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03:尋問と断罪


鉄の扉が重々しく閉じる音が、耳の奥にいつまでも残った。


冷たい石壁。擦れた床。窓のない密室。

尋問室、と呼ばれるには静かすぎる。

空気は湿っているのに、乾いた緊張感だけが満ちていた。


俺は椅子に座らされていた。右腕のない身体を不恰好に支えながら、ただじっと壁を見つめる。


(……どうなっている)


焼け野原をさまよっていた俺を拘束した兵たちは、何も語らなかった。

ただ、厳密な動きで俺を連行し、この部屋に押し込めた。


監視魔具と思しき黒い結晶体が、天井から俺を見下ろしている。

その構造すら、俺の知っていた術式とは異なっていた。

まるで別の時代の産物のように。


(……戦争は……終わったんじゃなかったのか)


脳裏に浮かぶのは、邪竜との戦い。

あの咆哮。あの灼熱。あの覚悟。


全てを投げ打って、存在を捧げて――

そうまでして俺が斃したはずの相手。


なのに、何故。

俺は、生きていて。

世界は、どうなった...


俺を捉えたこいつらの技術や魔道兵装は、俺が知っているものではない。


(……時間が、経っているのか......)


まだ明確な確信ではない。

だが、積み重なる違和感が、ひとつの答えを指し示している。


その時――


ギィィ……と、扉が軋んだ。


入ってきたのは、軍服に身を包んだ若い男。

銀の徽章。深緑の袖章。左腰に携えられた魔導剣。

いかにも官僚と軍人の中間のような立ち姿。


「ようやく目を覚ましたか、“自称・英雄”さん」


皮肉を含んだ声だった。


「名を名乗れ。軍法上、正当な理由なく軍の機密区域に立ち入った者は、敵性とみなされる」


「…………」


答えない俺を見て、男は鼻で笑った。


「言葉が通じないわけではなさそうだ。であれば、黙秘と受け取る」


彼は椅子を引いて腰を下ろした。机越しに俺を見据える。


「一応、教えてやろう。お前がいた場所は、第一次人魔大戦の最終決戦地だ。“灰神殿跡”と呼ばれている。一般人は立ち入り禁止だが、よく潜り込んだもんだ」


(第一次人魔……?)


まるで歴史の教科書の語り口だ。


「そしてお前は、そこで灰まみれのボロ雑巾のような格好で発見された。武器一つ持たず、記録にもない服。異常な魔素密度の残留。……あれだけの傷を負って、どうやって生きてたのか不明だがな」


男の口調が徐々に探るようなものへと変わっていく。


「さて、“アッシュ”と名乗ったな?」


俺は目を細めた。


「……誰が、それを」


「自分で言ってたじゃないか。兵士に訊かれて、“アッシュ”と答えたと記録にある」


「……そうか」


あの時、自分がどこまで声に出していたのか覚えていなかった。


男が椅子の背にもたれた。


「だがな、困ったことに“アッシュ”は十年前に死んでるんだよ。正式には、行方不明扱いだが。邪竜との相打ちで、生死不明。そのまま英雄として記録され、記念碑にまでなってる」


胸の内で、何かが軋む音がした。


(……十年……?)


やはり、そうだったのか。

だが、まるで昨日のことのようだった。

魔剣を振り、叫び、咆哮に焼かれて――


「本当に“アッシュ”だっていうなら、今この場にいるはずがない。あるいは、なりすましか。奇跡的な生還者を装った詐欺師か。あるいは――」


男が指で机を軽く叩く。


「――王国軍に潜伏していた敵性魔族の生き残り、という可能性もある」


「……ふざけるな」


ようやく、声が出た。


男は軽く肩をすくめる。


「感情があるな。いい傾向だ。では、もうひとつ教えてやる。お前の処遇をどうするか――上層部に判断を仰ぐことになった。特に、あのお方が動いている」


「あのお方、とは」


「断罪の剣士殿だ」


その瞬間、兵士たちの雰囲気が変わった。


俺は思わず眉を寄せた。


「……その名は、聞いたことがない」


「あくまでしらを切る気だな。王国軍最年少の司令官。“七聖人”の一角にして、魔法と剣技の融合を極めた天才だ。この国はおろか、人類の勝利を望む者に知らない者などいないはずだがな。」


(最年少の……?)


「そして何より、“邪竜を斃した英雄”の名を騙る者を、決して許さないことで知られている」


「……名は」


男が淡々と言った。


「ミリア・アーデルハイト」


――時間が、止まった。


頭の中に、あの少女の顔が浮かぶ。


泣き虫だった。けれど、何倍も努力家だった。

剣を持つと不器用で、けれど魔法の才能はきらめいていた。

「先生、わたし……」と、よく袖を引っ張ってきた。


(そんな彼女が――最年少司令官...別人か...)


「……嘘だろ……ミリアって......」


息が震えた。


だが男は、容赦ない追撃をくれた。


「まもなく彼女がこの拠点に到着する。断罪の剣士の裁きは、迅速をもって知られる。お前が“本物”でなければ――その命、ここで尽きることになるだろうな」


俺は黙って、机の上を見つめた。


ミリアが、俺を断罪する?


(……なんて、冗談だ)


そう言いかけて、言葉が喉につかえた。


彼女が、あのか弱かった彼女がどんな人生を送っているんだ。

終わらせたはずの戦争も続いているし、それに他の子たちはどうした。


十年という時間の重みが、ようやく実感を伴って胸に落ちてきた。


(本当に、十年……経っているのか)


俺の時間が止まったままの間に、

彼女は、戦ってきたのか?


守れなかった俺の代わりに。


――ならば、見届けなければならない。


この世界が、どう変わったのか。

かつての弟子が、何を背負って立っているのか。


そして――俺が、生き延びた意味を。


扉の外で、誰かの足音が近づいてくる。


運命の、再会が。


すぐそこにあった。

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