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02:封じられた名

焼け焦げた大地が、かすかに煙っていた。

風は乾いて冷たく、かつて森だった場所に、草の一本すら残っていない。


俺はその中心に、立っていた。

否、立っていた、というより――ただ、存在し、歩んでいた。


目的はなかった。

足が勝手に、あの戦いの記憶を追いかけるように、瓦礫を踏みしめていた。


全身に痛みが残っている。

潰れた左目。

失われた右腕。

破れた服と、血に濡れた皮膚。


一歩ごとに、焼けた空気が肺を刺す。

それでも、俺は歩き続けていた。

――なぜ生きているのか。

――どうしてここにいるのか。


それが分からないままに。


(……何かがおかしい)


風の匂い。空の色。

そして、地面にこびりつく焦げ跡の上に、新たに積もった土の層。


あの時、焼き尽くされたはずの神殿跡。

そこに、雨水の溝が刻まれているのを見つけたとき、違和感は確信に変わった。


(時間が……経っている?)


だが、どれだけ? 一晩なのか、数日なのか。――それとも。


思考が巡りかけた、そのときだった。


「止まれッ!」


鋭い怒声が響く。

振り返る前に、何本もの槍と銃口が、こちらに向けられていた。


「こっちだ!囲め!」


金属の靴音が、地面を鳴らす。

兵士――いや、見慣れない装備の部隊が、俺を完全に包囲していた。


(……何だ、こいつら)


その鎧は、俺の知っていた軍備よりもはるかに軽量で、しかも魔力の通導を前提とした構造に見えた。

腰にぶら下げられた兵装の形状も、術式の刻まれた銃器らしきものも、俺にはまったく見覚えがなかった。


一人の兵士が、俺の失われた右腕に一瞬だけ視線を落とした。

その目に浮かんだのは、同情ではなかった。

警戒と、恐れと――違和感。


その中の一人、隊長格らしき男が前に出る。


「不審者、何者だ。ここは軍の管轄区域だ。答えなければ即座に拘束する」


(軍の……?この場所が?)


言葉に詰まる。


戦いは終わっていないのか?


ここは、かつて俺が命を賭けて戦った場所だ。

ここで、多くの命を救い、多くを失った。

俺自身、死んだも同然だった。


その記憶が、瓦礫の下から浮かび上がってくる。

かつての仲間が倒れた場所、剣を交えた場所、そして――子どもたちの笑い声が響いていた場所。


「おい、聞こえないのか。名前を名乗れ」


「…………」


口が動かない。


一歩前に出た兵士の手が、躊躇なく俺の肩を押さえる。

その手の平の質感が、妙に冷たく感じた。


(この装備、素材……知らないものだ)


動く気力もなかった。

右腕があった場所が、じんじんと痛む。

もはや幻肢ですらないそれが、過去の記憶だけで存在しているようだった。


「拘束します。抵抗すれば、処罰の対象だ」


縄を掛けられ、後ろ手に縛られる。

今はもう魔力を感じない。もとより抵抗することなどできないだろう。


その瞬間、かつて手にしていた魔剣の重みが、心の奥でかすかに響いた気がした。


(……ここは、どこだ……)


誇りでも怒りでもない。

ただ、世界に対する微かな戸惑いだけが、胸の底でくすぶっていた。


途中、護送されながら、かつて自分が通った街道の断片が、壊れて再建された形で姿を見せる。

古びた橋の代わりに、浮遊する魔力機構を用いた渡り道が架けられていた。


(おかしい...あの時、この都市は壊滅したはず...再建するのに一体どれだけの時間が...それに設備も俺が知っているものと違う...)


ふと気がつくと、

焦げ跡の隙間に、小さな草が芽吹いていた。

ほんのわずかな緑が、目に刺さった。



焼け落ちたはずの戦場を後にして、

俺はかつて自分が救ったはずの人類に拘束された。


それが――

人類を救った英雄の、10年後の再会だった。

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