シンプル
お題 本当に、ただの事故でしたか?
「やあ、唯ちゃん。今日もお参りかい? 毎日毎日偉いもんだ」
「山本さんこそ、私より早くいるじゃないですか」
「はっはっ、金もあって若さもあるとね、時間だけがあり余ってるのさ」
墓場にそぐわぬ快活さで笑う青年は、兄の葬式で出会った人物だ。
交通事故で亡くなってしまった兄の友人だったらしく、探偵を自称する変わった人物だ。
兄の死から一か月、ぼんやりとした喪失感が、現実だと実感するには十分な時間が経った。
甘いったるい線香の匂いがあたりに満ちている。
山本さんが、兄の好きだった甘味に合わせた線香を先に焚いていたのだろう。
私も線香に火をつけて、手を合わせて兄に祈る。
どうか、やすらかにと。
私の所作を、山本さんは優し気な瞳で見つめている。
少しの間を開けてから、墓から彼に目を移す。
「時間があるんでしたら、少しだけ私に付き合ってもらっていいでしょうか?」
「ん? あぁ、可愛い女の子のお誘いだ。喜んで付き合わせていただくよ」
肩をすくめて、大げさな仕草で話す姿は様になっている。
きっと、普段からこうやって人をあしらっているのだろう。
その笑みに、口調に、若干の影を感じる。
誘っておいて、何て話し始めればいいか分からずに、音にならない声を二度ほど上げてから、諦めて単刀直入に聞くことにした。
「兄は、本当に交通事故で亡くなったんですか?」
「......急に変な事を聞くね。死因は、家族の君の方が詳しいんじゃないかい?」
「夜道にスピードの出し過ぎで、そのまま崖から落ちたらしいですね」
「僕もそう聞いているよ。彼が、スピード違反をするなんて信じられないけどね」
「私も、そう思います。兄は、そんな度胸のある人間ではなかった」
風が強く吹き付けて、線香の灰を散らしていった。
それを横目で見ながら、兄に思いをはせる。
兄は優しく、そして臆病であった。
人に迷惑をかけることを良しとせず、ルールやモラルを重んじる人間であった。
誰もいない夜道の信号機も、絶対に守るような人間であった。
決して、スピード違反のできるような人物ではなかった。
警察は信じてくれなかったが、兄を知る人たちは皆一様に首をかしげるほどの徹底ぶりであった。
「だから、事故ではなかったと思うんです」
「でも、目撃者も、記録にも何も残ってはいないんだろう? 悲しいことだけれど、事故として処理をするしかないんじゃないかな」
「山本さんは、何か知ってますよね?」
強く問いかける。
風がぴたりと止んで、痛いほどの静寂があたりに満ちている。
優しくほほ笑む彼の表情が固まる。
「私、信じられないから、何回も事故現場に行ったんです。何か残ってないかって、警察の人たちに力になれないかって。山本さん、警察官に交じって、現場検証してましたよね」
「......なんだ、そこまで見られてるのか。全く、監視の人間は何してたんだが」
「兄の知り合いに、山本なんて名前を私は聞いたことがありません。あなたは誰で、事故の何を知っているんですか?」
ほほ笑みが、薄ら笑いに変わる。
私を見る目に優しさはなく、ただ視線だけがある。
何もかもを見透かすような視線に、ぞっと寒気がする。
沈黙が怖い。
話しかけることも、怖い。
「誰って、ひどいなぁ。ちゃんと自己紹介しただろうに」
「え?」
「探偵だよ。ただ、イメージしてるような探偵じゃないかもね」
懐から取り出した名刺の表には、ただ山本とだけ印刷されている。
下の部分に視線を移すと、所属している事務所らしき名前が書かれている。
「霊障探偵事務所......?」
「そ。平たく言っちゃえば、幽霊とかそういうもの全般が専門ね」
信じられないかもねーとあっけらかんに笑う彼に、危機感を覚える。
もしかして、今までの好青年ぶりは全て演技で、私狙いだったのかもしれない。
そう考えた瞬間に、冷たい瞳がぎょろりと私を貫いた。
「あんたみたいな幽霊のな」
「......え?」
「なんだ、本当に気がついてないのか。あんたも死んでんだよ。可哀そうに、ご愁傷様だ。あ、甘い線香いる?」
「な......なにを......」
「あんたの兄貴は見える側の人間だったんだよ。夜道で出会って、ビビッてスピードの出し過ぎで事故ったんだよ。あんたもその時死んだんだ。覚えてないのか?」
頭が割れるような衝撃が走る。
ぐらりぐらりと揺れる視界は、まるで足がなくなったかのように頼りない。
そんなことはない、だって、この一か月間、ずっとこの墓に。
......ずっと、この墓に......
「あんただけ成仏しないから、暇つぶしに来てたんだよ。本当にただの事故だ。可哀そうに、おかげでどこへも行けやしない。恨みもあるなら、呪いに行けるだろうに」
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