第3話 冷たいお祭り そして
明治39年(西暦1906年)の春。
日露戦争の勝利を祝って、お祭りが日本各地にて開催された。
勝利と言ってもギリギリの勝利。この時代、勝利すれば戦勝国が賠償金をもらうのが常識だったが、
ポーツマス条約では一銭も取れなかった。
日本もこれ以上戦うお金も、戦力もなかったのだから致し方ない。
賠償金を取れなかったことに対して、各地で暴動が起きたりもした。
国は各市町村にお祭りを奨励して落ち着かせようと動いた。
佐江の村でも隣町を中心に戦勝のお祭りが始まった。
佐江の家は新吉兄さんが英霊として挙げられ、招待された。
着物も古着だが用意され、佐江は初めて綺麗な着物を着させられた。
双子の弟、幸夫や妹の凛は、初めての綺麗な着物に大喜び。
兄の真司はもしかすると嬉しかったのかもしれないが、複雑な表情で袖を通していた。
佐江は着物に袖を通すまでは、気が乗らなかったがやはり綺麗な着物は嬉しかった。
おかーは無表情で着物をつけ幸夫と凛の着付けをしていた。
お祭りの会場に着くと先に行ってた“おトー“が末席で小さくなってお酒を飲んでいた。
あまり居心地がよくないのか、いつものことながら無愛想な顔をしていた。
町衆も通り一片の声をかけるだけのようだ。
お祭りが始まった。初めに町長さんが真ん中の舞台にたち挨拶を始めた。
戦争で戦死した英霊の名前が読み上げられた。
名前が読み上げられるごとに拍手が起こった。
しかし、新吉の名前が呼ばれた時は、村はずれの農村の息子
知る人などほとんどなく、パラパラと静かな拍手が起こっただけだった。
佐江は、“兄さん なんか悲しいね 英霊、英霊と皆が言うけど誰も兄さんのことは知らないよ。
会場からはバンザーイ!バンザーイ!と万歳三唱が佐江の耳にむなしく聞こえてきた。
まつり会場には夜店もたくさん出て幸夫と凛は珍しそうに見てはしゃいでいた。
暗くなってきて盆踊りも始まったが 佐江は悶々として踊る気になどなれず角の石に腰掛けてボーと踊りを眺めていた。
・・・・・ドンパラどん・・・・・ドンパラどん・・・・
盆踊りの太鼓に合わせて ドンパラどん ドンパラどんと聞こえてきた。
佐江は音が聞こえてきた中央の舞台に目をやった。
ドンパラどん ドンパラどん 舞台の上で ドンパラどんが踊ってる。
踊りと言うより、短い両手が一緒に上下に行ったり来たりしているだけ、
滑稽な踊りを見て佐江はくすっと笑った。
あ、新吉兄さんも踊ってる あ 美恵も楽しそうに小さな体で楽しそうに踊ってる。
みんな 楽しそうに踊ってる。
ドンパラどん ドンパラどんどん ドンパラどん
兄、新吉、妹の美恵が楽しそうに踊る様子を、遠くから微笑みながらしばらく見ていた。
見ているうちに佐江の頬に一筋の涙がすーと落ちた。
「僕にも見えるよ!」
その時、同じ歳くらいの男の子に声をかけられた。
佐江は急いで涙を袖で拭った。
「え?」
「うん 僕にも見えるんだ」
とその男の子は言ってニコッと笑うと ドンパラどん ドンパラどん と楽しそうに言いながら少し先にいる、おとーと思われる人に駆け寄ってこっちを一緒に向いた。
その少年がおとーに何か話しかけると、その立派な紋服を着込んだ男性は丁寧に頭を下げた。佐江はびっくりして座っていた石からちょこんと降りて精一杯腰を曲げて挨拶した。
その人と男の子は手を振って人混みに消えて行った。
その後も相変わらずの貧乏だったが時代が少しづつ変わり、おトーの実直な丁寧に作られる農作物が高値で売れるようになり生活も少しづつだが良くなっていった。
兄の真司が大正元年に隣村から明るいお嫁さんを迎え、いつも笑いの絶えない平和な日々が続いた。
兄がお嫁さんを迎えて、2年、佐江が20歳の3月、嫁入りの話が唐突に入ってきた。この時代、親同士が決めた縁で結婚が決まってしまう時代。もちろん佐江には相手がどこの誰べえだとしても断ることなどできない。
そのお相手が明日、来るという。
佐江はもちろん顔を見たこともないお相手ではあるが眠れない夜を越した。
長い田舎道の遠くからその人はやってきた。
佐江は近づくに連れて恥ずかしくて恥ずかしくて着物の袖を指で絡ませながら、下を向いていた。
ドンパラどん ドンパラどん
佐江は 「え!」 と 顔を挙げた。
「覚えてますか。お祭りの夜」
その精悍とした顔を見た佐江は
「あ・・」 と言って
また、恥ずかしくなり 顔を真っ赤にして下を向いた。
その青年は「あははは」と笑い
「今日という日を待ちわびていました」と言った。
ドンパラどん ドンパラどん ドンパラどんは 今日は出番がないと河原の淵から頭半分だけをちょこんと出して うんうん と頷いていた。
第1部 終わり 大正・昭和編に続く