第2部:静かなる浸食・基盤構築編
第9話:PTAという名の魔物
学校政治において、教師よりも厄介で、かつ利用価値のある存在がある。
保護者、特にPTAだ。
彼らは「子供のため」という無敵の大義名分を振りかざし、時には学校の方針すら捻じ曲げる力を持つ圧力団体だ。私の改革にとって、PTAが教師側に着くか、それとも私の味方になるかは、勝敗を分ける死活問題となる。
現在、本校のPTA会長を務めているのは、地元でも有名な建設会社の社長夫人、権藤サユリだ。
彼女は生活指導の権田の遠縁にあたり、学校の「規律」を重んじる超保守派の女帝だ。彼女を崩さなければ、選挙後に「親からのクレーム」という形で私の首が絞まることになる。逆に言えば、彼女さえ味方につければ、教師たちは手出しできなくなる。
土曜日の午後。
私は地元の公民館で行われていた「地域教育協議会」に、一学生として潜入していた。
会場の空気は重い。壇上では、派手なスーツに身を包んだ権藤会長が演説している。
「最近の子供は弛んでいる」「教師の指導力低下が嘆かわしい」「もっと厳しく指導すべきだ」
典型的な精神論だ。会場の保護者たちは、彼女の剣幕と地元の名士という立場に押され、ただ頷くだけだ。
閉会後、私はロビーで権藤会長に接触を図った。
彼女は取り巻きの役員たちと談笑していた。
「素晴らしい演説でした、権藤会長」
私は最上級の営業スマイルを貼り付け、背後から声をかけた。
「あら、あなたは? 生徒さん?」
「はい、本校2年の神条と申します。会長の『規律ある学校作り』という理念に感銘を受けました。今の学校には、会長のような強いリーダーシップが必要です」
お世辞は政治の潤滑油だ。まずは相手の自尊心をくすぐり、懐に入る。
権藤会長は満更でもない顔をした。
「そう? 最近の生徒にしては感心ね。ウチの権田先生にも、あなたのような生徒がいれば苦労しないと言ってあげたいわ」
「恐縮です。……ただ、少し心配な噂を耳にしまして」
私は声を潜め、周囲を警戒するフリをした。演技力が試される瞬間だ。
「噂? 何かしら」
「実は、学校側がPTA会費の一部を、本来の用途以外……例えば、教職員の私的な飲み会や、特定の部活動への裏金として流用しているのではないか、という話が生徒の間で流れているのです」
権藤会長の眉がピクリと跳ねた。
これは半分真実で、半分は嘘だ。
第6話で影山が入手した教頭の裏帳簿データ。あの使途不明金を、あえて「PTA会費」と結びつける。
彼女にとってPTAは自分の庭であり、そこから集めた金は彼女の権威の象徴だ。そこから金を盗むなど、彼女の顔に泥を塗る行為に他ならない。
「何ですって? 証拠はあるの?」
声のトーンが低くなる。怒りの導火線に火がついた証拠だ。
「確証はありません。ですが、もしよろしければ、私が独自に調査して報告書をまとめましょうか? 会長のようなご多忙な方の手を煩わせるわけにはいきませんので。私はパソコンが得意な友人がいまして、会計データの照合ができるのです」
彼女は私をじっと見定めた。中学生が生意気な、と思ったかもしれない。だが、その瞳には「使えるものは使う」という打算の色が浮かんでいた。
「……面白い子ね。いいわ、調べてみなさい。もし事実なら、ただじゃおかないわよ。教頭だろうが校長だろうが、吊るし上げてやるわ」
彼女はハンドバッグから名刺を取り出し、私に渡した。個人の携帯番号が書かれている。
「ご期待に添えるよう尽力します」
私は深く頭を下げ、公民館を後にした。
これでいい。
私は権藤会長に「学校への不信感」という種を植え付けた。
そして、数日後に私が「改竄済みの調査報告書」――教頭たちの横領の証拠と、それをPTA会費だと誤認させるような資料――を提出すれば、彼女は激怒し、教師たちを攻撃する最強の矛となるだろう。
敵の味方を、敵にぶつける。
「毒をもって毒を制す」ではない。「モンスターペアレントをもってモンスターティーチャーを制す」だ。
私のスマホが震えた。影山からだ。
『教頭の裏帳簿データとPTAの決算書、照合作業完了。30万円の使途不明金、PTAの雑費項目と日付が一致してる。これは使えるよ』
完璧だ。偶然の一致すら味方につけた。
私は夕暮れの空を見上げ、小さくガッツポーズをした。
外堀は、着々と埋まりつつある。教師たちは今頃、何も知らずに週末の酒を楽しんでいるだろう。それが最後の晩餐になるとも知らずに。




