第5部:革命と再生編
第39話:断罪のスクリーンと、老いた管理者の絶望
私、大和田修造は、この県立北中学校の校長だ。
あと2年。あと2年で定年退職。
私の願いはただ一つ。何事もなく、平穏無事に任期を全うし、満額の退職金を受け取ること。
いじめがあっても「じゃれ合い」として処理し、教師の不祥事があっても「指導の一環」として隠蔽してきた。全ては、学校の評判と、私の老後のためだ。
だが、今、私の目の前にある巨大なスクリーンには、私が必死に隠してきた「膿」が、これ以上ないほど鮮明に映し出されていた。
【FILE 01:英語科・松島教諭】
映像が再生される。
場所は放課後の教室。英語担当の松島先生が、女子生徒を壁際に追い詰め、出席簿で頭を叩くシーンだ。
『あんたなんてどうせロクな大人になれないわよ! 親の顔が見てみたいわ! 生きてる価値ないんじゃない?』
彼女の甲高い罵声が、大音量スピーカーから体育館中に響き渡る。
会場から悲鳴が上がる。「うわ、ひどい」「松島、いつもあんな感じだよな」
ああ……。
私の胃がキリキリと痛む。
松島くんのヒステリー癖は知っていた。保護者からのクレームも何度かあった。だが、「熱心な指導の行き過ぎ」として握り潰してきたのだ。それが、こんな形で白日の下に晒されるとは。
隣の席の松島くんが、顔面蒼白で口を押さえ、ガタガタと震えている。もう終わりだ。彼女は懲戒処分を免れない。そして、監督責任を問われる私も……。
【FILE 02:3学年主任・佐久間教諭】
映像が切り替わる。
今度は3年生の教室。学年主任の佐久間くんが、生徒に対して冷酷な言葉を投げつける隠し撮り映像だ。
『努力も才能もない人間は、どこに行っても邪魔者なんだよ。君みたいなのがいるとクラスの空気が澱むんだよね。早く学校辞めれば?(笑)』
爽やかな笑顔のまま吐かれる猛毒。人格否定。自殺教唆にも等しい暴言。
3年生の席から、どよめきが起きる。「佐久間ちゃんが?」「ウソだろ……」「いや、あいつ裏ではああいう奴だよ」
佐久間くんは顔を真っ赤にして俯いた。彼が築き上げてきた「人気教師」という虚像が、音を立てて崩れ落ちていく。
やめてくれ。もうやめてくれ。
私の心臓は早鐘を打ち、冷や汗が止まらない。
これは悪夢だ。中学生がこんな映像を持っているはずがない。
神条湊。あの生徒は一体何者なんだ?
そして、決定打となる三つ目のファイル。
これは映像ではない。音声と、書類の画像だ。
私の目の前が真っ暗になった。
【FILE 03:教頭・田村、および管理職による不正会計】
『タカハシスポーツ店主の証言音声』
『教頭・田村の裏帳簿データ』
『PTA会費の不正流用リスト』
数字がスクリーンに並ぶ。横領総額350万円。
教頭の名前、野球部顧問の名前、そして……承認印の欄に、私の印鑑が押されている書類。
店主の震える声が流れる。『教頭に脅されて……架空請求を……校長も黙認していたと聞いています……』
会場が静まり返る。
これは教育論や感情論ではない。明確な犯罪だ。業務上横領。
隣に座っていた教頭が「ひぃッ!」と短い悲鳴を上げ、その場で失禁して椅子から転げ落ちた。
私も、椅子の肘掛けを握りしめたまま、体が石のように硬直した。
終わった。
退職金どころではない。懲戒免職。いや、逮捕されるかもしれない。
PTA会長の権藤サユリの顔が脳裏に浮かぶ。彼女はこのことを知ったら、私を社会的に抹殺するだろう。
マスコミも来る。教育委員会も来る。私の平穏な老後は、このスクリーンの中の数字と共に消え去った。
神条くんが、拡声器を持ってこちらを見下ろしている。
その目は、生徒が教師を見る目ではなかった。
断罪者が、罪人を見る目だ。
「これが、この学校のトップたちの姿です。暴言、人格否定、そして金銭の横領。
彼らは、我々に『ルールを守れ』と言いながら、自分たちは法を犯している。
『友達を大切に』と言いながら、生徒をいじめている。
こんな大人たちに、我々を指導する資格があるでしょうか!」
彼の問いかけに、生徒たちの怒りが爆発する。
「ない!」「ふざけんな!」「金返せ!」「校長辞めろ!」
怒号。ブーイング。
600人の生徒たちの敵意が、津波のように私に押し寄せてくる。
私は小さく縮こまることしかできなかった。
その時。
私の視界の端で、巨大な影が動いた。
権田くんだ。
彼は顔をどす黒く変色させ、泡を飛ばして叫んでいた。
「ふ、ふざけるなァァァ! こんな捏造、許されると思ってるのか! テメェを殺してやる!」
ああ、馬鹿な。やめろ権田くん。
ここで暴力を振るえば、それこそ終わりだ。
だが、私の声は出なかった。
権田くんが教職員席を飛び出し、壇上へと駆け上がっていく。
神条くんは逃げない。むしろ、待ち構えているように見える。
これは罠だ。
私たちは、あの中学生が仕掛けた巨大な処刑台の上で、踊らされているだけなのだ。
私は目を閉じた。
学校が崩壊する音が、耳元で轟いていた。




