第5部:革命と再生編
第36話:舞台裏の指揮官、影山透の視点
その日の朝、僕、影山透は誰よりも早く学校に来ていた。
午前6時30分。
まだ生徒の気配もない静まり返った校舎。僕は体育館の2階にある、放送・照明調整室にいた。
ここは今日、僕たち「情報局」の司令室となる場所だ。
「……よし、回線チェックOK。プロジェクターとの同期、遅延なし。マイクの予備回線も確保済み」
僕はミキシングコンソールの前に座り、タブレットの画面と睨めっこをしていた。
指先が微かに震えている。武者震いか、それとも恐怖か。
今日、僕たちは学校という巨大なシステムに喧嘩を売る。教師という絶対権力者に、真正面から反旗を翻すのだ。
失敗すれば、ただの「放送事故」では済まない。停学、あるいは退学。最悪の場合、損害賠償請求なんて話になるかもしれない。
でも、不思議と後悔はなかった。
ガチャリ、とドアが開いた。
入ってきたのは、放送委員長の美咲さんだ。彼女は少し顔色が悪い。
「おはよう、影山くん。早いのね」
「おはよう、委員長。……大丈夫? 顔色悪いけど」
「平気よ。ただ、昨日の夜、教頭先生から電話があって……」
彼女は唇を噛んだ。
「『今日、もし神条くんが変なことを言い出したら、すぐに放送を切れ。もし切らなかったら、分かってるね』って。内申書のことをチラつかされたわ」
「……脅迫だね」
「うん。でも、もう迷わない。神条くんが私を守ってくれるって言ったから。それに、私も見てみたいの。この学校が変わる瞬間を」
彼女は力強い目で笑った。
神条湊。あの中学生離れした男は、僕たちのような弱者に「勇気」という武器を与えてくれた。
だから僕たちは戦うのだ。
午前7時50分。
登校時間が始まった。
調整室の窓から、校門付近の様子が見える。
生徒たちが続々と登校してくる。その雰囲気が、いつもとは明らかに違っていた。
誰も喋らない。スマホも見ない。
全員が前を向き、無言の行進のように校舎へと吸い込まれていく。
まるで、これから始まる儀式に備えて、精神を統一しているかのようだ。
校門に立つ生活指導の権田先生が、その異様な空気に戸惑っているのが遠目にも分かった。
彼はいつものように竹刀を持って威嚇しようとしているが、生徒たちが彼を完全に無視して通り過ぎていくため、怒鳴るタイミングを失っている。
「おい、挨拶しろ!」という彼の声が、空しく空に消えていく。
「……すごい。みんな、本当にやる気だ」
僕の隣で美咲さんが呟く。
「ああ。神条くんが撒いた種が、芽を出したんだ」
昨夜、僕が拡散した『Xデーは今日』というメッセージ。
それは単なる煽り文句ではない。1年かけて積み上げてきた不満と、神条くんへの期待が、臨界点に達した合図だ。
生徒たちは知っている。今日、この学校が変わるかもしれないと。
8時15分。
神条くんと一ノ瀬さんが登校してきた。
二人は並んで歩いている。神条くんはいつものポーカーフェイスだが、その歩調は力強い。
彼は校舎を見上げ、この調整室の窓に視線を送った気がした。
僕は小さく親指を立てた。
『準備完了だ、総理』
チャイムが鳴る。
運命の一日が始まった。僕の手元にあるスイッチ一つで、この学校の常識が覆る。
僕は深呼吸をし、ヘッドセットを装着した。
ここから先は、一瞬のミスも許されない。




