01:終焉の剣
――熱い。
焼けるような灼熱が、皮膚ではなく“世界そのもの”に染み込んでいた。
天は裂け、地は燃え、空気すら灰と化した残響を纏ってうねっている。
その中心にいたのは、黒い影。
否、“影”ではない。それは災厄の具現だった。
六枚の巨大な翼を持ち、万象を睨むように咆哮を放つ――
名を、邪竜。
その存在が、ただ“そこにある”だけで、
周囲の空間は歪み、あらゆる物理法則が恭順し、人類を滅亡の危機に晒していた。
この戦いが始まって、人類は多くのものを失った。
しかしながら、この邪竜の進撃を阻むことが叶わず、人類は自分たちの地上の領土の1/3を失おうとしている。
この邪竜には人類の編み出した最高の技である魔法が効かず、物理攻撃もほとんど刃がたたない。
人類史に残るはずだった豪傑たち、英傑たちをものの数分で消し炭にしてきたのだ。
実際に俺が鍛え上げてきた数々の魔法も役に立たなかった。
それでも――俺は、剣を握っていた。この邪竜の進撃を阻むために。
破損し、刃こぼれだらけの魔剣。
握る右手には、もはや魔力の余剰は残っていなかった。
限界を超えた“力”の先で、ただ祈るように剣を掲げる。
「……これで、終わりにする」
声は、静かだった。
まるで、夜明け前の空気のように。
胸の奥底――
心臓より深く、魔力より根源に近い“何か”が、ゆっくりと燃えていく感覚があった。
思い出す。
かつて守れなかった者たちを。
大切な人たちの涙と、戦場に倒れた仲間たちの遺志を。
そして、あのこたちと過ごした灯火のような日々を。
それらを“選びたい”と願ったとき、
何かが、世界の底で、静かにきしんだ気がした。
(――これは……)
理解するより早く、\*\*“剣が世界の一部を削り取る”\*\*感覚が訪れた。
「お前を斬る……それが、俺の生きた証だ」
咆哮が空間を砕き、剣が、竜の心臓へと至る。
が同時に邪竜の咆哮を正面からもろにくらった。
光も、炎も、音も、世界ごと呑み込まれた――
***
――目が、覚めた。
それが“目覚め”だと認識するまで、何秒かかったか分からない。
ただ、白く濁った光が視界にこびりついていた。
だが、それは“光”ではなかった。
痛みだった。
全身が灼け焦げ、骨の芯まで軋むような痛み。
「……っ、が……」
久々に声帯を使ったのか、声にならないような掠れた音を出すので精一杯だった。
目を開く――否、開かない。
左目は何かに覆われていて、景色の半分が黒に染まっていた。
湿った感触と鈍痛。潰れている。
次に右手を動かそうとして――なかったことに気づいた。
動かないのではない。……“無かった”。
肩のあたりで、感覚がぷつりと切れている。
(……右腕が、ない?)
驚くべきことに、悲鳴すら出なかった。
ただ、無機質にその事実を“確認”した。
息を吸うと、肺が焼けるように痛んだ。
それでも、はっきりと“生きている”とわかった。
「……嘘、だろ……」
俺は、死んだはずだった。
邪竜の心臓を貫き、咆哮に焼かれ、終わったはずだった。
けれど、今――こうして、生きている。
(あの戦いは……夢か?)
そう思った瞬間、風が吹いた。
焦げた木々の香り。炭化した大地の感触。
それらはあまりにも生々しく、夢にはない“重さ”を持っていた。
焼け跡と化した大地の上、崩れた神殿。
遠く、空に黒い影がゆっくりと流れていく。
俺は、世界に取り残されていた。
魔力を探ろうとした。
けれど、そこには何もなかった。
空っぽだった。
魔法の回路が、どこにも感じられない。
かつて血のように体中を巡っていた魔力が、完全に断絶している。
まるでこの世界から、自分だけが“外されている”かのように。
(……なんなんだ、これは……)
魔法剣士として生きてきた。
その核が、今は、ない。
そう理解したとき――遠くで、誰かの名を呼ぶような声が、風に乗って聞こえた気がした。
それが幻聴か、それとも運命の導きか――
このときの俺には、まだ分かっていなかった。