孤独
「孤独が現実味を帯びているのがちょっと信じられない」
「そうか? 」
「あの質感は何なんだ? 何が孤独なんだ? 何が不満なんだ? 」
「何となくだよ。何となく孤独なんだ。分かるだろ? そうなるんだよ。ふとした瞬間に。1人の時よりも、雑踏の中で、人混みの中で起こる。突然はっと思い出したかのようにそれを見つけるんだ。そしてその瞬間からボディブローのようにじわじわと効いてくる。真綿で首を絞められるようにゆっくりと。なかなか芯に迫るまで気づかないものさ。道端の小石につまづいて初めてその姿を認めるようにさ」
「……? 一体何の話をしているんだ? それが孤独なのか? 何だか甘い匂いがするなぁ」
「甘い匂い? 」
「そう。甘い匂い。実際に甘い訳じゃなくて甘い『匂い』だよ。苦味のある匂いではない。腐りかけの匂いではない。ただ甘い匂い。爽やかな柑橘系の香りが鼻の奥を掠めるようにして抜けていくようなそんな匂いだよ」
「爽やか……柑橘系……? 」
「感覚は匂いに結びつく。そんな覚えはないか。匂いはよくデジャブを引き起こす」
「そんなことないけど……」
「そう」
「で、よく分からないけどその孤独の何が甘いんだ」
「その孤独はセットじゃないか。そうでない状況と。だから、その環境から香ってくるんだよ。孤独には色がない。匂いもない。スポンジみたいなものさ。つまり、孤独でない状態の温かみを反映してるんだ」
「でも、あの苦しさは。切実さは……」
「相当堪えるだろうね。でも、良いことに悪いことは付き物さ。良いことばかりだったら良いことも悪いことも共に消えてしまうだろう? それは波みたいなものだよ。あるいはちょっとした穴。確かに近くで見たらナイアガラの滝よりも深い穴かもしれない。でも、遠くで見たらわずかな凹みだ。君は道を歩いていて1ミリの凹みを気にするのか? 君がアリならそうかもしれない。しかし、そうではないだろう。アリにはアリの孤独が。人には人の孤独がある。誰がアリの孤独を分かろう。孤独とは見つけるものでも遭遇するものでも浸るものでもない。ただそこにある。人が生まれる前から存在し、死んでからもあり続けるのだ。孤独の方からしてみても心外だろう。ぽっと出の人間から有ること無いことやいのやいの言われるのは。孤独とは私が見つけられることだ」
「誰の手によって? 」
「……」
「一体誰になんだ? あふれんばかりの人混みの中の人々ひとりひとりに? 山奥にぽつんと立っている病院の看護師に? 夕暮れのエッフェル塔に? 焼きたてのレーズンパンに? それとも私自身に? 」
「アリに。匂いに。そして道端の小石に」