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オレは聖女で彼女は異星人——その唇が狙われている!

作者: 沙崎あやし

「初めまして、こんにちは、さようなら。巡間はざまノアと言います」


 玄関のドアを開けると、女子高生が立っていた。オレは目を丸くした。すごく珍しいものを見たからだ。


 女子高生自体は珍しく無い。——彼女はエラい美人さんだったのだ。すらっと伸びた足とスレンダーな胸。腰まで伸びた艶やかな黒髪。きっと原宿や渋谷辺りを歩いていたら秒でスカウトされる。そしてこんなオレのボロアパートには一生こないであろう、そんな美人さんだ。


 勿論それだけではオレだった目を丸くまではしない。——彼女は肩からバックを下げ、そして右手には日本刀を握っていた。ニホントウ。本物かどうかは分からない。最近はオモチャで実寸大の勇者の剣とか売っているしな。でも仮にオモチャだとしても、普通は剥き身で持ち歩いたりはしないだろう。そういう珍しさだ。


 そして最後。——彼女は異星人だった。たぶんシリウス星人だ。地球人の近似種で、ぱっと見では見分けがつかない。髪の中から二本の触手が伸びていて、それで区別出来る。


 異星人も昨今では目を剥くほど珍しい存在ではない。だが——これだけ要素てんこ盛りであれば、色んな漫画を読み漁っているオレでも目を丸くする。そうだろう?


「それではお邪魔します」

「あ、ちょっと」


 オレが呼び止める間もなく、ノアと名乗った女子高生は室内に入り込んだ。六畳一間。小さな

卓袱台だけがあり、彼女は礼儀正しく正座する。


「……正座は知っているんだな」

「安心してください。ジャパニーズの礼儀作法は研修済みです。どんとこい」


 彼女はこっちを見ず、まっすぐふすまの方を見つめたまま答える。それを聞いたオレの心境? もちろん不安しかない。


 オレは卓袱台の反対側、彼女の視線の前にどかっと座る。


「だれに教わったのかは知らないが、とても間違っている。ベリー、間違ってる」

「まさか、そんな。ありえません。シャーリア教授はシリウスでもっともジャパニーズ通の研究者です。オタキングと呼ばれるほどです」


 ノアはなぜか胸を張った。スレンダーな胸だった。もう少し成長した方がバランスはいいか? いや今の感じも中々……と、オレは余計な煩悩を振り払う。


「巡間さんって言ったっけ?」

「ノアで結構です」

「ノアちゃん。普通日本では、初対面の男の家にほいほいと入ったりはしないものなのだよ。特にうら若き女性であれば」

「……なぜです?」

「その……アレだよ。万が一、男に襲われたりとかしたら大変だろ? ——オレはしないよ? 一般論としてだよ?」

「私は構いません」


 ノアは平然と言った。え? 何言ってんのこの子。襲っちゃってオッケーってこと? いやしないけど! でも、それはそれで逆に怖くない? 据え膳怖い。


「私の戦闘力は貴方の百倍です。圧倒的です」

「そうきたかー」


 もしかしてその刀で斬られたりするのかな? 据え膳怖い。


「あ、もしかして貴方が襲われる心配をされているのですか? 安心してください、私は貴方を守る為に来たのです」


 ノアは何か納得した様な表情を浮かべて、ごとりと卓袱台の前に刀を差しだした。ノアはにっこりと満足げに微笑む。いや、別に……襲われる心配はしてないけどさ。


「オレを守るって……どういうこと?」

「そのお話しの前に、念の為一点確認させて戴いてよろしいでしょうか?」

「な、なにかな?」

「『暁の夢』は覚えていらっしゃいますか?」

「……ああ、覚えているよ」


 オレはちょっと苦い顔をする。『暁の夢』——十年前に発生した大事件のことだ。シリウス人が空間跳躍航法——端的にいえばワープ——で地球に初めてやってきた時、そのワープアウトに伴う時空間の歪みによって、地球上の人類全てが数秒間昏倒した。それによって引き起こされた事故や事件で、地球上は大惨事に見舞われたのだ。


 オレも——その時の飛行機事故で、旅行中だった家族を失っている。だからあまり良い思い出ではない。


「その時に、貴方は『何でしたか』?」

「……それ、言わなきゃダメか?」

「はい。要チェックです」


 ノアが聞こうとしていること。それはあの時、昏倒した人類は全員『異世界の夢』を見たのだ。歪められた時空間が平行世界——異世界であったかも知れない、もう一人の自分の夢を見せたのだと言われている。ノアはその夢のことを言っている。


「なお黙秘しても結果は変わりません。私たちは既に内容を知っていますので。あくまで確認の為です」

「……ぐぬぬ」


 あんな恥ずかしいことを知られてしまっているのか。一体どうやって……。オレは頭を抱え、そして羞恥心から窓の外を見つめてからぼそりと答えた。


「……せ、聖女様だよ」

「なるほど。計画通りです」

「何の計画だよ?!」


 ニヤリと笑ったノアにオレは思わず突っ込んだ。


 ——『暁の夢』。オレは異世界で聖女だった。魔王と戦う勇者たちを鼓舞し、時に力を与える存在。昏倒していたのは数秒だったが、夢はその一生を体験させてくれた。所々おぼろげだが……。


「良いじゃありませんか、聖女。モブ市民だった人に比べれば恵まれてます。ソシャゲで例えればSSRです。期間限定排出SSRです。メインストーリーにがっつり絡む人気キャラです。キャラグッズも完売間違い無しです」

「いやな例えだな。まあ、そりゃそうなんだけどさ……」


 だけど聖女ってさ、女じゃん。勇者に力を与えるじゃん? その時にキスしたりとかするワケなのよ。夢見ている時は何とも思わなかったけど、こうやって現実に戻って思い出すとさ……ほら、わかるだろ?!


 ああ、そうさ。男とキスしまくってたってことなのさ。それでまた、ちょくちょく普通の夢で思い出したりもしてさ……勘弁して欲しいのだ。オレにその気はない!


「イケメンとのキスは気持ち良かったですか?」

「なんでそんなこと聞くの? 泣くよ?」

「すみません、まさか泣くほど良かったとは。上司に報告しておきます」

「しなくていい!」


 思わずオレは叫んだ。ノアはスカートのポケットから出そうとしたスマホをしまった。


「……それで? 結局、何しにウチに来たのさ?」

「はい。それなのですが……思いのほか、コミュニケーションが円滑だったのでつい時間オーバーしてしまいました」

「ん? どういうこと……?」


 オレは振動を感じて腰を持ち上げた。地震? でもおかしい。卓袱台も窓ガラスも震えていない。でも「何か」が震えていると感じている。なんだ?!


 ノアは動揺することなく、卓袱台の上に置いた刀を握る。


「時空震です。普通の地震ではないのでご安心ください」

「いやそれって、安心出来る話ではない気がするんですが?!」

「説明する時間がありません。『説明しよう!』な解説パートは省略でお願いします」

「いや、そこは説明してくれ……ッ!」


 と叫んだ瞬間、オレは『投げ出された』。


 え? どこに? 気がつけばボロアパートはどこにもなく、赤い雲に覆われた空に舞っている自分がいる。身体が急速に落ちていく。赤い空を、落ちていく!


「うわあああああッ!」

「安心してください。私はここにいます」


 じたばとしたオレの手を、小さく柔らかい手がぎゅと握り締める。少し落下速度が低下する。見れば、オレの手を握ったのはノアだった。


 手を握った二人が、一緒に落下していく。地面は果てしなく遠い。


「ここは! なんだよ?!」

「見覚えありませんか? 『暁の夢』で見た平行世界であり異世界——もう一つの地球です」

「はあ?!」


 そんな、まさか! オレは眼下に広がる大陸を見回す。見覚えが……あるか? いやわからん。第一、そんな赤い空はしていなかった。なんかもう世界最後の日って感じがしているんだけど。


「この異世界は滅亡寸前です。だから平行世界群はその冗長性を保つ為に選択を迫られました。異世界を切り離すか、保持して修正するか。平行世界群は修正を選択し——」

「ごめん! 今そんな説明されても無理! もっと簡潔に!」

「貴方は聖女として、異世界を救う為に召喚されました」

「な、なんだってーッ!」


 不意に、オレとノアの上に影が落ちた。え、落下中のオレたちに影? オレは何か嫌な気配を感じて、上を見上げた。


『ギシャアアア!』

「うわあああッ!」


 竜だった。漫画で、そして『夢』で見たことがある! 空飛ぶ巨大な爬虫類が、オレの上にその翼を広げていた。


 がぶり。


 巨大な顎が締まる。寸前でオレは回避できた。いや正確にはノアが手を引いて助けてくれたのだ。彼女は器用に身体を傾けて、竜との距離を取る。


「だが残念ながら、今の異世界には聖女を守る存在は残ってしません。だから私が派遣されました。わかりますか? これが週刊漫画雑誌風にいえば、前回までのあらすじです。合ってますか?」

「そういう余計なジャパニーズ知識はいいから!」


 ぱっと、ノアは手を離した。ぐんとオレから離れ——竜へと向かっていく。短いスカートがひらめく。ノアは刀を抜き、そして竜とぶつかり合う。


 がきん。


 激しい金属音がした。ノアが縦回転しながらこちらに戻ってくる。オレは慌ててそれを受け止める。二人して錐もみ回転して急速に高度を落としていく。


「ふんぬ!」


 オレは何とか踏ん張り、体勢を立て直す。抱き留めたノアの胴体に手を回す。細い。だが巻き付けた手先に、何かぬるっとした感触があった。……血だ! シャツが滲み、腹から血が滴り落ちている。


「おい、大丈夫か!?」 

「はい、いいえ。問題発生です。予想以上に敵戦力が大きいです——因果律破壊キャノンを持ってくれば良かった。使用許可が下りなかったのです。がっでむ」

「ど、どれぐらい強いんだ?」

「私の十倍です。なので貴方の千倍ですね」

「どうしてそこで自慢げに笑うの?!」


 頭上で、竜が鳴いた。距離は開いているが、頭上を取られた。竜が降下を始めれば一瞬で接触するだろう。


 さりとて逃げる場所もない。そろそろ地上も近くなってきた。竜に殺されるか、落ちて死ぬか……。


「大丈夫です。一つ手があります」

「えッ! なんだそれは?」

「貴方は聖女です。それを使います」


 そう告げると、二本の触手がオレの首に巻き付いてきた。これは……ノアの、シリウス人の触手? 驚いている間に、今度はノアの両腕が頭に巻き付いてくる。


「おっおいッ!?」


 オレは思わず顔を赤らめる。鼻先が触れるぐらいの距離に、ノアに綺麗な顔がある。吐息を感じる。


「キスしてください」

「は、はあ?」

「聖女は、相手の力を増幅させます。幅は十倍から最大千倍。仮に最低値でも、充分あの竜を撃退できます」

「い、いや。しかしッ」


 オレはどきまぎする。自分でも顔が赤くなっているのを感じる。くそ、年下に迫られて赤くなってるんじゃあない! ……でも仕方が無いだろ? ああ、そうさ。「夢」ではイケメンとキスしまくったさ!


 でもなッ! コッチでは女の子とキスしたことなんて、一回もないんだよおおおおッ!





 不意に。


 唇が熱くなった。





 キスをされた。ノアに、キスをされた。それに気づいた時には、もうノアの顔は遠ざかっていた。


「……普通、こういうものは男性がリードするものです。それはジャパニーズでもシリウスでも変わらないと思いますが?」


 ノアはぺろりと自分の薄い唇を舐めて、微笑んだ。それは爽やかでもあり、妖艶でもあり……それが判断つかない程、オレは動揺しまくっていた。


 ああ……オレのファーストキスが……。


 竜が降下してくる。ノアはオレに抱きついたまま、「ふん」と刀を振るった。何かがが光ったかと思ったら、降下したきた竜が頭から尻尾に掛けて二枚に下ろされるのが見えた。


 落ちていく竜の死骸の間を、オレとノアが擦り抜ける。


「……おいッ、このままだと地上に激突するんじゃないのか?!」

「大丈夫です。そろそろ来ます」

「何が?」


 そう叫んだ瞬間、突然オレは「震え始めた」。あ、これ、さっきコチラの世界へ飛ばされる前にあった時空震ってヤツか?


「……ぐわっ!」


 オレは卓袱台の上に落ちた。ばきっと細い足が折れる。ノアはその横に足からすたった着地していた。スカートが揺れる。


「無事戻ってこれたようですね」

「あいたたた……って、無事じゃねえだろ?」


 オレは腰をさすりながら起き上がると、ノアのお腹を確認した。シャツは汚れたままだが、出血は……止まっている様に見える。ほっと胸をなで下ろす。


「救急車呼ぶか?」

「大丈夫です。シリウス人は地球人より丈夫です。明日になれば傷口も無いぐらい綺麗に治りますよ」

「そうなのか」

「だから顔に傷があるとかいう浪漫も無いで、ちょっと寂しいです。宇宙の海はオレの海……」

「お前のジャパニーズ知識が随分偏っているな……」

「そんなことはありません。最新版に改訂済みです。もっともナウなジャパニーズ知識です」

「……」


 オレは苦笑いして、それ以上つっこむのをやめた。


 ノアはこほんと咳払いを一つして、再び卓袱台の前に正座した。まあ潰れているんだけど。オレもつられるようにその前に座る。


「さて、脅威も去ったことですし。ここで一つ提案なのですが」

「提案?」

「はい。私は地球での円滑なコミュニケーションの為に、ジャパニーズ知識を体得しました。ですが真の交流とは相互であるべきもの。そう思うのですが、いかがでしょうか?」

「ん? うん、まあ、そうだな。お互いを知ることから始めるのが妥当だな。一方的なのは良くない」

「ご納得いただけた様で何よりです。そこで貴方には、まず一つ、私たちシリウス人の文化を知ってほしいのです」

「んー、まあ、そうだな。別に一つだけなら。すぐに覚えられるだろうし」


 すっ。


 ノアは一枚の紙を潰れた卓袱台の上に差し出してきた。……なんだ? 読めない。何か文字が書いてあるが……シリウス語か?


「ごめん、シリウス語は読めないんだ。なんて書いてあるんだ?」

「婚姻届です」

「……は?」


 オレは目が点になった。


「どういうこと? 誰と誰の?」

「もちろん私と貴方のです。この場には他の誰もいらっしゃいません」

「……解説パートをお願いしたいんだが」

「説明しよう! シリウス人が純潔を尊ぶことは、銀河中でももはや常識というレベルのお話しなのですが……失礼、地球は辺境でしたね?」

「地球とシリウス、そんなに離れてないと思うんですが?」


 どっちも銀河中心から見たら辺境だと思います。


「つまりシリウス人にとって接吻とは、婚姻の約束とイコールなのですよ?」

「……まて。ちょっと待って」


 オレは目頭を押さえる。はい、たしかに異世界で接吻しました。オレのファーストキスでした。というか、あれはされたのでは? そして、何かもか吹っ飛ばしていきなり結婚とか、オレの恋愛運はどうなっているのか。異議申し立ての裁判所はどこにあるの?!


「大丈夫です。もちろん地球の法令も遵守します。私は今年で十六歳ですので、条件は全てクリアされています。シリウスでは二十歳からですが、まあここは地球ですしね。何の問題もありません。安心してココに実印で捺印を……あ、拇印でも大丈夫です。要は逃げられなければ良いのです」

「まてまてまてまて」


 オレは思わずふすまの近くまで後ずさる。しかし悲しいかな六畳一間のボロアパート。逃げても大して距離は稼げない。


 ノアは慌てる様子も無く、正座をしたままニッコリと微笑む。


「まあ新しい文化を理解するのにも時間は必要です。安心してください。ちゃんと貴方が相互理解するまで待ちます。それぐらいの分別はついています」

「それって言外に、拒否権はないって言っていると思うんだが?」


 ノアはそれには答えない。ただニッコリと笑うだけだ。くそ……最初からコレが目的だったのか?!


「また今回みたいなことは起こります。なので理解する時間は充分にありますよ」

「え、また異世界に飛ばされるっていうのか?」

「はい。異世界を救うまで何度でも発生すると思います。——安心してください。私の力と、貴方の聖女の力があれば、どんな危機だって乗り越えられますよ」


 そういって、桜色の唇を舐めるノア。被害妄想かもしれないが、その目は完全に獲物を狙う猛禽類のそれ——少なくともオレにはそう見えた。


「くそッ……なぜオレがこんな目に……」


 オレは思わず口を手で塞いで守った。オレの唇が、狙われている——!


【完】



 おはようございます、沙崎あやしです。


 今回の短編小説は「聖女+異星人+異世界」で攻めてみました。お楽しみいただけましたでしょうか?


 もし面白いと思われましたら「\(^O^)/」とだけコメントいただけると嬉しいです!

 もちろんブックマークや下の☆☆☆☆☆の評価もお待ちしております! どうぞ宜しくお願いします!

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