離縁ですか? そこまで仰るなら喜んで
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※先日は遅くなってしまったので朝の投稿になりました。
申し訳ありません。
本日の夜も投稿しますので、お願いします。
リリアンヌ・ヴァッカーノ。
ヴァッカーノ王国の王妃。
金髪を束ね、黒曜石のような瞳を持つ女性。
歳は37で、娘と息子がいる。
彼女の伴侶――ヴァッカーノ王、ガーランド・ヴァッカーノは浮気をしている。
そのことにリリアンヌはとうの昔に気づいていたが、だが口をはさむことは無かった。
はらわたが煮えくり返る思いをしても、しかし自分が我慢しなければ国が滅んでしまう。
そう考えてガーランドを責めることは無かったのだ。
何故リリアンヌが我慢しなければ国が滅ぶかというと……彼女の能力に関係があった。
この世界には神からの贈り物というものがあり、それは千差万別。
数えきれないほどの力があり、有する能力には個人差がある。
リリアンヌが持つ『ギフト』は【天の守護】。
それを持つ者がいれば、その家は守られる。
どんな不幸さえも跳ね飛ばし、繁栄し続けると言われている力だ。
その能力があるからこそ、ヴァッカーノ王国は平穏が続いていた。
旦那であるガーランドはそれをよくよく理解しているが、だがリリアンヌを伴侶としては愛してはいない。
【天の守護】を持つ者を妃に迎えるのを義務とされており、仕方なくリリアンヌを伴侶として迎え入れた経緯があった。
リリアンヌもそのことを重々承知しており、だからこそ国の為に別れることもできない。
自分に課された使命を理解しているのだ。
ガーランドの浮気は長年続き、そして彼の浮気が終わる日は突然訪れる。
「リリアンヌ。これにサインをしろ」
「はい?」
ガーランド――赤い髪に髯を生やした初老の男。
腹は出ており、昔は凛々しかったがその面影はほとんどない。
リリアンヌが自室にいると、そんなガーランドがやって来て、とある物を突き出してくる。
それは離婚に関する書類。
ガーランドはリリアンヌと離婚をするつもりらしく、彼女を見下すようにして声を荒げた。
「聞こえなかったのか! これにサインしろと言っているんだ!」
「聞こえています。でも突然離婚のサインだなんて。説明の方が先ではありませんか?」
「説明が聞きたいか。お前には用が無くなった。だから離婚だ」
「用は無くなった……ですか」
ガーランドが言わんとしようとしていることは分かるリリアンヌ。
娘の『ギフト』が関係しているのだろう。
彼女の娘の能力は、奇しくも母親と同じ力。
『ギフト』を調べたところ、【天の守護】をその身に宿していたのだ。
力を持つ娘がいるから、リリアンヌはいらない。
ガーランドはそう判断したのだ。
リリアンヌも当然そのことを分かっており、だからこそため息をつく。
「あのですね、『天の守護』は――」
「うるさい! もうお前の冷たい目に耐えられんのだ!」
「冷たい目を向けられるようなことをしているからでしょう」
「そうだとしても私は悪くない。貴様に能力が無ければ、誰が好き好んで……」
ガーランドの心無い言葉に、リリアンヌはカッチーンとくる。
「ああそうですか。分かりました。ではすぐに離縁いたしましょう」
これまで国のためを思い、散々我慢してきたがもう許せない。
リリアンヌは怒りをぶつけるようにして、書類にサインを殴り書きする。
(もう国のことなど知ったことか。全ては自分の責任。自分がやったことを後悔すればいいわ)
「それではこれでもう他人ですから。一生会うことも無いでしょうが、どうぞお元気で」
「お前はさっさと野垂れ死ね! この役立たずが!」
「…………」
額に青筋を立て、目を吊り上げるリリアンヌ。
もう感情のままに怒鳴り散らしてやろうか。
そう思案するが、だがこれからガーランドに待ち受けることを考え、溜飲が少し下がる。
(何も知らないバカ。国と共に滅んでしまえ)
リリアンヌは出来る限り感情を抑え、国を出る準備をする。
支度は使用人であるフィンに頼み、自室の窓から映る最後の景色を眺めていた。
「この景色もこれで見納めね」
「奥様。準備が整いました」
「ありがとう、フィン」
黒髪の美青年であるフィン。
彼は大きな荷物を手に持ち、先に城を出る。
外では馬車を待たせており、リリアンヌは数分後に表に出て来た。
「では行きましょうか」
「はい」
馬車に揺られ、彼女が目指したのは国より北へ向かった場所。
そこには魔の一族と呼ばれる者が住んでいる国があり、リリアンヌはそこに用があった。
国境を越えるとそこは雪国で、リリアンヌはコートを着て寒さに耐える。
予想以上の寒さに驚きつつ、だがこれから会う予定の者の反応を想像し、彼女は笑う。
そして到着するのは魔の一族が住まう都市、ラビュゼル。
一年中雪が降っており、住人たちは寒さに慣れているのか、そう厚着はしていない。
元気にはしゃぐ子供たち。
リリアンヌはその光景を見て、クスリと微笑む。
「あの子たちも昔はあんな風だったわ」
「お嬢様と坊ちゃまですね」
「ええ。あの子たち、上手くやっているといいけれど……まぁ問題が起こった後は、こっちに移り住むことになるでしょうけど。ここに来ると置手紙をしてきたし」
置いてきた子供たちのことは心配していない。
いずれ自分の元に来るはずだと、リリアンヌは確信しているからだ。
ラビュゼルの一番奥に位置する場所に氷の彫刻のような城が見える。
そこがリリアンヌの目的地。
城の中は全面クリスタルで作れらたように煌き、だが不思議なことにあまり寒さは感じない。
リリアンヌはコートを脱ぎ、中にいる使用人らしき者に声をかけた。
「すみません。ミロ様に会いに来たのですけど」
「ミロ様にですか? 少々お待ちください」
頭に角の生えた美女。
彼女はリリアンヌに声をかけられ、忙しそうに城の奥へと走っていく。
それから待つこと数分。
気だるそうにして、訊ねに来た人物がやって来る。
肩にかかるほどの長さの銀髪。
エメラルドグリーンの眩い瞳。
額に角はあるが顔立ちは美しく、その容姿にリリアンヌは少しだけドキッとしてしまう。
彼はミロ・ラビュゼル。
魔の一族の王だ。
「おお……おお! リリアンヌじゃないか!」
「お久しぶりです。ミロ様」
リリアンヌとフィンはミロに頭を下げる。
面倒くさそうな顔をしていたミロであったが、リリアンヌを見たとたんに明るい表情を見せた。
リリアンヌとミロの出会いは18年前。
彼女がガーランドの元に嫁いだ頃のことだ。
ヴァッカーノ領で怪我をしたミロ。
リリアンヌはその現場に偶然居合わせ、彼を助けることとなる。
数日ミロを看病し、そして彼はリリアンヌに恩義を感じていたのだ。
困った時はいつでも自分の国に来ればいい。
そう誘われ、リリアンヌはここへやって来たというわけだ。
「どうした。俺の伴侶になりにきたのか?」
「まさか。でも言われた通り、お世話になりにまいりました」
「ん? まさか離縁したのか?」
「はい。残念ながら……って、残念かどうかは定かではありませんが」
肩を震わせるミロ。
何を考えているのか分からず、リリアンヌは彼の顔を覗き込もうとする。
「ミロ様?」
「……やった! これでリリアンヌは俺の物だ!」
「はぁ?」
「長年君に恋い焦がれて来た。ようやく俺にもチャンスが巡ってきたというわけだ」
自分を助けてくれたリリアンヌに一目ぼれしていたミロ。
これまではガーランドに気遣い、想いを伝えることはしてこなかったが……しかし彼のリリアンヌを想う気持ちは筒抜けで、彼女はそれを理解していた。
ミロの歓喜に満ちた笑顔。
リリアンヌは釣られるようにして、同じように笑う。
「どこに巡ってきたのですか、そんなもの」
「ここだ。俺の目の前に」
真剣な目でリリアンヌを見つめるミロ。
その表情には不覚にときめきを覚えてしまうリリアンヌ。
(離縁したばかりだというのに、他の男性に気を許しちゃダメね)
ガーランドのことがあり、男はこりごりだと思っていたが……ミロの顔を見るなり、心が揺らいでしまう。
「そんなこと言って……私はもう若くありませんよ」
「俺は112歳だ。俺から見たら、リリアンヌはまだまだ若い」
「でも見た目だって……」
「何か問題が? シワの一つもない綺麗な顔。それに情熱を含む瞳……最高じゃないか」
そんな風に言われ、リリアンヌは悪くない気分になってしまう。
離婚直後なので少し罪悪感を覚えつつ、だが本題に入るために咳払いをする。
「とにかく、子供たちもおいおいこちらに来ることになりますが、よろしいですか?」
「もちろんだとも。君を追い出す理由がない。一生いてくれても構わないんだからな。むしろ一生傍にいてくれ」
「それは気が早すぎますが……よろしくお願いします」
「ふふふ……元旦那がバカなやつで助かった。リリアンヌほどの女性を手放すとはな。しかしバカは君の能力のことを知らないのか?」
「そのようですわね」
リリアンヌの能力、その秘密を知らないガーランド。
彼がそれを知るのは――リリアンヌと離婚した一ヶ月後のことだった。
「何が……何がどうなっているんだぁ!?」
ヴァッカーノ王国に、甚大な被害の数々が起きていた。
干ばつにより土地がやせ細り、作物の確保が難しくなったこと。
土砂崩れなどの天災が各地で報告が上がり、原因不明の疫病に見舞われる人間が多数現れる。
これは全て『天の守護』の能力が反転してしまったことが原因。
『天の守護』が発動している間は数えきれないほどの恩恵があるが、その持ち主をぞんざいに扱うと逆転現象が起きてしまう。
今まさに『厄災』と呼ばれるレベルの被害がヴァッカーノ王国で起き、数か月も持たずして滅ぶような状態だ。
全ての報告を受け、絶望していたガーランド。
謁見の間で膝をつき、頭をかかえる。
「ガーランド様、国はどうなるのですか? 私の暮らしはどうなってしまうのですか!?」
「うるさい! うるさいうるさい! 私にだってもう分からん……なんでこうなってしまったのかもな」
浮気相手はガーランドの横で青い顔をしている。
そしてガーランドはとうとう泣き出してしまう。
『天の守護』の力を娘が持っているから大丈夫だと、安易に考えた結果だ。
自分の愚かな選択に気づかないまま、彼は国と共に滅んで行くであろう……
一方その頃、リリアンヌは平穏な日々を送っていた。
ミロに用意してもらった、暖炉のある温かい部屋。
そこで使用人であるフィンの淹れるお茶を飲み、優雅な生活。
毎日のようにミロから求愛されており、すでに忘れてしまった胸のときめきを思い出させられている。
「年甲斐もなく、変かしら」
「いくつになってもいいじゃないですか。恋をするのは素晴らしいですよ」
「ふふふ。悪い気はしないけど……でもまだちょっと踏み出せないのよね」
依然としてガーランドとの最悪な結婚生活が頭によぎり、あと一歩前に進めないリリアンヌ。
だがそんな彼女に、情熱的にアプローチをするミロ。
今日は雪のような花束を持ってきて、リリアンヌの前で跪く。
「リリアンヌ。今日も俺の気持ちを伝えておくよ。もちろん返事をしてもらわなくても構わない。俺は君を愛している。元クソ旦那のことなど忘れさせ、一生愛することを誓うよ」
「ありがとうございます。考えておきますわ」
微笑を浮かべるリリアンヌ。
ミロは神の寵愛を受けたかのように感激し、そして彼女の耳元で囁く。
「覚悟しておいてくれ。俺は必ず君を射止めてみせる」
頬を赤くするリリアンヌ。
こんな情熱的な言葉をかけられたのは、何年ぶりだろうか。
いや、ガーランドから言われたことはない。
初めて耳にする、真実の愛の言葉。
リリアンヌは溜息をつき、そしてミロが言うように覚悟をし始める。
(彼を受け入れるのはそう遠くない未来のこと。ミロと一緒になれば、甘美な生活が待っているのでしょうね)
ミロの美しい瞳。
彼女はそこに映る自分の顔を見て、喜びに微笑む。
(ああ、最悪な結婚生活だったけど、これからは最高の日々が続いて行くのね)
そんなことを考えながら、リリアンヌはミロと熱く見つめ合うのであった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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