第5部:革命と再生編
第43話:職員室の崩壊と、精神を病む者たち
職員室は、もはや死体安置所のような静けさに包まれていた。
かつての活気や、生徒への悪口雑言は消え失せている。
教師たちは自席に座り、パソコンの画面を見つめながら、ひたすらキーボードを叩いている。だが、仕事をしているのではない。
彼らは、生徒会が公開している「リアルタイム評価コメント」を必死にチェックしているのだ。
『松島の服のセンスがダサい。生理的に無理』
『数学の鈴木、声が小さくて聞こえない。やる気あんのか』
『佐久間、まだ辞めないの? 往生際が悪すぎ』
匿名掲示板のように流れる罵詈雑言。
生徒たちは、授業の評価だけでなく、教師の人格、容姿、プライベートに至るまで、ありとあらゆる要素を攻撃材料にしていた。
「……ううっ……」
突然、女性教師の一人が泣き出した。
彼女はまだ新任の20代だ。生徒に人気があると自負していたようだが、ランキングでは中位に沈み、コメント欄には『ぶりっ子うざい』『媚びてるだけ』と書かれていた。
「私……一生懸命やってるのに……なんで……」
彼女は机に突っ伏し、嗚咽を漏らした。
周囲の教師は誰も声をかけない。自分を守るのに精一杯で、他人に構っている余裕などないのだ。
学年主任の佐久間は、もっと深刻だった。
彼はブツブツと独り言を呟きながら、自分の爪を噛んでいる。指先からは血が滲んでいる。
「俺は……選ばれた人間だ……。ゴミどもに評価される筋合いはない……。あいつらが悪いんだ……バカだから俺の良さが分からないんだ……」
精神の均衡が崩れかけている。
彼のプライドの高さが、逆境においては致命的な脆さとなっていた。
そんな中、唯一まともな精神状態を保っている教師がいた。
理科担当の田中だ。
彼はランキング2位。生徒からの支持率も高い。
彼は泣いている女性教師にそっとティッシュを渡し、佐久間を冷ややかな目で見ながら、黙々と次の実験の準備をしていた。
彼は以前から、生徒に対して公平で、分かりやすい授業を心がけていた数少ない教師だ。
私は職員室の入り口で、その様子を観察していた。
淘汰が始まっている。
ランキング制度は、単なるいじめの道具ではない。
「教師としての本質的な実力」がない者は精神を病み、脱落していく。
逆に、真面目にやってきた者は生き残る。
過酷だが、これは必要な濾過プロセスだ。
「……神条会長」
声をかけられた。教頭だ。
彼は以前よりも二回りほど小さくなったように見える。白髪が増え、目は落ち窪んでいる。
「お願いだ……ランキングのコメント欄だけでも、閉鎖してくれないか。先生たちの心が持たない」
彼は懇願した。かつての威圧感は見る影もない。
「検討しましょう」
私は事務的に答えた。
「ですが、教頭先生。貴方たちが生徒の内申書に『協調性がない』『情緒不安定』と書き込む時、生徒の心が傷つくことを考えたことはありますか?」
「……ッ」
教頭が言葉に詰まる。
「これは鏡です。貴方たちが長年やってきたことを、そのまま映し出しているに過ぎない。耐えられないなら、辞めればいい。代わりの教師はいくらでもいますから」
私は冷たく言い放ち、背を向けた。
同情はしない。
まだだ。まだ彼らは「被害者」の顔をしている。
自分たちが「加害者」であったことを骨の髄まで理解し、心から悔い改めるまでは、この地獄は終わらせない。
私は廊下を歩きながら、次の手を考えていた。
内部崩壊は順調だ。次は、外からの干渉――教育委員会の動きを封じる必要がある。
私の戦いは、学校という枠を超え、大人の政治の世界へと広がろうとしていた。




