第4部:崩壊の序曲・心理戦編
第17話:エースの反乱と無言のサボタージュ
学校における教師の権威とは、突き詰めれば「生徒が言うことを聞く」という一点に支えられている。逆に言えば、生徒が指示に従わなくなった瞬間、彼らはただの「大声で叫ぶ中年」に成り下がる。
第7話で掌握したサッカー部の桐島、そして第11話で同盟を結んだ前生徒会長の西園寺。この二つの強大な駒を使い、私は次なる一手――「無言のサボタージュ」を開始した。
火曜日の朝礼。全校生徒が校庭に整列している。
壇上では、生活指導の権田がマイクを握り、いつものように怒鳴り散らしていた。
「おい! そこの3年! 列が乱れてるぞ! 気合いが足りない証拠だ!」
普段なら、指名された生徒は慌てて整列し、周囲も萎縮して静まり返る。
だが、今日は違った。
指名された3年生の列――その先頭に立つ西園寺が、微動だにしなかったのだ。
彼は前を向いたまま、権田の声を無視した。そして、それに倣うように、3年生全員が動かない。お喋りをするわけでもなく、反抗的な態度を取るわけでもなく、ただ「指示が聞こえていない」かのように振る舞う。
完璧な無視。
「お、おい! 西園寺! 聞こえてんのか! 返事をしろ!」
権田が焦りを含んだ声で叫ぶ。
それでも西園寺は動かない。眼鏡の奥の瞳は、壇上の権田を通り越して虚空を見つめている。
3年生たちの間には、事前に西園寺から通達が回っていた。『今日から、理不尽な指導には反応しないこと。ただし、暴れたり口答えはするな。ただの置物になれ』と。
異常な光景だった。
教師が怒鳴れば怒鳴るほど、生徒たちの静寂が際立つ。権田の声だけが空回りし、その威厳が砂上の楼閣のように崩れていく。
1、2年生たちがざわつき始める。「先輩たち、すげえ」「権田がビビってるぞ」。畏敬の念が教師から生徒へと移っていく瞬間だ。
さらに、放課後のグラウンドでも異変は起きた。
サッカー部顧問の田所が、練習メニューの指示を出そうとした時だ。
「今日は走り込みだ! 全員グラウンド20周!」
田所が笛を吹く。しかし、誰も走り出さない。
キャプテンの桐島が、ボールを足元に置いたまま、田所をじっと見つめている。
「……なんだお前ら。反抗期か?」
田所が竹刀を持って近づく。
「いいえ、先生」
桐島が静かに口を開いた。以前のような怯えはない。
「我々は『スポーツ庁のガイドライン』に基づき、過度な走り込みは怪我のリスクを高めるため推奨されないと判断しました。よって、今日は戦術練習を行います」
「はあ!? 誰が決めた! 俺が監督だぞ!」
「部員全員の総意です。先生が納得されないなら、部活動をボイコットし、校長および教育委員会に『指導方針の不一致』として調停を申し立てます」
桐島は、私が教え込んだフレーズを完璧に暗唱した。
田所は口をパクパクさせ、顔を真っ赤にして絶句した。
「ちょ、調停だと……? お前ら、推薦がどうなってもいいのか!」
「どうぞ、取り消してください。その代わり、先生が過去に行った体罰の記録と、裏金疑惑についても同時に調査してもらうことになりますが」
桐島の後ろには、大野をはじめとする部員全員が、無言の圧力となって立っている。彼らの目は、もう奴隷の目ではない。覚醒した兵士の目だ。
田所は竹刀を握りしめたまま、後ずさりした。
「……勝手にしろ! 俺は知らんぞ!」
捨て台詞を吐いて、彼は逃げ出した。
部員たちから歓声が上がるわけではなかった。彼らは淡々と、自分たちで決めたメニューをこなし始めた。
その光景を、校舎の窓から見ていた私は、紅茶のボトルを掲げて彼らに乾杯を送った。
権威の喪失。
これが第一段階だ。教師たちは今日、思い知ったはずだ。自分たちの言葉が、もはや何の力も持たないことを。
そして、その恐怖は、彼らをさらなる疑心暗鬼と、暴力的な発作へと駆り立てるだろう。
それこそが、私の狙いだ。暴走した権力ほど、叩き潰しやすいものはないのだから。




