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総理大臣、中学生になる。〜悪行教育現場をぶっ壊す最強の生徒会長〜  作者: まこーぼ


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第5部:革命と再生編

第46話:白いスーツの来訪者と、論理の攻防戦


 翌日の午前10時。

 北中学校の正門を、一台の黒塗りの公用車が静かに、しかし威圧的に通過した。

 車種はトヨタのセンチュリー。市長クラスが使う車だ。それが意味することは一つ。乗っている人物が、単なる視察役人ではなく、教育行政の中枢に近い特権的な権限を持った人間だということだ。


 車寄せに止まった車から降りてきたのは、3人の男女だった。

 後ろの二人は、地味なグレーのスーツを着た中年男性で、いかにも「随行員」といった雰囲気で書類鞄を抱えている。

 だが、先頭を歩く女性は違った。

 純白のパンツスーツ。一点の汚れもなく、鋭いプレスの入ったそれは、彼女の完璧主義を体現しているようだった。年齢は30代半ば。化粧は薄いが、整った顔立ちには冷ややかな知性が宿り、銀縁眼鏡の奥の瞳は、感情を一切映していない氷の湖のようだった。

 彼女こそが、市教育委員会・学校指導課の主任指導主事、高村玲子たかむら れいこ

 通称「氷の女」。

 荒れた学校、不祥事を起こした学校に派遣され、校長や教頭の首を容赦なく切り、徹底的な管理教育と人事刷新によって学校を「更生」させる、教育委員会の切り札であり、掃除屋クリーナーだ。


 彼女は出迎えに出た校長と教頭を一瞥もしなかった。

「校長室へ案内なさい」

 短く、抑揚のない声。

 校長が「は、はい! こちらへ!」と慌てて先導する姿は、まるで女王に仕える下僕のようだった。


 校長室に入ると、高村は挨拶もそこそこに、校長席ではなく上座の革張りソファにドカッと座った。随行員たちが素早く資料をテーブルに広げる。

 彼女は足を組み、冷たい視線で校長を見上げた。

「大和田校長。単刀直入に伺います。この学校は、日本国の法律が及ばない治外法権か何かですか?」

「い、いえ、そのようなことは……。生徒会の活動が、その、少し活発なだけで……」

 校長が脂汗を流しながら、ハンカチで額を拭う。


「活発? 教師が生徒に評価され、点数化され、ネットに晒されている状況を『活発』と呼ぶのですか? これは教育基本法逸脱、地方公務員法違反、管理職の職務怠慢、そして明白な人権侵害です」

 高村はアタッシュケースからタブレットを取り出し、ランキングの画面を表示させた。そこには、赤字で『違法』『即時停止』といった付箋が貼られている。

「特に、この神条湊という生徒会長。彼が首謀者ですね?」

「は、はい……彼が主導して……」

「呼びなさい。今すぐに。授業中だろうが構いません」

 彼女の命令は絶対だった。


 10分後。

 私は、2時間目の数学の授業を中断され、校長室に呼び出された。

 ドアをノックし、中に入る。

 部屋の空気が変わっていた。いつもの湿っぽい空気ではなく、張り詰めたドライアイスのような冷気。

 ソファの中央に座る白いスーツの女。彼女が、この場の支配者であることが一目で分かった。


「失礼します。生徒会長の神条湊です」

 私は動じることなく、優雅に一礼した。かつて外務大臣と会談した時の所作で。

 高村は眼鏡の位置を指で直し、私を値踏みするようにジロジロと見た。頭の先から爪先まで、X線でスキャンするような視線。


「座りなさい」

 彼女が顎で対面のソファを指した。

 私が座ると、彼女はタブレットをテーブルに置いた。

「あなたが神条くんね。……なるほど、目は子供じゃないわね。政治家の目をしている」

「お褒めいただき光栄です。指導主事におかれましても、教育者というよりは、優秀な検察官のような風格をお持ちですね」

 私が皮肉で返すと、随行員たちが息を呑んだ。だが、高村の表情はピクリとも動かない。


「褒めてはいません。単刀直入に言います。ランキング制度を、今日この瞬間をもって即時廃止しなさい。サーバー上のデータも全て削除すること。そして、生徒会を解散し、あなたが全責任を取って辞任すること。それが条件です」


 彼女は命令した。交渉の余地などないという口調だ。

「条件、とおっしゃいましたが、もし断れば?」

 私が尋ねると、彼女は冷酷な笑みを浮かべた。

「断る権利などありませんが……もし抵抗するなら、この学校への予算配分を来年度から30%カットします。エアコンの電気代も払えなくなるでしょうね。さらに」

 彼女は身を乗り出した。

「あなたの内申書に『反社会的行動の首謀者』としての記録を残します。県内の公立高校はもちろん、主要な私立高校への進学も不可能になるでしょう。私にはその権限がある。教育委員会のネットワークを甘く見ないことね」


 強烈な脅しだ。

 普通の中学生なら、将来を人質に取られれば泣いて謝るだろう。校長なら失禁しているかもしれない。

 だが、私は元総理大臣だ。官僚の脅しなど、日常会話の挨拶程度のものだ。むしろ、権力を笠に着たその傲慢な態度が、私の闘争本能に火をつけた。


「権限の乱用ですね、高村指導主事。地方公務員法第33条『信用失墜行為の禁止』、および教育公務員特例法に抵触する恐れがありますよ?」

 私が法律用語を口にすると、高村の眉が初めてピクリと動いた。

「……ほう。中学生が法律を語るのね。でも、それは机上の空論よ。大人の世界では、ルールを運用するのは私たち行政なの。あなたがいくら正論を吐いても、書類一枚であなたの未来は消せる」


「いいえ。民主主義国家において、ルールを作るのは『民意』です」

 私は彼女の目を真っ直ぐに見返した。

「このランキング制度は、全校生徒の98%の賛成と、PTA総会の承認を得て導入されました。手続きは全て適正です。教育委員会といえど、一方的に民意を踏みにじり、地方自治の本旨を歪めることはできません」


「民意? 笑わせないで。中学生の集団ヒステリーを民意とは呼ばないわ」

 高村は吐き捨てた。

「保護者の理解? それも嘘ね。一部のPTA役員――権藤サユリさんたちを、教頭の不祥事をネタに脅して抱き込んだだけでしょう。私たちがその気になれば、PTAを分裂させることなど容易いわ」


 彼女はニヤリと笑った。

 本気だ。この女は、政治的な裏工作の手法を熟知している。

 単なるお役所仕事の役人ではない。私と同じ、「政治的動物ポリティカル・アニマル」の匂いがする。彼女は、正義のためではなく、秩序と管理のために手段を選ばないタイプだ。


「面白い。やってごらんなさい」

 私は不敵に笑い返した。

「貴女が権力でこの学校を『管理』するか、私が民意で『解放』するか。全面戦争ですね」


「後悔するわよ、坊や。大人の喧嘩のやり方を、たっぷりと教えてあげる。泣いて許しを請うても遅いわよ」

 高村は眼鏡を外し、懐からハンカチを取り出して丁寧に拭き始めた。その動作は、まるで血に汚れたナイフを拭う殺し屋のようだった。


「結構です。こちらも手加減はしません。……ああ、一つ忠告しておきます」

 私は立ち上がり、部屋を出る前に振り返った。

「貴女のその白いスーツ。返り血で汚さないように気をつけてくださいね」


 高村の目が細められた。

 私は一礼し、校長室を後にした。


 廊下に出ると、私はすぐにスマホを取り出し、影山に緊急連絡を入れた。

 『緊急配備。フェーズ2へ移行。ターゲットは市教育委員会だ。特に高村玲子という人物の経歴、過去の担当校でのトラブル、そして……彼女の上司である教育長の弱点を探れ』

 

 最強の敵との戦いが、幕を開けた。

 これまでは「無能な悪人」である教師たちが相手だったが、今度は「有能な官僚」が相手だ。論理、法律、権力、メディア操作。あらゆる手段を使った総力戦になる。

 私の血が騒ぐ。

 これこそが、私が求めていた本当の政治闘争だ。

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