリアを汚した疫病神よ。顔を見るのも不愉快だわ」
「そのキャリア、今のままだと完全に終わりますよ。大河内重徳議員のせいでね」
高村の目が鋭く細められた。スプーンを持つ手が止まる。
「……どういうこと?」
「大河内重徳。文教族のドン。彼が今、この一件に介入してきています。彼の狙いは、私の失脚だけじゃない。教育委員会そのものを彼のコントロール下に置き、利権構造を再編することだ。貴女もその駒の一つとして使い捨てられる」
私は影山が調べ上げた極秘資料をテーブルに置いた。
そこには、大河内が教育委員会の人事に圧力をかけ、高村を地方の離島にある教育センターへ左遷させようとしているメールの傍受記録が含まれていた。さらに、大河内が高村のポストに、自分の息のかかった無能なイエスマンを据えようとしている人事案も。
高村が資料を読み進めるにつれ、顔色が変わっていく。青ざめ、そして怒りで赤くなる。
「……まさか。大河内先生とは懇意にさせていただいているはず……。先日のパーティーでも、私の働きを評価してくださったのに」
「政治家にとって『懇意』とは『利用価値がある』という意味です。貴女が私に負け、世論の反発を招いた時点で、貴女は『傷ついた商品』になった。トカゲの尻尾切りですよ」
高村は唇を噛み締め、資料を握りつぶした。彼女ほどの切れ者なら、心当たりがあるはずだ。最近の不可解な人事異動、上司のよそよそしい態度、重要な会議から外されたこと。全ての辻褄が合う。
「……で、どうしろと言うの? 私に、中学生と手を組んで国会議員と戦えと? 自殺行為よ」
「そうです。自殺行為です。でも、黙って殺されるよりはマシでしょう?」
私は彼女の目を覗き込んだ。
「敵の敵は味方。貴女には行政の内部情報と権限がある。私には世論を動かす力と、現場の生徒たちの支持がある。この二つが組めば、大河内といえども手出しはできない」
私は彼女に手を差し出した。
「取引です。私はランキング制度を修正し、過激な運用を改めます。学校を正常化させる。教育委員会が望む『秩序ある学校』に戻します。その代わり、貴女は大河内の介入を防ぎ、私の家族や協力者への圧力を止める盾となってほしい。そして、大河内の汚職の証拠を私に提供してください」
「……ランキングを修正する?」
「ええ。単なる点数評価ではなく、具体的な改善提案を含めた『フィードバック制度』に変えます。教師をいじめるのではなく、育てるための制度に。それなら、教育委員会としても『先進的な取り組み』として認められるはずだ。貴女の実績にもなる」
高村は長い間、沈黙していた。
コーヒーが冷めるほどの間。彼女の中で、官僚としての矜持と、個人の復讐心がせめぎ合っていた。
やがて、彼女は深いため息をつき、眼鏡を外した。素顔の彼女は、年相応の疲れた、しかし意志の強い女性に見えた。
「……完敗ね。中学生に政治取引を持ちかけられるなんて。私のプライドも地に落ちたわ」
「プライドで飯は食えませんよ。生き残るか、死ぬか。それだけです」
高村は苦笑し、私の手を取った。その手は冷たかったが、確かに握り返す力があった。
「いいわ。乗りましょう、その泥舟に。ただし、裏切ったら刺し違えてでも貴方を潰すわよ。私は執念深いの」
「肝に銘じておきます。頼もしいパートナーだ」
禁断の同盟が成立した。
革命家と官僚。水と油の二人が手を組んだ。
これで、内憂(生徒の暴走)と外患(大河内の圧力)の両方に対処するカードが揃った。
私はホテルを出て、夜風に当たった。
戦況は変わる。
次は、学校内部の「修正」だ。暴走する生徒たちに、新たなルールを提示し、一ノ瀬との信頼を取り戻す時が来た。




