淀み、へばりつくもの
お題 久しぶりの重さのズレ
「久しぶり」
「久しぶり~。あんた、痩せたんじゃないの?」
「そうかな、体重は変わってないけど」
「昔から太らないもんね~、その体質うらやましいわ~」
カラカラと笑うその女性はパタパタと服を仰いでいる。
豊満な肉体と薄着が相まって、目のやり場に困る。
「都会もあっついけど、こっちも変わんないわねぇ、蒸し暑くてきついわ」
「都会の方が暑いイメージあるけどな」
「アスファルトの照り返しはきついけどね、割と日影が多いし冷房もしっかりしてるところが多いからまだマシよ」
満員電車はイヤだけどねぇ~と言いながら、靴を脱ぐ。
前かがみになったその姿勢に、慌てて目を背ける。
そんな僕の仕草を見ていたのか、ニヤリと笑って抱きついてくる。
汗ばんた肌がくっついて、熱がこもるが不快感は不思議とない。
「あんたは相変わらず、女の耐性がないわね~。愛いやつめ」
「やめてよ、姉さん。暑いから」
「何恥ずかしがってんのよ、うりうり」
くしゃくしゃっとセットした髪を無造作に撫でられる。
どこかに行く予定があるわけではないから、髪が乱れるのはいいのだけれど、もう少し手加減をしてほしい。
この姉は、昔からずっとそうだ。
人の話を聞かず、がさつで、乱暴で、よく笑う。
就職が決まり家から出て行った時も、同じように撫でられたものだ。
「今回は、いつまで居るの?」
「ん~? いつまで居てほしい?」
「決まってないの? 珍しい」
姉が帰ってくるときは、1日だけ家でくつろいですぐに都会に戻っていた
だから、今回のように日程が決まっていないのは初めてだ。
きれいに掃除した部屋に案内する。
姉は大きくベッドに体を投げ出してから、なんてことのないように言った。
「辞めてきた!」
「は?」
「セクハラしてくる上司ぶん殴って辞めてきた!」
がははと大声で笑う姿を見て、くらりと目まいがした。
傷害罪?暴行罪? 人を殴ってそんなあっけらかんとしていられるのだろうか。
青くなった僕の顔を見て、またがははと豪快に笑う。
「殴ったって、そんな大事じゃないよ。後輩のケツ揉んでるところを後ろから引っ叩いただけだから! ハゲ頭に私の手跡が真っ赤に残ったところをあんたにも見せてやりたかったわ~」
「でも、仕事なくなっちゃったんでしょ?」
「大丈夫大丈夫、貯金は一杯あるから! それよりさ~」
心配する僕の腕を取って、ベッドに引きずりこむ。
僕の頭をガッチリと胸元に抱え込んで、耳元で囁く。
「久しぶりに、抱き枕になってよ」
「......いいよ」
「さんきゅ~。あんた抱いてるとすごい寝れるからさ~」
姉の細い指が僕の髪を弄んでいる。
シーツの洗剤の匂いと、汗の匂いが混じってなんとも言えない気分になる。
久しぶり。
あぁ、本当にそう思う。
姉は何気ない一言だっただろうが、僕にとってはそうではない。
彼女を思わない日々はない。
今回の帰省を聞いた時も、喜びを隠せなかった。
仕事を辞めて、ずっとこの家にいる。
心臓が飛び出しそうなぐらいに、嬉しい。
髪をいじる手がゆっくりとなり、やがて寝息が聞こえてくる。
そうしてようやく、僕はギュッと姉を抱き返えす。
これは良くない感情だ。抱いてはいけない劣情だ。
ただ、どうしても思いを誤魔化すことは出来なかった。
「義姉さん......」
知っている。すべてを知っている。
血がつながっていないことも、実の弟のように愛してもらっていることも。
だから、この気持ちは抱いてはいけないものだ。
あぁ、近くにあるのに、手を伸ばしてはいけないこのもどかしさをどうすればいいのか。
久しぶり、久しぶり、久しぶり。
ただただ、己の恥ずべき部分と、義姉の存在がぐるぐると渦巻いていた。
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