第5部:革命と再生編
第42話:媚びる大人と、増長する子供たち
ランキング制度の導入から1週間。
学校の風景は劇変した。
それは革命というより、ある種のディストピア(暗黒郷)のようだった。
2年A組の英語の授業。
かつてはヒステリックに怒鳴り散らしていた松島が、教壇に立っている。
だが、その姿は以前とは別人のようだった。
彼女は引きつった笑顔を貼り付け、猫なで声で授業を進めている。
「えーと、皆さん。ここの文法、分かりますか? もし分からなければ、いつでも質問してくださいねー。怒ったりしませんから」
彼女の手は震え、視線は常に教室の後ろ――私が座っている席や、生徒たちが持っているスマホ(評価アプリの入力端末)を気にしている。
最前列の男子生徒が、わざとらしくあくびをした。
「あーあ、つまんねーな。松島の授業、分かりにくいんだよ」
以前なら即座に出席簿が飛んできた場面だ。
だが、松島はビクリと肩を震わせ、さらに愛想笑いを浮かべた。
「ご、ごめんね。じゃあ、もっと分かりやすく説明するわね。……だから、低い点数はつけないでね……?」
哀れだった。
教師としてのプライドなど微塵もない。あるのは、ランキング下位になり、減給や研修処分を受けることへの恐怖だけだ。
生徒たちはその様子を見て、残酷な笑みを浮かべている。
「おい、もっと面白い話しろよ」「先週のテスト、難しすぎたから低評価な」
生徒たちは気づいてしまったのだ。自分たちの手元にあるスマホ一つで、かつての支配者を意のままに操れることに。
放課後。
廊下を歩いていると、3年生の教室から怒声が聞こえてきた。
覗いてみると、数人の男子生徒が、担任の佐久間を取り囲んでいた。
佐久間は壁際に追い詰められ、青ざめた顔で頭を下げている。
「おい佐久間! お前、俺の進路相談適当にやっただろ!」
「ち、違うよ。君の学力なら、もっと確実な高校を……」
「うるせえ! 俺が行きたいって言ってんだから推薦書けよ! 書かないならランキング下げるぞ! ネットにお前の暴言動画、もっと拡散してもいいんだぞ!」
脅迫。
かつて教師が生徒に行っていたことが、今度は逆のベクトルで行われている。
佐久間はガタガタと震えながら、「わ、分かった。書くよ。書かせてもらうよ」と涙目で約束させられていた。
私はその光景を、冷ややかに見つめていた。
隣にいた副会長の一ノ瀬が、不安そうに私の袖を引いた。
「ねえ、神条くん。これって……やりすぎじゃない? 生徒たちが図に乗り始めてる」
「ああ。予想通りだ」
私は短く答えた。
「人間は、急に強大な力を与えられると、その使い方が分からずに暴走する。被抑圧者が解放されると、今度は自分が抑圧者になろうとする。歴史の必然だよ」
「……止めるの?」
「まだだ。膿は出し切らなければならない。教師たちが完全に無力化され、生徒たちが『力には責任が伴う』ことを痛感するまで、このカオスは続く」
私はスマホを取り出し、生徒会専用アプリで全校生徒にメッセージを送った。
『ランキング更新まであと3日。公正な評価をお願いします』
そのメッセージを見た生徒たちが、さらに目をぎらつかせて教師たちを見る。
学校は今、巨大なコロシアムと化していた。
そこでは、教師という名の剣闘士が、生徒という名の観客の親指一つで生殺与奪を決められる。
かつて私が総理大臣として見てきた、衆愚政治の縮図がここにあった。




