第1話 旅順の青い空
明治近代日本の華やかさの裏側では、日々の生活もままならないながらも強く生きた人々がいます。貧農の家に生まれ、飢饉や戦争に振り回されながらも強く生きた少女“佐江”を主人公に明治、大正、昭和を一緒に追ってみる物語です。
昭和54年1979年東京下町の一角でそいつは楽しげにやってきた。
ドンパラどん ドンパラどん とチンドン屋みたいな音を鳴らしながら
夕日を背にして こちらに向かってくる。
お祭りのような明るいメロディをかなでているのに、なぜか変ロ短調という
よく埋葬の葬送曲に使われるような調子なのでドロドロとした怖いメロディに聞こえて子供たちが怖がった。
「おばあちゃん 笑って お願い 笑って」
孫娘のリエがおばあちゃんの耳元で言った。 でもおばあちゃんは 笑うことはなく
「おばあちゃんは、もう疲れたからこの辺りで、ドンパラどんと一緒に旅に出るよ。だから、リエちゃん かなちゃん たおくん、笑ってバイバイしておくれ」
ドンパラどん ドンパラどん ドンパラどんどん ドンパラどん
ドンパラどんはいつも悲しい時にやってきた。
いつもドンパラどん ドンパラどん とチンドン屋みたいな音を鳴らしながらやってきて “笑わないと死んじゃうよ〜“ っと言って
怖い顔を無理におかしな顔にしようとする。
佐江は笑ってあげないと可哀想と思い笑ってあげた。
すごく悲しかったのにドンパラどんの顔を見ながら笑っていると
本当におかしくなって笑った。
佐江は貧しい農家の女の子として産まれた。明治時代の貧しい農村。
日々の食事にも事欠いて一膳でも食べれればその日は良い日。
そんな貧しい農家にも病気の魔の手はやってくる。
3歳の妹 美恵が死んだ。
流行り病に罹って熱を出してすぐに動けなくなって
もちろん薬を買うお金は無いし、病院なんてもっと無理。
普段からご飯もあまり食べれなかったので、病気と戦う体力も無かった。
佐江は裏の河原で一人で泣いた。
薬が買えるお金が無い貧乏がとても悲しかった。
いつもだったらこわいオトーが、
「佐江 早く水を汲んでこい、早く薪を取ってこい」
と、のんびりしてると後ろから叩かれる。
でも今日は、おトーも泣いていた。
佐江が河原で泣いていると、横に大きなお化けが大きな体を小さくしてちょこんと腰掛けていた。 ドンパラどんは佐江が泣いているといつも隣にきてくれた。
そして、何も言わずに一緒に泣いてくれた。
でもドンパラどんが今日は、大きな声で叫ぶように泣くので、
佐江はびっくりして反対にドンパラどんを慰めた。
泣くな 泣くな〜と歌うように慰めた。
佐江はドンパラどんに
「美恵はいつもドンパラどんとニコニコ笑って遊んでいたから、きっと天国にいって元気に遊んでるよ だからそんなに泣かないで」
佐江はドンパラどんに
「今日もありがとう」
といって水を汲んで家に帰った。
佐江の家はすごく貧しかったが、その頃の日本も貧しかった。佐江の家は、爺、おトー おかー 兄が二人 弟が一人 妹が二人の九人家族。でも美恵が天国にいってしまったので今は八人。
日本に大きな戦争が近ずいていた。ロシアの魔の手が朝鮮半島へと迫っていた。
佐江の家は貧乏だろうと、戦争の足音はやってくる。
18歳の一番上の兄 新吉が大日本帝国 陸軍の軍人として入隊することになった。爺やおトーは
「大日本帝国の軍人として恥ずかしくない働きをしてきなさい」
と、勇ましくいってたが佐江はテッポー玉が飛んできたら逃げても隠れてもいいから元気に帰ってくることを神様にお願いした。
明治37年1904年2月 日露双方にて戦闘が開始された。
佐江の兄 新吉は乃木第3軍 第9師団 歩兵第36連隊に配属される。
そして8月ロシアがベトンを大量に使用した近代要塞 旅順要塞への戦闘に加わることになる。
新吉ははるか前方にて戦闘を繰り返す第一師団の状況を呆然として見ていた。
木が一本も生えていない禿げ山を沢山の兵隊がアリのように登るのだが、機関銃と大砲の音が一斉に鳴り出すとバタバタバタ、と倒れていった。
「第9師団 歩兵36連隊 前へー!」
と進軍ラッパが鳴り響く。
新吉はガクガクと震えながら進んでいく。
そう 前に進んでいくしかない。
ひゃー! ぐわ! う・・・・
周りの仲間がバタバタと倒れていく
地獄だ 地獄だと 気が狂いそうになりながら前身していく。
その時、オヘソの辺りに熱いものを感じ 衝撃で後ろに倒れた。
そして目に映る青い空に花火のような閃光が見えた。
まだ残暑の9月中旬 佐江は土間で煮炊きをしながら、庭を見ていた。
そこに村のお役人さんが白い布で包まれた箱をおかーに渡して敬礼していた。おかーは役人さんが帰ると箱を抱いて声を出さずに泣いた。
あー 兄さんが帰ってきた、、、、
佐江はほとんどお米が入らぬお粥をかき混ぜながら鍋に涙を落とした。
ドンパラどん ドンパラどん ドンパラどんどん ドンパラどん
遠のいていく青い空から、変な音楽が聞こえてきた。
「あーこれが佐江が言っていたドンパラどんか」
ドンパラどんが新吉の横に寝転んで首のない顔をコッチに向けていた。
「兵隊さんでもっと偉くなって銭をたくさんもらって佐江たちに真っ白なご飯を腹いっぱいに食わせてやりたかったな。綺麗な着物も買って帰りたかったな」
ドンパラどんはこわい顔をどうにか優しい顔にしようとして変な顔をしてちょこんと頷いた。新吉はその顔を見て吹き出して笑った。
「ドンパラどん ありがとう あー疲れた おやすみ・・・」
ドンパラどんはいつも悲しい時にやってきた。
いつもドンパラどん ドンパラどん とチンドン屋みたいな音を鳴らしながらやってきて 笑わないと死んじゃうよ って・・・・・
つづく・・・・・