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総理大臣、中学生になる。〜悪行教育現場をぶっ壊す最強の生徒会長〜  作者: まこーぼ


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第3部:静かなる浸食・包囲網拡大編

第11話:受験生という名の兵隊と沈黙の取引


 長い夏休みが終わり、新学期が始まった。

 校舎の外では、晩夏の蝉時雨が未だに暑苦しく鳴り響いているが、校内、とりわけ3年生の教室がある最上階のフロアだけは、まるで季節が一つ先に進んだかのような、冷ややかで張り詰めた静寂に包まれていた。

 受験戦争。

 人生で最初に訪れる大きな選別。15歳の少年少女たちが発する、焦燥と不安、そして諦念が入り混じった独特の空気。廊下を歩くだけで、そのピリピリとした緊張感が肌に突き刺さるようだ。笑い声は消え、参考書をめくる乾いた音と、ため息だけが支配する空間。

 かつて永田町で、解散総選挙直前の議員会館を歩いた時の空気に似ている、と私は思った。誰もが自分の生き残りに必死で、隣人を蹴落としてでも這い上がろうとする、あの殺伐とした空気だ。


 私は、その「戦場」の中心地である3年A組の教室の前で足を止めた。

 今回のターゲットは、前生徒会長であり、入学以来学年トップの成績を維持し続けている秀才、西園寺圭介さいおんじ けいすけだ。

 彼は教師からの信頼も厚く、現体制における「理想的な生徒像」の象徴とされている。真面目で、規律を守り、教師に逆らわず、黙々と課題をこなす。眼鏡の奥の瞳は常に理知的だが、同時にどこか冷めている。

 だが、私の見立ては違う。

 彼は賢いがゆえに、この学校の抱える構造的な矛盾や、教師たちの欺瞞に、誰よりも敏感に気づいているはずだ。そして、それを押し殺し、「優等生」という仮面を被り続けることで生じる精神的な歪みが、彼の中で限界に達しつつあることも、私の目は見抜いていた。


 放課後の図書室。

 夕日が長く伸びる閲覧席の隅、「受験生優先エリア」で、西園寺は一人、赤本(過去問)と向き合っていた。周囲には数人の3年生がいるが、誰も彼に話しかけようとはしない。彼の周りには不可視の壁があるようだった。孤高、と言えば聞こえはいいが、それは孤独の裏返しだ。


「西園寺先輩。少しお時間よろしいですか」

 私が声をかけると、彼はシャーペンを走らせる手を止め、眼鏡の位置を指先で直しながら、億劫そうに顔を上げた。その目には、下級生に対する興味など微塵もないという色が浮かんでいた。

「……神条湊か。2年の。最近、校内で妙な動きをしているという噂の『革命児』が、何の用だ? 受験生にとって、今は一分一秒が惜しいんだが。用件なら手短に頼む」

「単刀直入に言います。次の選挙で、私の選挙参謀になっていただきたいのです」


 西園寺の目が大きく見開かれた。

 あまりに唐突で、常識外れな申し出。彼は呆れたようなため息をつき、再び視線を問題集に戻した。相手にする価値もないと判断したのだろう。


「……正気か? 僕は受験を控えた3年生だぞ。自分のことで手一杯だ。それに、僕は内申点を人質に取られている身だ。教師に反旗を翻すような真似ができるわけがないだろう。君が何を企んでいるか知らないが、他を当たってくれ」

「だからこそ、です。先輩」

 私は一歩踏み込み、声を低くした。周囲の生徒には聞こえない、二人だけの密室を作るように。


「貴方は今、第一志望校である県立トップ校の推薦枠を巡って、担任の佐久間から不当な取引を持ちかけられていませんか? 『生徒会活動の実績を考慮してやるから、最後まで教師の言うことを聞け』『余計なことはするな』と」


 シャーペンの芯が、パキリと音を立てて折れた。

 図星だったようだ。西園寺の背中が強張り、表情が険しくなる。彼はゆっくりと顔を上げ、私を睨みつけた。

 この学校の教師たちは、推薦枠という「エサ」をチラつかせて優秀な生徒を飼い慣らす。それは教育指導ではなく、生徒の未来を担保にした汚い取引だ。従順な家畜には餌を与え、牙を剥く狼は荒野へ追放する。


「……調べているんだな。どこまで知っている?」

「ほぼ全てです。そして、残念なお知らせがあります。その『取引』が、教師側によって一方的に、しかも理不尽な理由で破棄される可能性が極めて高いことも掴んでいます」


 私は鞄から、クリアファイルに入った一枚の書類を取り出した。

 それは、情報局の影山が校内サーバーからハッキングして入手した、先週行われた極秘の進路指導会議の議事録のコピーだ。もちろん、重要部分は黒塗りなどされていない。生々しい会話がそのまま記録されている。


「これを見てください。先週の金曜日、貴方が模試を受けている間に交わされた会話です」

 西園寺が疑わしげに書類を受け取り、目を通す。

 数秒後、彼の顔から血の気が引いていった。指先が震え、紙がカサカサと音を立てる。そして、次に込み上げてきたのは、激しい怒りの紅潮だった。


 『議題:推薦入試候補者の選定について(特進クラス)』

 『3年A組担任(佐久間):西園寺は学力的に一般入試でも十分合格圏内だ。あいつは放っておいても受かる。推薦枠を彼に使うのはリソースの無駄だ』

 『教頭:うむ。それより問題は、PTA会長の息子である2組の山本君だ。成績はオール3ギリギリだが、会長の手前、なんとか推薦で押し込みたい。西園寺の枠を彼に回せないか?』

 『佐久間:可能です。西園寺には「一般入試で実力を試すべきだ」「君ならできる」とかなんとかおだてて、辞退させますよ。どうせ彼は真面目だから、教師が「期待している」と言えば文句は言いません』

 『校長:良きに計らえ。PTA会長の機嫌を損ねるわけにはいかんからな』


 そこには、彼の3年間の血の滲むような努力を嘲笑い、大人の都合と保身だけで彼の権利を奪おうとする教師たちの醜悪な本音が、無機質な明朝体で記されていた。

 西園寺は唇を噛み締めた。血が滲むほどに。


「……ふざけるな。僕は、あいつらの雑用を3年間も……生徒会の仕事も、行事の準備も、全部一人で押し付けられて……『これが評価に繋がるから』って言われて、休日も返上してやってきたのに……!」

 西園寺が書類を握りしめる。クシャクシャになった紙が、彼の心の叫びを代弁していた。

 優等生の仮面が剥がれ落ち、そこには裏切られた少年の絶望と憤怒があった。彼が信じていた「努力は報われる」という公正な世界は、汚い大人たちによって最初から歪められていたのだ。


「怒ってください、先輩。その怒りが、正当な権利を主張するための武器になります」

 私は静かに、しかし力強く告げた。

「貴方の内申点と推薦枠は、私が守ります。この議事録の原本データは、既に私の手元にあり、暗号化されてクラウドに保存されています。これを教育委員会、あるいはPTA会長の政敵である市議会議員に提出すれば、推薦選考の不正疑惑として大問題になる。マスコミも食いつくでしょう。そうなれば、教師たちは貴方を落とせなくなります。いや、逆に貴方を合格させなければ、自分たちの身が危うくなる」


「……つまり、これをネタに教師を脅せということか? 僕に、あいつらと同じ穴のむじなになれと?」

 西園寺の声が震える。正義感が強い彼にとって、それは禁忌の選択肢なのだろう。


「違います。これは『自衛のための核抑止力』です。彼らがルールを破り、貴方の人生を食い物にしようとしているのなら、こちらもルール無用のカードを切る権利がある。それは正当防衛です。……それに、先輩。貴方は悔しくないのですか? 後輩たちが、同じように使い捨てられる未来を見過ごすのですか?」


 西園寺は深く息を吐き、眼鏡を外して目をこすった。長い沈黙。図書室の空調の音だけが響く。彼は自分の中の倫理観と、燃え上がる復讐心の間で揺れ動いている。

 やがて、彼は顔を上げた。その瞳には、先ほどまでの諦念は消え、冷たく燃える決意の光が宿っていた。


「……分かった。神条、お前に乗ろう。どうせ失うものはない。あいつらに一泡吹かせてやる。……いや、徹底的にやってやる。僕を利用した代償がどれほど高いか、教えてやる」

「感謝します。では、先輩には3年生の浮動票のまとめ役と、卒業したOBたちへの根回しをお願いしたいのです。かつての生徒会長としての人脈をフル活用して、『今の学校はおかしい』という空気を醸成してください」


 前生徒会長という強力な駒が手に入った。

 3年生は受験で忙しく、選挙に関心が薄い層だ。だが、カリスマであり「被害者」となりうる西園寺の一声があれば、「後輩のため」あるいは「教師への憂さ晴らし」として、雪崩を打って私に票を投じるだろう。

 受験ストレスという名の火薬庫に、導火線の火がついた瞬間だった。

 西園寺先輩の差し出した手は、冷たく汗ばんでいたが、その握力は万力のように強かった。これが、裏切られた優等生の復讐心だ。私はその手を力強く握り返した。

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