第3部:静かなる浸食・包囲網拡大編
第13話:スクールカーストの崩壊工作と異色の同盟
学校を支配するには、生徒たちの意識を変えなければならない。
具体的には、「スクールカースト」という名の、目に見えないが強固な身分制度を無力化することだ。
教室には明確な序列がある。一軍(陽キャ、運動部)、二軍(普通の生徒)、三軍(陰キャ、オタク、文化部)。
教師たちは、このカーストを利用している。カースト上位の生徒を優遇してクラスをまとめさせ、下位の生徒を切り捨てることで、教室の秩序を保っているのだ。「分断して統治せよ」。帝国の植民地支配と同じ論理を、彼らは無意識に実践している。
この構造を壊せば、教師たちの統治システムは機能不全に陥る。生徒たちが横に繋がり、巨大な塊となれば、縦の支配は通用しなくなるからだ。
私は、クラスの陽キャグループのトップであるサッカー部の桐島と、陰キャグループの顔役であるパソコン部の影山を、放課後の駅前ファミレスに呼び出した。
普段の学校生活なら絶対に交わらない、水と油のような二人だ。オレンジ色の照明の下、テーブルを挟んで向かい合う彼らの間には、気まずい沈黙と、互いへの軽蔑と警戒が入り混じった緊張感が漂っている。
「おい神条、なんでコイツがいるんだよ。俺、パソコンオタクと話すことなんかねーぞ。時間の無駄だ」
桐島が不機嫌そうにメロンソーダのストローを噛みながら言う。ジャージ姿で足を広げ、威圧感を放っている。
「……僕だって、こんな脳みそまで筋肉でできた体育会系のバカと話したくないよ。ウイルスのコード書いてる方がマシだ」
影山も負けじと、視線を合わせずにボソリと呟く。
「まあまあ、二人とも座りたまえ。今日は歴史的な和解の日だ。ポテトもドリンクバーも私の奢りだ」
私は二人の仲裁に入り、山盛りのフライドポテトをテーブルの中央に置いた。そして、本題を切り出した。
「桐島くん。君たちは来月の文化祭で、クラスの出し物として何をやる予定だい?」
「あ? お化け屋敷だろ。定番だし、暗くして女子ビビらせられるしな」
「なるほど。でも、具体的なプランはあるのかい? 衣装や仕掛けはどうする? 君たちのグループには、段ボールを切ったり色を塗ったりする手先が器用な人間や、怖がらせるための音響・照明効果に詳しい人間はいないだろう? 去年のお化け屋敷、ただ黒いビニール貼っただけで『ショボい』って不評だったそうじゃないか」
桐島が言葉に詰まる。痛いところを突かれた顔だ。
確かに、彼らはノリと体力と行動力はあるが、緻密な作業や計画性は皆無だ。いつも直前になって慌てふためき、結局は中途半端なもので終わるのがオチだ。彼らのプライドは、失敗を許さないのに。
「そこで、影山くんたちの出番だ。彼らパソコン部は、文化祭で展示するゲーム制作のために、プロジェクションマッピングや、センサーを使った自動ドアの制御技術を持っている。それに、美術部の連中とも仲がいいから、内装のデザインも頼める」
私が影山に目配せすると、彼はためらいがちにタブレットを取り出し、この会合のために作成しておいたお化け屋敷の3D設計図を見せた。
画面の中で、精巧な3Dモデルが動く。センサーで飛び出す亡霊、スマホのAR機能と連動した恐怖演出、心理学に基づいた照明配置。それは高校の文化祭レベルを超え、プロのイベント顔負けのクオリティだった。
「……すげえ。なんだこれ、マジでできんのか? 遊園地みたいじゃん」
桐島が身を乗り出し、目を輝かせる。単純な男だ。しかし、その単純さが彼の強さでもある。
「できるよ。技術的には難しくない。ただ……」
影山がボソッと言う。
「予算と、大掛かりなセットを組むための人手と材料が足りないんだ。僕たちだけじゃ、重いベニヤ板を運んだり、教室全体を暗幕で覆ったりする体力がない」
「そこで、桐島くんたち運動部のパワーが必要になるわけだ」
私は二人の間に入り、両手を広げた。
「予算なら、私が生徒会費の予備費から捻出させよう。名目は『ICT技術を活用した新しい文化祭モデル事業』としてね。生徒会顧問も、ICTという言葉には弱い。
陽キャの圧倒的な企画力と集客力、そして肉体。陰キャの卓越した技術力と緻密さ。この二つが組めば、史上最高の文化祭ができる。そして、教師たちは驚くはずだ。『なぜ、こいつらが仲良くしているんだ?』と」
教師たちは、生徒同士がいがみ合っている方が管理しやすい。団結されると、コントロールが効かなくなるからだ。
この「異色の同盟」は、単なる文化祭の成功だけでなく、クラス内のヒエラルキーをフラットにする革命の第一歩となる。お互いが相手の能力を認め合えば、くだらないカーストは消滅する。
桐島はしばらく画面を見つめ、それから影山の顔を見た。そこには以前のような軽蔑の色はなく、ある種の敬意が含まれていた。
「……悪くねえな。おい影山、頼むわ。力仕事は俺らが全部やるから、その凄え仕掛け、作ってくれよ。俺たちで学校中をビビらせてやろうぜ」
桐島がニカっと笑い、汚れた手で影山の肩をバシッと叩いた。
「……痛いよ。でも、うん。桐島くんたちが運搬とかやってくれるなら、僕たちも本気出すよ。見返してやりたいしね、僕らをバカにしてる連中を」
影山も、少し照れくさそうに、しかし嬉しそうに笑った。
握手が交わされた。ポテトの油がついた手同士の、奇妙な握手。
この日を境に、校内の空気が劇的に変わった。
廊下でサッカー部員とオタクが設計図を見ながら真剣に議論し、ギャルが図書委員に勉強を教わり、そのお返しにメイクやファッションを教える。
異なる属性の生徒たちが混ざり合う、その異様な、しかし活気に満ちた光景。
職員室の教師たちは、窓からその様子を見て戸惑いを隠せない。
「何かが起きている」。
その正体不明の連帯感と、自分たちの理解を超えた場所で進む融合への恐怖。
その漠然とした不安こそが、私の狙いだった。
生徒たちが一つになった時、教師という「管理者」は不要になる。彼らを孤立させるための、空気の醸成は完了した。




