第3部:静かなる浸食・包囲網拡大編
第14話:メディア戦略と「外圧」の準備
学校の中だけで戦っては勝てない。これは私の政治家としての経験則だ。
学校という組織は、極めて閉鎖的な村社会だ。内部でいくら正論を叫んでも、「教育的指導」や「学校の常識」という言葉で握り潰される。この強固な壁を突破するには、外からの風――すなわち「世論」という名の暴風雨が必要だ。内部の論理が通用しない「外圧」こそが、既得権益層をパニックに陥れ、正常な判断力を奪う特効薬となる。
私は、第9話で味方につけたPTA会長・権藤サユリのコネクションを利用し、地元紙「県民日報」の社会部記者と接触を試みた。権藤会長には、「学校の現状を憂う熱心な生徒がいるから話を聞いてやってほしい」とだけ伝えてある。
放課後、学校から2駅離れた場所にある、昭和の香りが色濃く残るレトロな喫茶店。
店の奥の、紫煙が漂うボックス席に、その男はいた。
有田五郎。40代半ば。ヨレヨレのスーツに、無精髭。テーブルには飲みかけの冷めたコーヒーと、灰皿いっぱいの吸殻。いかにも「窓際族」といった風貌だが、その目は死んでいなかった。猛禽類のように鋭く、獲物を探して常に周囲を警戒している。
彼はかつて県警担当のエース記者だったが、警察組織の裏金問題を追及しすぎた結果、上層部と衝突して社会部の閑職に追いやられたと聞いている。鬱屈した野心と、権力への憎悪を腹の底に溜め込んでいるはずだ。
「君か、面白いタレコミがあるっていう中学生は。サユリさんの紹介じゃなきゃ無視してるところだが、ガキのお遊びに付き合ってる暇はないんだぞ」
有田は新しいタバコに火を点けながら、私を値踏みするようにジロジロと見た。
「初めまして、北中学2年の神条です。お忙しいところ恐縮です。有田さん、最近の学校教育についてどう思われますか?」
「どうって……現場は疲弊してるし、隠蔽体質は変わらんね。いじめがあっても『重大事態』になるまで認めない。教師も保身ばかり。どこも一緒だ。記事にしても読者は飽きてる」
「その隠蔽体質の決定的瞬間を、特ダネ(スクープ)として差し上げたら? 全国ニュースになるレベルの衝撃的な映像を」
私は茶封筒から一枚の写真を取り出し、テーブルの上にゆっくりと滑らせた。
それは、生活指導の権田が、放課後の廊下で男子生徒を竹刀で小突いている写真だ。決定的瞬間ではないが、十分に「体罰疑惑」として報じられるだけの不穏な空気を孕んでいる。
「……これだけじゃ弱いな。じゃれ合ってるだけ、あるいは『熱心な指導』と言い逃れされる。教育委員会も『指導の一環であり、体罰には当たらない』で片付けるだろうよ。こんなネタ、三面記事の隅にも載らん」
有田は写真を指で弾き、鼻で笑った。
「ええ、分かっています。これはあくまで『予告編』です。本編はこれから始まります」
私は身を乗り出し、声を潜めた。
「来月行われる生徒会長選挙の立会演説会。そこで、もっと衝撃的な映像が公開される予定です。教師による常習的な暴力、人格否定の暴言、そして……長年にわたる部活動費の横領の証拠も」
「……横領だと?」
有田の記者の目が光った。獲物の匂いを嗅ぎつけた猟犬の反応だ。暴力だけなら「教育論」で誤魔化されることもあるが、金の問題となれば話は別だ。それは明確な犯罪であり、社会的な関心も高い。
「お前、何者だ? ただの正義感に燃える生徒会長候補じゃないな。何を仕掛けようとしてる」
「ただの演出家ですよ。有田さんには、当日、体育館の来賓席……いや、ギャラリーの目立たない場所にいてほしいのです。そして、事件が起きたら、それを一番に記事にしてほしい」
「事件?」
「ええ。権田という教師が、全校生徒の目の前で暴力を振るう瞬間を、私が引き出します。彼を挑発し、理性を失わせ、その本性を晒させる。その決定的瞬間を逃さないでください」
有田はコーヒーを一気に飲み干し、不敵に笑った。
「……俺に、お前の仕組んだショーの片棒を担げってか。いい度胸だ」
「Win-Winの関係ですよ。私は学校を変えるための外圧が欲しい。貴方は、窓際の記者から一躍ヒーローに返り咲く特ダネが欲しい。違いますか?」
私はさらに畳み掛けた。
「『中学生徒会長候補、命がけの告発。腐敗した学校の闇と、教師の暴力支配の実態』……見出しとしては悪くないでしょう? 県民日報の1面トップを飾れますよ」
有田はタバコをもみ消し、ニヤリと笑った。
「……ガキのくせに、人を操るのが上手いな。政治家みたいな口ぶりだ。いいだろう。乗ってやるよ。俺も昔から、あの学校の校長の澄ました顔が気に入らなかったんだ。教育委員会の連中も巻き込んで、大炎上させてやる」
「交渉成立ですね。ただし、ガセだったら承知しねえぞ」
「ご安心を。現実は小説より奇なり、ですから。当日は最高のエンターテインメントをお見せします」
有田と固い握手を交わした。彼の手はヤニ臭く、ゴツゴツとしていたが、力強かった。それは「共犯者」の手の感触だった。
これでメディアという巨大な拡声器を手に入れた。
学校内でボヤが起きれば、有田がガソリンを撒いて大火事にしてくれるだろう。
教師たちが必死に隠そうとしている不祥事を、翌日の朝刊で地域住民全員が知ることになる。彼らの家族、近所の人々、全ての目が彼らを糾弾する。その社会的制裁の恐怖こそが、彼らの精神を崩壊させる最後の一押しになるはずだ。




