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第3話 記録 言えないこと

「じゃあ、最初の質問はね……」

 未葉はペンを手に言った。

「真市くん、どこの学校に通ってるの?」

 通じるかわからないと思いつつ、俺は自分の高校名を言った。

「へぇ……」

 通じなかったというより、意外という感じの反応だった。普通の私立高校だが、何が珍しいのだろう。

「部活には入ってるの?」

「入ってない。なにぶん家が遠いからさ」

「そうなのね。ご両親は海外出張中だったかしら」

「そう。来月の20日くらいに帰ってくると思う」

 未葉は紙に俺の回答をメモしていた。なるべく詳細に書いているようだ。

「これまでの話からして、多分他のご家族はいないようね?」

「一人っ子だよ。祖父母は他県に住んでる」

「あなたもそこから引っ越してきたとか?」

 ……どうだったか。他県からと言わず、引っ越しをした記憶はない。生まれた病院は近くなので、多分引っ越しは一度もしていないはずだ。

「いや、確証はないけど、引っ越しは一度もしてないはず」

 さっき言われたとおり、正確に答えようと努めた。

「昨日住所は聞いたわ。一軒家みたいね」

「戸建てだね」

「これで現状は大体……」

 言いかけて未葉は少し考え込んだ。

「いいの。わかったわ。次はあなたの経歴についてよ。中学も私立だったの?」

「いや、小中は公立だった」

「そう。引っ越しはしてないんだったわね。ってことは」

 未葉は俺の通っていた学校名を書いたらしい。

「なぜ追い回されてたのか、過去にも思い当たることはない?」

 考えるまでもなく、ないと断言できる。未葉の推測どおりならなおさらだった。

「ないよ。俺は普通の高校生なんだから」

「それはそうでしょうね。……そういえば何歳か聞いてなかったわね」

「高校生2年の17歳。未葉は?」

「同い年だったのね? 学年も一緒だわ。ちなみに誕生日はいつ?」

「4月2日。……未葉って学校通ってるの?」

「通ってるわよ?」

 俺の質問が予想外だったかのように未葉は答えた。

「地下要塞から?」

「詳細は言えないけれど、要塞から通ってるわけではないわ。……昨日言ったでしょう? 組織外でもこの名前で生活してるって。学校生活もその一つよ」

「そうなんだ……学校内に同じ組織のメンバーがいたりして」

「言えないわね」

 即答された。多分組織の規模は今後も知ることはできないだろう。

「真市くんは何を大事にしているの?」

 急に質問の趣旨が変わった気がして、すぐに答えられなかった。

「大事にとは? ……今は日常に戻るのが大事だけど」

「そうじゃなくて、内面の話よ。生きるうえで大事にしていること、何かない?」

 内面……性格についても調べられることになった。生きるうえで、か……

「まあ……そうだな、無難に、『人の嫌がることをしない』とかそういうことかな」

「それは自分で決めたの? 理由があったら教えて」

 未葉はここからが重要、みたいな目を向けてくる。回答次第でまた組織に勧誘されるのかな、と思った。いや、もしかして俺に、敵組織のスパイ疑惑とかがかかってたりするのか? 内面のことで、確認できないからこうして探ってるのかもしれない。なんにせよ正直に答えるだけだが、疑われたくはなかった。

「小さい頃から言われてたことだし……まあみんな言われたことあると思うけど。他の理由としては小中が一緒だった同級生がね? 優等生だったんだけど、そのせいか自由に振舞えない立場というか、……先生も期待の裏返しかわからないけどその子には特に厳しかった気がして……で、その子、先生や周りの期待どおりというより、言いなりになってる気もしてさ」

「それ嫌がらせとかとは違うんでしょ?」

「もちろん嫌がらせなんかじゃないとは思うよ。でもそういうのを見て、周りの期待が重圧になってるんじゃないかとか、自由にできないのは辛そうだなとか、いや本人がどうだったかはわからないけど、俺だったらそういう立場は辛いなって思って。それがきっかけかな」

 未葉はこの話も記録していた。俺は回答と理由が噛み合わなくなっているようにも感じながら、続きを話した。

「だから、正確には人の自由や意思を尊重すること、かも」

「なるほどね。わかったわ。じゃあ逆に、嫌いなものはある?」

「それも性格の話?」

 そう、と未葉はうなずいた。今話したことと似た問題で言えることはある。しかしそれを言ってしまうと未葉や組織に反発していると思われるかもしれない。まして俺にスパイ疑惑が本当にかかっていたらと思うと、ためらわざるを得なかった。

 しかし結局、隠しても仕方がないと考え、正直に言うことにした。

「自分の内面というか、そのへんに踏み込まれること。それが昔から嫌だった」

「……もしかして今のこの状況のことを言ってるの?」

 未葉が射抜くような視線を向けてきた。声はいつもどおり冷静なままだが、怒らせたかもしれない。

「そうじゃない。さっき話したことも関係してるし、昔からそういうのが嫌いで、怖かったってだけ」

 これは本当の話だ。この状況にも、未葉や組織にも、別に反感は持っていない。

「過去の経験からなのね。あなたは自分をどんな人間だと思ってる?」

「さっき言ってみてわかった。人の自由や意思を尊重したい人間、……だと思う」

 未葉はメモを取り終わると、ペンを置いた。

「これは記録しないと思うけど……さっき聞こうとしたことよ。真市くん、友達から連絡が来たりはしない? ご両親の帰国よりタイムリミットが早まる可能性はないの?」

「来るかもしれないけど……来たとしてもそこまで怪しまれはしないよ。そのことは課題を回収してもらってから考えたいな」

「まあ怪しまれなければ問題はないわね。課題はなるべく早く回収するわ」

 未葉は引き出しから取り出したファイルに紙を綴じると、席を立った。

「じゃあ今日はこんなところね。お疲れ様、真市くん」

 あれ? 思ったより早いな。てっきり丸1日かかるかもと予想していた。このくらいなら移動する必要もなかったのでは? と疑問も浮かんだが、移動した意味は他にもあったらしい。

「また移動するわよ。次は非常口というか、避難経路を案内しておくわ」

 俺は未葉に続いて廊下に出た。来た方と反対向きに3分ほど歩く。ここ地下3階も2階までと同じく、似たような景色が続いていた。

「この先」

 右への曲がり角に差し掛かると、未葉は曲がった先を指差した。突き当りに大きな鉄扉があった。

「ないとは思うけど……もし地下要塞が攻撃されて危険なときは、この先に地上に出られる階段があるから、指示があったらそこから逃げて」

「逃げれるか……?出たとして、もし俺がここにいるからそうなったのなら、すぐ捕まりそうだけど」

「私たちも地上へ出て戦うわ。その間にあなたを別の拠点まで逃がす。……非常事態じゃなくてもそこへ移ってもらうかもしれないから、そのつもりでいてね?」

 要塞の他にも拠点があることが今はっきりした。しかし部屋からここまでの道をとっさに思い出せるかどうか……

「要塞内の地図をもらえない? 道忘れそうだからさ」

「後で渡すわ。他にも2つくらい避難経路があるけど、見に行く?」

「見に行くよ」

 他にすることもないしな、と心中につぶやいた。

 歩いている最中、思い切って未葉に聞いてみた。

「あのさ、この組織は何を目指して活動してるの?」

「そうね……現状は敵対組織の打倒よ」

「いや、そういうことじゃなくてさ……」

 これも仲間にならないと教えてもらえないのだろうか。しかし組織の目的も知らずに、仲間になる決断なんてできないだろう。質問を変えた。

「未葉はなんで組織に入ったの? 俺みたいな状況から助けられたとか?」

「……」

 未葉は少し両手を握ったように見えた。

「真市くん、悪いけど『内面に踏み込まれたくない』わ。言いたくないという『意思を尊重』してもらえるかしら」

 声の調子は変わらなかったが、少し動揺のようなものを感じた。怒りというよりは、動揺というべきだった。

「ごめん。もう聞かない」

 俺は慌てて謝った。

「いえ、私こそあれだけ質問しておいてごめんなさいね……」

 落ち込んだような声だった。やっぱり未葉にも深い事情があるらしい。入る前後に辛い思いもしたのかもしれない。……いやもう詮索しないし、考えるのもよそう。

 気まずい空気になってしまった。今まで無言の時間も少なくなかったのだが、ここは何か話して空気を変えたい。しかし話す内容も思いつかなかった。

 そのまま地下4階に降りた。ドアの数がかなり少なくなった以外は、地下3階と変わらない景色だ。ドアは十数メートルおきに並んでいる。

「道が複雑になってきたな」

 廊下は3つや4つに分かれる道が目立つようになった。分かれ道の中にはすぐ先が行き止まりになっているものもあった。多分他にも、進んでいくと行き止まりになる道があるのだろうと想像した。

「ここだわ」

 意外とシンプルな道順で着いた。地下3階と同じ鉄扉が、今度は突き当たりではなく、壁の真ん中にあった。

「鍵はかかってないから、自分で開けて逃げて。非常時でも自動で開いたりはしないわ」

 未葉は扉を開けてみせた。暗かったが、確かに階段が見える。

「わかった。多分地下3階から逃げると思うけど、そこも鍵はかかってないよね?」

「ええ。避難経路は全部鍵が開いてるわよ」

 来た道を戻るかとも思ったが、未葉はそのまま進んだ。今度は複雑な道を何度も曲がる。地図等も見ていないようだ。覚えるくらい通っているのかもしれない。

 長いまっすぐな廊下に出ると、近くに扉があった。壁にはタッチパネルが埋め込まれている。

「最後は地下5階よ」

 未葉がパネルに指を触れると、鍵が開く音がした。指紋認証らしい。

「地下5階から逃げることはなさそうだな。俺、開けれないし」

「あなたの指紋を登録すれば開けられるわ。それに5階より下に来てもらうこともあるはずよ」

 俺たちは階段を降り始めたが、地下4階までとは空気が違う。壁や天井が全体的に黒っぽい色になっている。天井にはカメラがあった。多分、気づいてないだけかもしれないが、ここでカメラを見たのは初めてだ。

 地下5階に降りた。正面と左右に道が分かれている。正面の道は明かりが落ちていて、遠くは見えなかった。左右の廊下も照明が弱く、薄いオレンジ色のような光が壁や床を照らしている。

 未葉はスマホを取り出すと、ライトをつけた。

「ここから暗くなってるけど、電気はつけられないから、これで行くわよ」

 俺は足元が気になりつつ、暗い廊下の中を歩いたが、未葉はいつもの、身長を考えれば少し早歩きにも思える歩調で進んでいく。

 白いラインの入った黒い壁が、スマホのライトで照らされていた。未葉の背中越しなのではっきりしないが、ライトは正面を向いている。しかし5メートルも先になると真っ暗だった。

 急にライトが切れたら終わりだな。それとも軍用ライトみたいな小型の懐中電灯を持ってたりするのだろうか。

 ……そういえば未葉はこの組織でどういう役割を負ってるのだろう? 俺の記録も1人で取ったし、やっぱり情報部門に所属している可能性はある。しかし俺はある意味で監視対象のような扱いを受けている。現状では未葉以外誰の姿も見えないが、もし俺が敵だったら、それこそ敵組織のスパイだったら危ないとか、組織は考えていないのか? 人手が足りていないだけということもありえる。しかし別の可能性としてあるのは、未葉は戦闘員なのかもしれない、ということだ。

 地上で会ったときも、未葉は俺を保護するために嘘をつき、地下へ連れてきた。この時点で、俺が敵組織に追われていた可能性を認識していたはずだ。俺を追ってきた男たちと接触する危険もあった。そんな状況で1人だけで出てきたあたりも、この考えと合致する気がした。

 なんか……嫌だなと思った。俺は二つの組織の戦いに巻き込まれたと思っていた。いや今も思っているし、それが不幸だとも感じる。では未葉は? さっき考えるのもよそうと思ったが、考えてしまう。未葉も元々は巻き込まれたというか、望んで組織と関わるようになったわけでもないんじゃないか? 俺のような状況の者でないと、勧誘もできないのかもしれないし、その可能性は十分ある気もする。俺と同い年だと言っていたな。……現状は決して幸福とは言えないと思う。

 まあ今考えたことは、どれ一つ口には出せないが。未葉は自分の過去を話したくないらしいし、「内面に踏み込まれたくない」とは俺自身が言ったことだ。それに、未葉の望んでいることは、今までの言動からわかる。俺が加わり、組織の人員が増えることだ。

 ……組織には入りたくない。でも手伝いくらいはできる。俺が日常に戻るための手伝いなら、する理由もあった。

 俺はここに来た当初は混乱していたが、人のことを考えられるくらいには、冷静さを取り戻したんだ、と実感した。

 相変わらずの少し早いペースで歩いていた未葉は、急に立ち止まった。

「どうした?」

「いえ、多分……」

 通り過ぎたわね、と未葉はUターンで俺の横をすり抜けていった。暗すぎて道がわからなくなっているらしい。

「内部の人でも迷うんだ?」

 軽口のつもりはなかった。意外という思いで、俺はそう言った。

「迷ったわけじゃ…………そうね。道を間違えたわ」

 さすがというところだった。その後未葉は迷うことなく、俺を非常口まで案内してくれた。もっとも、どうやってここまで来たかはとても思い出せない。

「これで全部ね。地図は後で渡すけど、絶対になくしちゃだめよ。間違っても敵の手には渡さないようにね?」

「わかってるよ。それに……」

 そんな状況にならないように、できることがあったら協力するよ、と言ってみたかった。組織には入れないけど……

 言いたかった、で終わりだ。そんな言葉は出てこなかった。自分の日常のためでもあるのに、躊躇する気持ちが勝ってしまう。

「何?」

「なんでもない」

 未葉が少し首をかしげたのがわかった。特に追及はしてこない。

「そう? それじゃ、地下2階に戻るわよ」

 俺たちは来た道とは別のルートを通って行った。遠くに電気の点いている廊下が見えた気がするが、今いる場所は真っ暗だ。一瞬、今が昼前らしいと言うことを忘れていた。

11/24 誤字を訂正しました。

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