人に苛つかない方法
もう少しで12時になる。優香さんは一人目のカウンセリングが終わりソファーに座ってゆっくりしていた。そんなときに、
「リンちゃんは人に苛つかない方法ってあると思う?」
いきなりそう質問された。人に苛つかない方法か。急にそんなことを聞いてくるものだから私の頭が少しパニックを起こしてしまった。なんでそんなことを聞くのだろう。もしかしたら私が何かしてしまったのではないかと思い不安になった。すると、顔に出ていたのだろう私が思っていることがわかったようで、
「この間カウンセリングした人が私にそう聞いてきたことがあってね。リンちゃんはどう思うのかな?って思って聞いてみたの。心配させたみたいでごめんね」
と謝ってきた。
「大丈夫です。いきなりだったのでちょっとびっくりしましたが」
そう言うとごめんねとさらに謝ってきた。
「えっと、人に苛つかない方法でしたっけ?」
とさっきの質問の内容を確認する。うんと頷かれたので少し考えてみることにする。ぱっと思いついたが、
「現実的な方法のほうがいいですよね?」
と、確認を取る。
「できるだけね。なにか思いついたの?」
と優香さんが、聞いてきたので
「一応」
そう答えると聞かせてほしいと言われた。なので、現実的じゃないですけどと前置きをし、
「人と関わらなければいいんじゃないですかね?そうすれば苛つく対象がいないから、人に苛つかなくてすむんじゃないでしょうか」
と自分の思いついことを答えた。
「確かにそうだね。でもリンちゃんの言う通り現実的じゃないねぇ」
と笑っている。
まぁそうだよね。人と関わらないで生きることなんて不可能である。街を歩けば人はいるし買い物をするにもレジの人などとやり取りはするわけで、自分が関わりたくなくても相手の方から関わってくることもある。だから、人と関わらないで生きることなんて現実的ではない。そう考えていると、
「じゃあ次は現実的な方法を考えてみよう」
と言ってきた。
「なんでですか?」
純粋に疑問だった。相談は終わっているはずだ。そもそもカウンセリングをするのは優香さんなわけだし私が考える必要はないんじゃないかと思いそう聞いてみると、
「私がリンちゃんがどう考えるか気になるからじゃだめかな?」
といたずらっぽく笑って見せる。優香さんは私の考え方に興味を持ってくれている。嬉しいな。断る理由はないので、
「わかりました。でも少し時間もらっていいですか?」
そう聞くと
「もちろんよ」
と言ってくれた。そして
「時間も時間だしお昼食べに行こうか」
そう言われたので私達はお昼を食べに行った。
優香さんの仕事の手伝いをしながら考えていたが、なかなかいい案が浮かばない。そうしてすっかり夕方になってしまった。一日の仕事が終わり自室で考えているとやっと自分なりの答えが考えられたので伝えてみる。
優香さんはリビングでテレビを見ながらゆっくりしていた。
「今いいですか?」
そう声をかけるとテレビの電源を切ってこちらに向き直り
「朝のことかな?」
と聞いてきたので頷くとお茶淹れるねと言って用意をしてくれる。
「人に苛つかないことなんですけど、人に無関心でいることが一番いいと思います」
「無関心か。それまたなんで?」
と聞いてくる。
「無関心な状態って、気にもかけない状態のことを言うと思うんです。で、人に無関心ってことは、人のことを気にかけないってことになります。」
優香さんはそうだねと相槌を打ってくれる。
「気にかけないというか気にしなければ苛つきもしないですよね。だから、私は人に苛つかないためには無関心でいることが大事だと思います」
そう締めくくる。
「やっぱり面白い考え方するね」
と感心した表情を浮かべている。
しかし、何か言いたげな表情をしているので、
「何かおかしなところがありましたか?」
と聞いてみると
「おかしいところは無いよ。いい考え方だと思うよ。でも引っかかるんだよね」
と答えてくれた。引っかかるところがあると優香さんは言った。それが気になる。
「どこが引っかかりますか?」
と素直に聞いてみた。
「それってリンちゃんはできる?」
予想外な質問が飛んできた。
え?私ができるかどうか?
「私ができるかどうかって必要なんですか?」
思ったことをそのまま聞いてしまった。
「現実的な方法って話だったでしょ。それで、もしリンちゃんができなかったら現実的とは言い難いし。何より自分のできない方法を他人に紹介するのは良くないかなぁと思ってさ」
と言ってきた。そう言われれば確かに自分が出来るかどうかは大切だろうと思う。なので、私は相手に対して無関心でいられるか考えてみる。
まず現状できるか考えるがすぐに無理だという結論に至る。今は気になる人がいる。勿論優香さんである。好きなことや嫌いなことなど、まだ私の知らないことをもっと知りたいと思ってしまうからである。これは、言い換えれば私は優香さんに関心があるということになる。それに一緒に暮らしているのに無関心であろうとすれば優香さんが許さないだろう。
次に過去の自分はどうだったか考えてみよう。基本的に人と関わる機会がなかったので、人に関心を持つことがなかった気がする。実際、他人のことはどうでもよかった。別に他人だけじゃない。自分もどうでもよかった。だから基本的に私が苛つくことはなかった。ただ疲れはする。その結果私は優香さんに出会えた。
思考が脱線し始めたので考えをまとめ、
「今はできないです」
そう答えると
「そっかぁ。昔はできちゃっでたんだ」
と少し悲しそうな表情をしてそう言ったので
「そうですね」
短くそれだけ返すと優香さんはすごく悲しそうな顔をし、
「今できないってことはすごく嬉しいんだけどね。前まではリンちゃんが他人に無関心にならざる負えなかったって考えるとやっぱり悲しいな」
と言い、頭を撫でてくれる。私が昔のことを思い出して暗い顔をすると必ず優香さんは頭を撫でてくれる。優しくゆっくり撫でてくれるので、とても安心する。
「意地悪なこと聞いちゃってごめんね」
優香さんはそう優しい声で謝った。
少しの間優香さんに撫でてもらったあと
「優香さんはどう思いますか?」
と聞いてみると、
「私は人に苛つかない方法なんてないと思うよ」
とあっさりそう言った。
「それってズルじゃないですか?」
今は他人に苛つかない方法を考える場であってそんな方法はないという答えは許されないはずだ。そう思い抗議の意志を示すと
「まぁ、待って」
と言われ、そして
「他人に苛つかない方法自体は思いつくよ。でもそこに自分を含めるとかなり難しい方法になっちゃうし、何より疲れるから私はおすすめしないかなぁ。」
そう言った。人というと表現で私は他人にだけ限定したが優香さんは自分自身も含めて考えている。ここも私と優香さんの考え方の違いなんだろうなと思った。
「じゃあその方法ってなんですか?」
と再び聞いてみる。優香さんは現実的じゃないともできないとも言わなかった。難しくて疲れるからおすすめしないそう言ったのだ。それに人という言葉に対する考え方も違ったのだ、優香さんの考える方法が私はすごく気になった。
「うーん、私は他人に期待しないことだと思うよ」
そう答えてくれた。
「他人に期待しないですか?」
あまりピンとこなかったので聞き返してみると、そうだよと答えたあと
「例を上げて考えてみよう」
と言ってくれる。
「まずレジの人が遅くてイライラしてる人がいるとするでしょ」
と身近でよく目にする光景を例に上げてくれる。
「はい」
「イライラしてる人って時間に余裕がない場合もあるけど基本的にはレジは早くて当たり前って常識を勝手に押し付けてるんだと思うの」
「そうですね」
「だから、自分の常識通りに相手が動くことを望んでいる。言い換えれば、相手に自分の想定通りに動くことを期待してることになるわけ」
なるほど。たしかにそうかもしれない。
「で、これって他のことにも言えるわけで一緒に仕事をしてる人が遅くてイライラするとか話し手の話してることを聞き手が理解してくれなくて嫌だとかね」
例を上げてくれるので理解しやすい。
「基本的に人は自分の思いどおりになることを望んでるからね。そして自分にできることは相手もできて当たり前って考えてしまう。そこがいけないとこだよね」
と言い苦笑いを浮かべている。そうですねと相槌を打ったあと
「でもそれって自分を含めるとどうして難しくなるんですか?」
と聞いてみた。
「人は知らないうちに自分に期待をしてるんだよ。それをしないように意識するのはかなりのストレスになるんだよ」
と遠い目をしてそう言われた。もしかして触れちゃいけないことに触れてしまったかなと思った。こういう時優香さんは頭を撫でてくれるので私も真似してみた。すると
「急にどうしたの?」
と不思議そうに私の顔を見上げてきたので
「いつも優香さんがしてくれるので」
と言うと、ありがとうと言い抱きつかれた。私も撫でるのを辞め優香さんの背に手を回す。そうして暫くの間2人で抱き合ったあと
「やっぱり人に苛つかないのって無理だよね」
と優香さんに言われたのでそうですねと相槌を返した。
今回私は人に苛つかない方法を考えてみたのだが、正解のない問いを考えるのは少し疲れるなと思った。しかし、私と似た考え方をしていると思っていた優香さんが私では考えつかなかった意見を持っていて、それが聞けたのが嬉しくもあり面白いなと感じた。
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