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第4話 地上へ

 一夜明けた。昨日未葉には避難経路の書かれた地図をもらっている。それは文字通り避難経路だけを示した地図で、一応地下5階まで各階の構造がわかるようにはなっているものの、どこが何の部屋かなどは書かれていない。

 非常口までの道を表す赤線を何度も目でたどっていると、昨日歩いた道を思い出してきた。

 未葉からは地図の他にも、暇つぶし目的で本を何冊かもらっているが、少ししか読んでいない。どうも読書という気分になれなかったからだ。

 デジタル時計を見た。9時20分と表示されている。これは大体の時間で、まだ正確には調整できていない。

 今日はやることがあるのだろうか。課題の回収はまだ時間がかかりそうだし、その他のことは何も聞いていなかった。

 本の続きを読もうと思った時、廊下から足音と声が聞こえてきた。

「そのまま伝えるのか? あたしは第一印象大事だと思うけどなぁ」

 女の声だ。未葉ではない。

「規則や命令とどっちが大事なんだ」

 続いて男の声がした。2人の声は俺や未葉と同年代のように聞こえる。

 足音がドアの前で止まると、ノックの音がした。

「入ります」

 男がそう言って鍵を開けた。俺は入ってくる2人を椅子から振り返って見ていた。やはり同年代に見える。

 2人は未葉と同じような服装をしていた。しかし左胸に異なる部分がある。横長の模様が入っていた。未葉の服にはなかったような……と考えると、女が手帳のような物を取り出し、身分証のページを見せてきた。

「地下要塞部隊の担坂栞理(になさかしおり)です」

 男も手帳を開いた。

「同じく地下要塞部隊の能代対旗(のしろたいき)です」

 俺はそれを見て、ドラマとかで警察官が警察手帳を提示する様子に似ていると思った。すると左胸の模様が階級章のようにも見えてくる。

「真市望です。昨日の0時くらいからお世話になってます」

 担坂と能代は手帳をしまった。未葉と違って2人は背も高く、髪も短めだった。そういえば身分証も未葉が持っていたものとは違う。未葉は手帳を見せてはこなかった。この組織の戦闘員はこんな感じで、未葉は戦闘員ではないのかな? と思った。

「組織の決定を伝える」

 能代が言った。

「真市望。君は今日から地下要塞部隊の監視下に入った。今後の君の行動は我々が監督することになる」

「そのまま言ったな……」

 担坂がつぶやいた。俺は未葉の発言を思い出していた。廊下の椅子には誰かが座ることになる、と言っていたと思う。

「わかってたよ。そのつもりだった」

 とは答えたが、こうもはっきり監視、と言われると少し嫌な気もした。

「そこまで変わったことはしないから安心してくれよな」

 担坂が取り繕うように言った。その言葉を信じたいが、監視の詳細を聞かずにはいられなかった。

「監視って、廊下にある椅子に座ってるだけ……だよね? 未葉からはそう聞いてるけど」

「基本はそうだ。目的もなく部屋に入ったりはしない」

 能代が例外もあるというような返事をした。

「わかったよ」

 俺が応じると、少し沈黙が流れた。

「どっちかが廊下にいることになるけど……」

 担坂が口を開いた。

「今日はあたしでいいよな? 他の仕事もないしさ」

「助かる、と言いたいところだが担坂、お前だと何らかの失敗をしそうだな」

 能代は担坂を信頼していないようだ。冗談には聞こえない言い方だった。

「あたしが? 何のことだよ?」

「機密事項を話す、とか。話さないにしても、態度で悟られることもありえる。あいつほどうまく隠せないだろう」

 あいつ、とは多分未葉のことだ。俺が未葉にいくつも質問をしたことが知られていたらしい。もっとも俺は機密事項や、言えないことだと分かっていて質問したのではないが。

「そんな失敗するか! たまには信用しろ」

 担坂が言い返すと、能代は小さくうなずいた。

「わかった。信じよう」

 能代はそれだけ言うと、足早に部屋から出て行った。

「……そういうわけだから、悪いけどさせてもらうぞ? ……監視を」

 担坂は少し後ろめたい気持ちもありそうだったが、やはり監視という言葉を使った。

「昨日からわかってたことだよ」

「あ、それとな……」

 まだ言うべきことがあるらしい。彼女は同じ調子で続けた。

「これからは監視役に対する発言が、非公式ながら記録に残るんだ。それを覚えておいてくれ」

 ……昨日未葉はタイムリミットが早まるかに関わる質問をしたが、その答えを記録しないと思うと言っていた。今日は担坂に対する発言が非公式とはいえ記録に残る。監視下に入ったという言葉通り、本格的に立場が変わったのだと感じた。

「覚えとく……でも記録されて困るようなことはないよ」

「あたしも妙な疑いは持ってない。気楽にしてもらっていい」

 伝えることは伝えた、と担坂は言った。それで出て行くかと思ったが、意外な言葉が出てきた。

「日に当たりに行かないか? 一昨日だか昨日からずっと地下にいるだろ?」

 そうだった。日光を浴びないことに早くも慣れ始めていたが、思わぬ誘いだった。

「地上に行けるなら……ぜひ行きたい」

「よし、決まりだ」

 行こう、と担坂は俺の腕を掴んだ。半ば引っ張られるような形で椅子から立ち上がる。部屋から出るまで腕を掴まれていた。


「実はあたしも地上に出たかったんだよな」

 廊下を歩きながら担坂は言う。

「地下要塞部隊だからって、ずっと地下にいたんじゃ気が滅入るし、何より退屈なんだよ、地下は」

「退屈か……」

 俺も正直、そんな感情が湧いてきているように思う。一刻も早く日常に戻りたい。

「望は組織には入りたくないんだったよな?」

 未葉だけじゃなく、担坂も勧誘を、と思ったが、

「それがいいよ。家に帰れたら、組織のことは忘れろ」

 とも言われた。

「未葉は2、3回くらい俺に、組織に入らないかって言ったよ。……未葉とは面識あるの?」

「もちろん。未葉は一応先輩ってことになるな」

 一応、か。縦の繋がりではないということかもしれない。未葉や担坂がどういう立場なのか聞いてみたいが、どうも聞きづらい。未葉から踏み込まないでほしいと言われているせいだろうか。そもそも俺はどこまで質問していいのかという、自分の立場さえわかっていなかった。

 しかし昨日思ったことがある。俺が日常に戻るために必要なことなら、手伝えると。ならその目的に関する質問ならしていいのではないかと、今自分の中で線引きができた気がした。

「8月20日までに問題を解決するって聞いたけど……担坂さんは何か聞いてない?」

「栞理でいい。……そうだな。望の問題は20日までに解決する予定だ」

「それを期待するよ。まあそうならないと本気でまずいんだけど……」

 そう言って俺は、一つ大事なことを聞き忘れていた、と気づいた。

「あと、栞理……と能代さんはいくつ? 俺は高校生二年生の17歳、記録されたはず」

「同い年だよ。あたしも能代も」

 ということは未葉とも同い年だ。未葉は栞理の先輩だと聞いた。能代の言動からすると、栞理は組織に入って日が浅いのかもしれないが……、いや栞理は「たまには信用しろ」と言っていた。2人が組織に入る以前からの知り合いでない限りは、入ってからそれなりの期間が経っていることになるか?

「そうなんだ……能代くんは……」

 栞理の先輩? と聞こうとしてやめた。なぜかはわからない。非公式でも発言が記録に残ると言われたからか、あるいは能代の未葉より厳格そうな雰囲気を恐れたのかもしれない。

「堅そうだったろ」

「うーん……」

 そう思うが、同意すれば本人に知られる可能性がある。知られたから何だという話かもしれないが、下手な発言はしない方がいい。

 やっぱりだ。監視されてるとか、発言を記録されるという事実をどうしても意識してしまう。俺が肯定も否定もしないでいると、栞理は能代について話し始めた。

「能代、皆いつも対旗って呼んでるけどさ、向こうはあたしのこと担坂って、名字で呼ぶんだよな」

「……確かに、さっきは呼んでたな」

「ここでは、仲間を名字で呼ぶことは違う派閥だっていう印なんだよ。今じゃその習慣も薄れてるから、あえて名字で呼び続けるのは、派閥が違うことを強調してるのと同じだ」

 組織内の事情を一つ知った。あまり知りたくもなかったことだが。派閥争いのようなものがあるとして、それに巻き込まれるのは避けたい。

「そうなのか……でも、人を下の名前で呼びづらいだけなんじゃない? 性格的に」

「かもな。でも対旗は未葉に猛烈なライバル意識を燃やしてる。『負けるわけにはいかない』って言ってたな」

「『勝ちたい』ではなく?」

 聞いてみてから俺は、何の勝ち負けだ、と新しい疑問を持った。それは質問しない。

「『勝ちたい』とは言ってない。多分」

 負けるわけにはいかない、か……それは本当にただのライバル意識なのか? 負けると何か不利益があるということでは……能代個人か、あるいは彼が属する派閥に。そうも考えたが、能代が派閥について強い意識を持っているだけ、というのが無難なところだろうか。自分が未葉に負ければ、派閥の名前に傷がつく、とか。

「まあ、それを望に話してもしょうがないんだけどな……変な話して悪かった。話を変えると……」

 栞理は組織内、あるいは地下要塞内の食事情の話を始めた。

「ここ、食事はおいしくても、飲み物はまずいのしかないんだよな。言い方は悪いけど。だから地上の自販機で買いたいってわけだ」

「地下にも自販機があるの?」

「いくつかある。商品は全部組織製だ」

「へぇ……」

 自販機まであるのは少し意外だった。俺は一度も見ていない。その後も食事情の話をしていると、いつの間にか地上につながる階段の前に来ていた。俺が入ってきた場所とは違う。

「開けるぞ、あっち向いててくれ」

 栞理は指紋認証を終えると、俺にドアの反対側を向くよう促した。暗証番号を見せないためだろう。未葉は地下5階に降りる時、番号を隠さずに押していたが……こことは重要度が違うのだろうか。

 ボタンを押す音と、鍵が開く音がした。

「もういいぞ。行こう」

 そう言われて向き直り、階段を登る。この階段は途中で折り返さない、まっすぐなものだった。登った先には、地上の出入り口と思われる扉があった。こちらは指紋認証だけで鍵が開いた。

「いよいよ地上だ。今日は晴れてるし、眩しさに備えておけよ?」

「わかってる」

 とは言ったが、備えていても目がくらむだろう、と覚悟していた。

 ドアが開くと、思ったとおり強い光が差し込んできた。何秒間か目を開けていられなくなる。

 目を開けると、この出口が東向きだということがわかった。太陽が直接、ドアから差してきている。

「どうだ? 2日ぶりの日光は」

「眩しい……で、ここどこだ?」

 外に出ると、北と西に高い壁がある空き地? か何かだった。出入り口を外から見ると小屋のように見える。小屋の隣にも、数メートル四方の建物があった。広い土地だ。南北に長いが、そっちは30メートルはあるだろう。

「悪いな、ここがどこかは言えない」

 栞理は自分も外に出ると、ドアを閉めた。

 どの辺だろう……俺は辺りを見回したが、遠く、南東の方に高いビルが見えるほかは、目印のような物もなかった。東も、車道を挟んだ先は壁と、工場か何かのような古い建物があるだけだ。南は線の張られた境界を隔てて空き地、その向こうは普通の一軒家らしい。未葉と会った場所もよく知らないところだった。遠くのビルも見覚えがないし、ここがどこかはわかりそうにない。

「それじゃ、ジュース買ってくるよ。望は飲みたいものあるか?」

「ありがとう。……特にないかな」

「そうか、なら適当に選んでくる。ここで待ってろよ? 逃げたりはしないって信じてるからな」

 栞理は小走りで車道に出ると右に曲がった。

 1人になると、ここが妙に静かな場所だということがわかった。向かいの工場からも、何の音も聞こえてこない。もしかすると廃工場かもしれない。前の車道も、車も歩行者も通らないし、俺が置かれている状況のせいだろうが、この景色が不気味に感じる。

「お」

 人は通った。栞理が曲がったのとは逆側から歩行者が現れた。こんなところに突っ立っているのを見られたら……怪しまれそうだ。もう遅いかもしれないが、隠れたほうがいいかなと思ったその時、その歩行者、白いシャツの男性はこの土地に入ってきた。

「えっ?」

 この土地の関係者か? いやそもそもここは誰の土地なんだ? 目が合った。まずい、なぜここにいるか聞かれたらどう答えよう……俺は一歩後退った。

「真市さんですか?」

 意外にもその男性は俺の名前を口にした。早歩きで俺に近づいてくる。誰だろう? 顔がわかる距離まで近づいたが、知り合いではない。俺を追い回した男たちの仲間かも、と思い、少し不安になった。

「どちら様ですか?」

「真市望さんですね?」

 男性は俺を知っているようだった。俺の問いには答えないまま、小走りで俺の近くまで来た。

「真市さん、あなたにお見せする物があります。見ていただければわかるはずです」

 不安は的中しなかったかもしれない。男性はショルダーバッグの中に手を入れた。書類がたくさん入っているようだが、手際よく何枚かを選び、取り出していく。

 そうしているうちに、栞理が戻って来たのが見えた。少し驚いたような反応をして、こちらに駆け寄って来る。

「誰だ? その人」

「さあ……」

 男性は無言で栞理の方を向いた。

「お知り合いですか?」

「友達です。彼に何かご用ですか?」

「真市さんにお話があって来ました。無関係の方には詳しく言えませんが……」

 何の話だろう。見せたい物? 見てもらえばわかる? 心当たりはなかった。

「何の話かだけ、言ってもらえませんか?」

「お話しできません」

 栞理の目が険しくなった。俺は何か言いたかったが、彼女の追求の方が先だった。

「あなたがどこの誰かは、教えてもらえますよね?」

「お答えできません」

「怪しいぞ、あんた」

 栞理が男性の方に一歩踏み出す。

「なんと言われても、私には秘密を守る義務があるので」

 男性は栞理からゆっくり距離を取りつつ、俺の方を見た。

「真市さん、また今度お会いしましょう。次回は部外者がいない状況でお願いしますよ」

 男性は車道の方へ走り出した。

「待て!」

 栞理が叫んで、追いかけようとした。しかし彼女はこちらを見ると、無線機を取り出して戻って来た。

「要塞部隊担坂から司令部へ、Dゲート付近で不審者が真市に接触した。不審者は北に逃走。白いシャツに黒いズボンの男だ。なんとか逃走経路に先回りしてくれ」

 栞理は無線で話しながら、いつの間にかイヤホンをつけていた。その態度から、緊迫した状況だということが伝わってくる。あの男が敵対組織のメンバーという可能性もあるが、違ったらどうなるんだろう。急なことでまた、頭が混乱してきた。

「無理? どういうことだよ? 県道6号線の方向だ! BゲートやCゲートから上がれるだろ、それか情報部の……あっ」

 栞理は俺を見て、何か失敗したというような顔をした。

「……北方向の支部から人員を……無理なのか……わかった。真市を連れて戻る」

 焦燥感を抑えているような顔で栞理は言った。

「事情は察してくれ。地下に戻ろう」

「うん、……あの人……」

 俺はまた重要な言葉が出る前に黙った。あの人が本当に敵組織の人間かはわからない、というようなことを言いかけたが、俺は今監視対象なんだ。そんな庇うようなことを言って、俺への疑いが深まったら……

「さあ、戻るぞ」

 栞理は腕を掴んで俺を小屋に入れた。今度は本当に引っ張られる形だった。掴む力もさっきよりずっと強い。

 階段を降りる間も、降りて廊下に出てからも、栞理は若干青ざめた顔をしていた。詳細はわからないが、何か大きな失敗をしてしまったのだろう。多分、監視者でありながら俺に敵組織の人間が接触できる状況を作ったこと、そのあたりだろう。

「あの短時間で、なんてことが……」

 栞理は右手で頭を押さえた。俺はかける言葉が見つからないでいた。

「これから望の部屋まで……いやその前に……」

 冷静さが戻りかけたように、対応を考えていた栞理だったが、能代が来たことに気づくと、意識はそっちに向いたようだ。

「担坂……」

 能代は呆れたような、怒りを含んだような顔で栞理を見ながら、こちらへ向かってきた。

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