知らぬが花
「ライラ・アーデ嬢。申し訳ないが、キミとの婚約は破棄させてもらう」
まるで冷や水を浴びせられたかのように顔の色がなくなり、立ち竦んで動けなくなるライラ。
(今回こそは、きっと大丈夫だと思ってたのに)
婚約し、お互いの家族の食事会を済ませ、本来今日は結婚式の会場の打ち合わせをするはずだった。
ここまでくればもう大丈夫なんじゃないかとライラは淡い期待をしつつも一抹の不安を覚えながら婚約者に呼ばれて出向けば、まさかの婚約破棄。
ライラは意気消沈しながらも、気力を振り絞って「承知、致しました」と恭しく頷くと、「では、失礼します」とすぐさま踵を返して実家への帰路につくのであった。
◇
「私の何がダメだって言うの……っ」
「お義姉様、お気を確かに」
家に帰るなり部屋に駆け込むライラ。
そんな彼女の様子にいち早く気づき、義弟であるディークハルトはすぐさまライラを追いかけ、慰めるように彼女を抱きしめた。
「ディー! そうは言っても、もうこれで婚約破棄と婚約解消合わせて十回目よ!? 二桁よ、二桁! これで落ち込むなって言うほうが無理でしょっ!」
つい先程まで気丈に振る舞っていたライラだが、ディークハルトの前では堰をきったようにぼろぼろと涙を溢れさせる。
ディークハルトはそれを受け止め、ライラを包み込むように抱きしめながら「お義姉様は何も悪くありません」と言い聞かせるように耳元で優しく囁いた。
「でも、こんなに何度も拒絶されるだなんて。きっと私に何か問題があるんだわ」
「そんなことはありません。お義姉様はお優しく、気高く、とても素晴らしい女性です。どの男達も見る目がなかったのですよ」
「そうは言っても……このまま結婚できなかったら……っ」
感情が昂り、ライラはわっとまた涙が溢れ出す。
それを宥めるようにディークハルトは抱きしめる力を強めながら、彼女の背をゆっくりと撫でた。
「何をおっしゃいますか。お義姉様が結婚できないわけがありません。そもそも、今までのお相手も浮気相手がいたり隠し子がいたり、マザコンだったりモラハラだったりと、いずれも難ありばかりなことがあとから判明したじゃありませんか。今回結婚できなかったのもきっと神の思し召しですよ。これから必ずお義姉様の理想のお相手が現れますから、そう気を落とさないでください」
「ディー……。ディーはいつも優しいわね」
ディークハルトがライラと義姉弟になってから早十年。ディークハルトがアーデ侯爵家に引き取られたのはライラが十四歳、ディークハルトが十歳の頃だった。
元々子爵家だったディークハルトは両親を早くに亡くし、同じ寄宿舎出身のよしみでディークハルトの父と親交があったライラの父が養子としてディークハルトを引き取り、そこからライラとディークハルトは義姉弟の関係になった。
それ以来、ずっとディークハルトはライラをそばで支え、慕い続けている。
「誰にでも優しいわけではありませんよ。お義姉様にだから優しくしているのです」
「ありがとう。でも、貴方はとてもモテるのに、私に遠慮して縁談を断っているのでしょう? こんないつまでも結婚できない私のことなど気にしないで、長男なのだし先に結婚してもいいのよ?」
ディークハルトはライラよりも頭二つぶん身長が高く、顔立ちもいい。身体つきもしっかりとしていて頼もしく、困ってる人がいればすぐに手を差し伸べる優しさがあるので、高位から下級の貴族まで引くて数多であった。
「いえ、とんでもない。順番は守らないといけないものです。いくら義理の関係や男女の違いがあったとしても、順番は守るべきです」
「もう、そういうところは頑固なのだから」
このやりとりはいったい何度目だろうか。頑なに自分の意見を譲らないディークハルト。
普段はライラの言葉は常に肯定するにも関わらず、なぜか結婚に関してだけは否定的だった。
「もしお義姉様に誰も結婚相手が見つからなかったら、いっそ俺がお義姉様と結婚しますよ」
「またそんなことを言って。私達は義理とはいえ姉弟なのだから、無理に決まっているでしょう? 気遣いはありがたいけど、ディーの足を引っ張りたくはないから、婚活を頑張るわ」
「そうですか。……では、俺もお義姉様が早く結婚ができるよう全力でサポートします」
「ありがとう、ディー」
ライラはディークハルトの優しさに感謝しながらギュッと彼を抱き返すと、それに呼応するようにディークハルトもライラをことさら強く抱きしめるのだった。
◇
あれから数日経って、泣いてばかりはいられないと自分磨きのためにマナー教室を新たに通い始め、社交界のオファーも積極的に受けていたときだった。
突然の訃報がライラの元にやってきたのは。
「そんな……嘘でしょう……? ディーが……やだ……嘘だと言って……っ!」
ディークハルトは一昨日から国家事業の打ち合わせのために国境付近に遠征していたのだが、ちょうどそのとき他国からのスパイの奇襲にあったらしい。
奮闘するも他勢に無勢。ディークハルトは崖から突き落とされ、その行方はわからずじまいだそうだ。
「あぁ、私が早くに嫁いでいたらこんなことには……っ」
ライラは顔を覆いながら泣き崩れた。
どんなときでもそばにいてくれたディークハルトが、こんなにも急にいなくなってしまうだなんてと喪失感でいっぱいになる。
今まで当たり前だったものが失われる感覚。
こんなことになるのだったらもっと一緒にいてたくさんのことをしたかった、してあげたかったという後悔が襲いかかる。
もし自分が先に結婚をしていたら、また違った未来になってまだディークハルトは生きていたかもしれないのに、これは自分のせいだと自分を責めるも、もう今更事実は変えられない。
(ディー、ごめんなさい。不甲斐ない姉でごめんなさい)
悲しい現実に深く絶望しながらも、遺体のない葬式でライラはディークハルトを精一杯弔うのであった。
◇
「私に、縁談の話……ですか?」
ディークハルトが亡くなって一年が経った。
亡くなってから半年ほど、ライラはずっとほぼ毎日メソメソと泣き腫らす日々を過ごしていた。
けれど、ずっとこのままじゃいられないと、ライラはようやく最近になって徐々に以前通りの生活を取り戻していたのだが、そんな中、唐突に舞い込んできた縁談の話。
社交界の誘いも今まで断り、友人からのお茶会も断り、ほぼ引きこもっていたライラにいったいどうして縁談の話が来るのか、ライラは不思議で仕方がなかった。
「お相手は?」
「ディラン・スタッド。スタッド辺境伯の二男で近衛兵の兵長を務めているそうだ」
「そんな優秀な方が、なぜ私に縁談を……?」
辺境伯の二男な上に近衛兵、しかも兵長というのは相当に優秀な人物であることが推測される。本来であればもう二十五になるライラより、もっと若くて高位の令嬢との縁談を結んでもおかしくないだろう。わざわざ行き遅れのライラに縁談を持ちかける理由はない。
それなのにライラを指名してきたということは、もしかしたら見た目や性格、もしくは年齢に難ありなのかもしれないとライラは勝手に考察する。
「さぁ? だが、もうディークハルトが亡くなって一年は経った。もう喪に服す必要もないだろう。もちろん、お互いに合わなければそれまでだが、もし気が合うようならこの縁談を受けていいんじゃないか?」
優しく、ライラを気遣うように声をかける父。
その隣で母も不安そうな眼差しでライラを見つめていた。
「そう、ですね」
「ディークハルトもライラの結婚を待ち望んでいただろう? 彼が直接見ることは叶わなかったかもしれないが、きっと天国でライラのことの晴れ姿を見たかったはずだ。とにかくまずは先方に会ってみないことには話にならないから、会ってみて確かめてみなさい」
「はい。お父様」
正直あまり気乗りはしなかったものの、父の説得で頷くライラ。
ディークハルトがいなくなってからずっとライラのことを心配してくれていた両親に、これ以上心労をかけさせたくなかったからだ。
(ディラン様……どんな人なのだろう。悪い人じゃないといいけど……)
いったいどんな人物なのだろうかとライラは多少の不安を抱きながら、当日を迎えるのであった。
◇
「初めまして、ディラン・スタッドです」
「……っ」
思わず、息を呑むライラ。
なぜかと言えば、目の前にいるディランがディークハルトと瓜二つだったからだ。
「大丈夫ですか?」
「は、はい。すみません、失礼しました。初めまして、ライラ・アーデです」
「いえ、驚かせてしまいましたよね。ディークハルトと似ているとよく言われていたので」
ディランの口からディークハルトの名が出てくるとは思わず、「え?」とディランの瞳を見つめれば、彼はイタズラが成功したような表情で笑った。
「驚かれるのも無理はないと思います。以前ディークハルトとは同じ寄宿舎で過ごしていたのですが、その頃から周りによく似てると言われてまして」
「そう、だったんですね。失礼ながら、ディラン様がディークハルトにそっくりすぎて、ディーが生きて帰ってきたのかと思いました」
顔立ちも声も背丈も雰囲気も、全てディランはディークハルトにそっくりだった。
違うところと言えば、髪色が栗毛だったのが金色に変わり、短髪が長髪になっているところ。背がディークハルトよりもさらに数センチほど高くなっていて、ディークハルトよりもがっしりとした体躯であるところなどである。
ぱっと見ただけではあまり似ているとは思わないかもしれないが、近くに寄って見れば見るほどディークハルトが生きてるのではないかと錯覚してしまいそうなくらい、彼はディークハルトによく似ていた。
「まさか、彼にあんなことがあるだなんて僕も思いもしませんでした。お悔やみ申し上げます。昔からディークハルトからライラ様の話を伺ってましたが、本当に彼はずっと貴女のことをお慕いされてました」
「ディーが……」
「えぇ。先日、私は国王陛下よりそろそろ身を固めるように言われたのですが、そのときディークハルトの話を思い出しまして。とてもよい義姉なのになかなか婚姻が決まらないと。そこで今回、ライラ様にお声をかけさせていただきました」
「なるほど。そういう事情で私にお声がけしてくださったのですね」
まさか、ディークハルトがきっかけで縁談が舞い込むとは思わなかったライラ。
この縁談の経緯を知り、驚きつつも納得すると共に、ディークハルトは本当にずっと自分を気にかけてくれたのだと知って、ライラは胸がいっぱいになった。
「ライラ様はディークハルトに聞いていた通りの方でとても安心しました」
「まぁ。……ディーはいったいどんな話をされていたのか、恥ずかしいです」
「ディークハルトはライラ様のことをいつも褒めてましたよ。とても自慢できる義姉だと。美しく、上品で、優しく気遣いのあるお方だと」
「それは褒めすぎです。ディーったら、大袈裟なのだから」
ディークハルトらしいが、過剰すぎる褒め言葉の連続に思わず恥じ入るライラ。そんな彼女にディランは優しい眼差しを向ける。
「これも何かの縁です。せっかくディークハルトが繋いでくれたのですから、僕としてはぜひライラ様と婚約をしたいと考えていますが、いかがでしょうか?」
ディランが恭しく跪いたかと思えば、手を差し伸べてくる。
急展開に戸惑いつつも、ライラはディランとなら一緒にやっていけるような気がした。
何よりも、ディランの言う通りせっかくディークハルトが繋いでくれた縁だと思うと、それを無碍にはできなかった。
「もちろん。こちらこそ、ぜひ。……それから、どうぞ私のことはライラとお呼びください」
ライラはゆっくりとディランの手に自分の手を重ねる。
「ありがとうございます、ライラ。僕のこともどうぞディランとお呼びください」
握り返されるその手は温かい。
ディランの節があって骨張った手はディークハルトよりも大きい気がするのに、ライラはなぜか懐かしいような不思議な気持ちになるのだった。
◇
そこからとんとん拍子に話は進み、今までの婚約破棄はなんだったのかと思うほどあっという間に二人は結婚し、周りの誰が見ても羨むほど仲睦まじい夫婦になった。
また、ディランは二男ということでアーデ侯爵家の婿に入り、ディークハルト亡きあとのアーデ侯爵家の跡取りとして侯爵家を引継いだ。
その手腕は素晴らしく、以前よりもさらに領地を繁栄させ、名主として名を馳せるほどであった。
「そういえば、また国王陛下から褒章をいただいたのですって? さすが、ディランだわ」
「ライラの支えがあってこそだ。ライラがいるから僕は頑張れる」
ベッドの中で、無防備な彼女を抱き寄せながら唇を重ねるディラン。先程まで何度も愛し合ったというのに、その熱はまだ冷めていないのかうっとりするほど濃厚な口づけに、自然とライラの息も上がってくる。
「もうダメよ、ディラン。これ以上は明日に差し支えてしまうわ」
「どうしても?」
「どうしても。……実は最近、体調が優れないときがあるの。たまに眩暈や嘔吐することもあって」
「大丈夫なのか、ライラ!? それは今すぐにでもお医者様に診てもらわないとっ!」
ライラの告白に驚き、慌てふためくディラン。
すぐさま彼女を抱え、ベッドから出て人を呼びに行こうとするディランを「待って。最後まで話を聞いて!」とライラは大きな声で静止させる。
「その、だから不安でお母様に症状を話したのだけど、そうしたら、もしかしたら……妊娠、してるのかもって……」
「にん、しん……」
「それで、明日朝一でもうお医者様が来るように手筈してあるの。だから、今すぐ診てもらわなくても大丈んぅっ」
ライラが言い切る前に、強く抱きしめられてそのまま塞がれる唇。何度も何度も繰り返しキスされて、「ディ……っん! まっ」とライラが声を上げようとしても何度もされる口づけに、二の句が継げない状態だった。
「もぉ、ディランったら! 落ち着いてっ」
やっと唇が離れたタイミングで抗議すれば、やっとベッドにゆっくりと寝かされ、今度はディランがライラのお腹に擦り寄るように抱きつく。
そして、ライラのまだ平らな腹を愛し気にうっとりとした表情で撫でた。
「あぁ、僕達の子がこの中にいるだなんて。嬉しすぎてどうしよう……っ」
「まだ確定ではないのだけどね。でも、結婚してから毎日……その、何度もしていたでしょう? そろそろできてもおかしくはないとは思っていたんだけど……」
恥じらうように頬を染めるライラ。
そんな彼女が愛しくて、ディランは強すぎないよう覆い被さるようにライラをふんわりと抱きしめると、優しいキスを落とした。
「これからは念のため、部屋で大人しくしていて。あと家事は全部メイドに任せて、絶対に外出はしないように」
「それは、ちょっと極端すぎじゃない? さすがに、ずっと引きこもっているのもよくない気がするけど」
「なら、出かけるのは僕と一緒のときだけにしよう。それなら、何かあってもすぐに対応できるから。それでいいだろう?」
真剣な眼差しで、絶対にそこだけは譲らないと言わんばかりのディランの意志の強さに、思わずライラは苦笑する。
「はいはい、わかったわ。全く、ディランはディークハルトに負けないくらい心配性ね」
彼の言動は愛してくれているからこそだということは理解しているので、ライラはディランの提案を受け入れる。
ライラが愛しげにディランの頭を優しく撫でると、その手を握られ口づけられ、そのまま彼の腕の中に引き寄せられると、二人は身を寄せ合いながら布団に包まった。
「おやすみなさい」
「あぁ、おやすみ」
「愛してる」
「僕も愛してるよ」
ディランの言葉に満足気に微笑むと、彼に擦り寄りながら目を閉じるライラ。
体調のせいか、疲労のせいか、すぐに寝息が聞こえてくるのをディランは恍惚した表情で見つめながら、起こさないようにそっと彼女の額に唇を落とした。
「……本当に、心から愛してるよ。お義姉様」
◇◇◇
ディークハルトの両親は、彼が十のときに政敵の反感を買ってしまって暗殺された。
ディークハルトは寄宿舎にいたため助かったものの、周りの同じ派閥だった貴族達は自分達の身の危険を恐れて彼を引き取ることに消極的で、ディークハルトの存在は持て余されていた。
そんなときだ、ディークハルトがライラに出会ったのは。
ディークハルトの父とライラの父であるアーデ侯爵と親交があったということで、形式的なお悔やみの挨拶のためにアーデ侯爵がライラと共にディークハルトに会いにきたときのこと。
事情を知ってか知らずか、ライラは挨拶を済ませるやいなや早々に帰ろうとする自分の父を引き留め、突然大きな声で言い放った。
「私、ずっと弟が欲しかったの!」
ライラの発言に、ディークハルトだけでなくアーデ侯爵も驚き、たじたじになっていた。
ディークハルトを養子として迎え入れるつもりなど全くなかったアーデ侯爵だが、ライラが自分では後継になれないことやライラの身辺を守ってくれる人が欲しいこと、自分が絶対に世話をするからなど、普段ワガママなど一切言わないライラのあらゆる角度からのプレゼンに、渋々折れる形でディークハルトを養子に迎えることを決めたのだった。
それから、ライラは有言実行とばかりに常にディークハルトと一緒にいた。
ディークハルトがトラウマで発作を起こしたときは、そばで彼が落ち着くまで背を撫で続け、ディークハルトが夜が恐いと不安になれば、ライラはディークハルトとずっと手を繋ぎながら添い寝をする。
ライラはいつもディークハルトに優しかった。
ディークハルトが言い出せないことを全て察して「自分がそうしたかったから」と気遣う心優しいライラ。
ディークハルトが褒められたときは一緒に喜び、困ったことがあれば一緒に悩み解決策を考えてくれるライラ。
そんなライラをディークハルトが好きにならないはずがなかった。
けれど、義理とはいえ姉弟の関係。
このままでは結婚は無理である。
だから、ディークハルトは考えた。
……なんとしてでもライラと結婚するために。
まずは、とことん縁談を潰した。
侯爵家の令嬢であり、誰にでも優しく気遣い、美しく成長したライラがモテないはずがなく、ひっきりなしにやってくる縁談の話。
ライラには悪いと思うことはあったものの、縁談相手を徹底的に調べ上げ、弱味を握って相手にライラとの縁談を断るように仕向けた。弱味がない場合は適当に悪い噂をでっち上げて婚約解消するようにアーデ侯爵に積極的に促した。
次に、ライラがディークハルトに依存するようにディークハルトは彼女の全てを肯定した。
婚約破棄や婚約解消するたびに、ライラはディークハルトを頼りにし、洗いざらいあったことを報告してくれるので、それを利用して、常にライラが求めてる答えを与え続けた。
そして、自分がいかにライラに必要かをアピールした。自分であれば裏切らない、ライラと結婚する相手に相応しいのは自分だと何度も何度も言い聞かせた。
けれど、ライラは頑なだった。
義理の関係であっても結婚するのは無理だと。
だから、ディークハルトは決断した。
自分の死を偽装し、別人としてライラと結婚しようと。
名前も今までの肩書きも姿形も富も名声も、何もかもライラを手に入れるためにはどうでもよかった。
だからディークハルトは全て捨て去った。
そして、自分の人脈や資産を駆使して新しいディークハルト……ディランを作り上げたのだった。
ディークハルトは自分が死んだように偽り、それをアーデ家に伝わるように根回ししたあと、今まで貯め込んでいた財産を全て使ってディランという名で辺境伯の二男としての地位を手に入れた。
また、アーデ侯爵家にいた頃から国王に取り入ってお気に入りになっていたディークハルトは国王に頼み込み、新たな身分として近衛兵の兵長という身分も手に入れた。
さらに念のため、ライラに同一人物だと思われないよう一人称も変え、近衛兵の兵長という肩書に見合うように身体も鍛え、髪型や髪色、変えられるところは全て変えた。
そして、ディークハルトの念願叶って、ようやく手に入れたのだ。ライラを。
「もう、絶対離れないよ。ずっと、ずっと、一緒だ」
終
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