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第2話 地下で迎えた朝

 聞き慣れないアラームの音で目が覚めた。うちの目覚まし時計ではない。眠気が妙に強かったので、夢か? とも思った。

「んん……?」

 音のする方に顔を向ける。真っ暗な部屋で、デジタル時計の画面だけが光っていた。暗さ的に、まだ真夜中じゃないか?

 アラームの止め方もわからなかった。適当なボタンを押したら止まったが、時刻は15時と表示されている。いやそんなはずは……と考えたところで思い出した。俺は昨日、謎の男たちに追い回されていた。地上で未葉と出会い、ここ、地下要塞で匿われることになった。確か時計の時間も合わせていないので、15時というのは間違っている。本当は今何時だ? 部屋にある時計はこれだけだった。もちろん窓などはないので外の明るさから推測することもできない。

 スマホは……とベッドの上を探そうとしたが、スマホは家にあることに気づいた。

 電気のスイッチはどこだったか、デジタル時計の光を当てて探す。

 電気をつけると、最初は眩しかったがすぐに慣れた。この部屋で初めて迎える朝だった。

 ……今日はどうすればいいんだろう? 未葉は今日詳しい話をするみたいなことを言っていたが、ここに来るとして何時だ? そもそも今が何時かもわからない。この部屋でずっと待つのか? とりあえず顔を洗ってこよう。

 あんなことがあった後でも、一応よく眠れた。目の下のクマはなくなっている。

 やることもないが、机に向かってみる。椅子の高さはちょうどよかった。昨日置いた部屋の鍵と、シャーペンと俺の名前を書いた紙が並んでいる。

 ノックの音がした。

「真市くん? 起きてる?」

 未葉の声だった。意外と早く来てくれたと思い、ドアを開ける。

「おはよう。さっき起きたとこだけど、今って何時?」

 俺の問いに、未葉は腕時計を見た。昨日はしていなかった気がする。

「10時半よ。どう? よく眠れた?」

「うん、よく寝たよ。あんな出来事の後だけど」

「そう。それは何よりだわ。また着替えを持ってきたから、シャワーだけ浴びてきてもらえる?」

 未葉は昨日と似た服装をしていた。折り畳まれた服とタオルをこっちに差し出してくる。

「わかった。ありがとう」

 俺が着替えを受け取ると、未葉はドアを閉めた。

 昨日未葉が言っていたとおり、ここはホテルの部屋と似ている。洗面台の隣にユニットバスがあった。

 無地の黒い容器が2つ置かれている。小さくボディーソープ、シャンプーとそれぞれ書かれていた。これも多分、組織で作ったものだろう。

 シャワーを浴びながら、未葉は廊下で待ってるのか? 急いだ方がいいかなと思った。

 シャンプーはリンスインシャンプーらしかった。

 上がってからわかったことだが、この部屋にドライヤーはないらしい。頭を念入りに拭いた。

 寝間着と同じで、服のサイズは全部合っていた。下着や靴下まで違和感がない。いつの間にか調べられていたのか? そんな気がした。

 未葉が着ていた服と似たデザインだった。違うのは白か灰色っぽい色をしているところだ。

 鏡で髪が変じゃないか確認して、部屋を出た。

 未葉は廊下のすみに置かれた椅子に座っていた。

「おまたせ。その椅子、運んできたの?」

「明日までに机も持ってくるわ」

 誰かが常に座るのかもしれない。俺は監視対象なのか? いや機密保持のためだろうか。そういえば昨日地下20階はあるうちで、15階くらいまでなら見せてもいいと、未葉は言っていた。やっぱり俺に見られるわけにいかないものも多いのだろう。

 未葉は長い廊下の方に歩き出すと、手で口元を隠した。あくびをしたらしい。

「眠そうだな? やっぱり夜中まで起きてたから」

「そうね。この時間に眠いのなんて久しぶりだわ。真市くんはどう?」

「俺は別に。いやちょっと眠いかな?」

 起きたときは眠かったが、もう目は覚めている。俺たちは廊下を右に曲がった。

「そう。私、あなたの部屋のアラームが鳴ったのを確認してから来たけど、てっきり二度寝してると思ってたわ」

「アラームを確認? どういうこと? 近くの部屋にいたのか?」

 それにしては鳴ってから来るまで時間が長かった気もするが……

「いいえ? 遠隔で鳴ったことがわかるのよ。何時にセットされてるかもね。鳴ったとき私は一階だったわ」

 遠隔で……。鳴る時刻は15時になっていたのか、それとも実際の時刻で表示されていたのか、どうでもいいことが気になった。

「あの、こう言っちゃなんだけど、俺のこと監視してたりはしない? あの部屋に変なものとかはないよね?」

「ええ。それはないわ。約束する」

 ただ……と未葉は言いにくそうに

「さっき机を運んでくるって言ったけれど、早ければ明日から誰かが座ることになるわ。それは監視になるのかしら」と続けた。

「やっぱり、そうなるか……でも仕方ないよな。勝手に出歩かれても困るだろうし。気にしないよ」

 正直、誰か座るかは多少気になった。誰かがと言っていたから未葉ではなさそうだ。問題は座る人が敵対的だったらとか、部屋から出れないとして、何をして過ごせばいいかとか。

 ……課題だな。いい機会とも言えるかもしれない。捗りそうだ。まあ、今日そういう話をするだろうし、後で言おう。

 しばらく歩いた。左側に大きな階段が見えた。ここはドアもない。その階段を降りて行く。地下3階だ。また似たような風景だが、床はタイル張りになっていた。

 右に曲がってすぐ、少し大きな部屋があった。長い机や椅子が並んでいる。

「お腹空いてるでしょう? ここで食べていくといいわ」

「そういえば……」

 俺は自分の腹に手をやった。色々ありすぎて空腹などは忘れていた。

「この部屋にはこれしかないのね」

 未葉は冷凍庫から容器を取り出し、レンジに入れた。レンジは業務用みたいな大きいタイプだった。何ワットだろう。

 1分くらいで解凍が終わった。

「箸はそっちの棚の中よ」

 俺は未葉が指差した棚を開け、箸を取り出した。

「そういえばさ、棚とかそのレンジとかは組織で作ったの? 市販されてるやつ?」

「組織で作られた物よ。……熱い」

 未葉は容器を持ち上げようとして、手を離した。

「俺がやるよ。じゃあ部屋にあった歯磨き粉とかシャンプーとかも?」

 俺は指先で容器の縁をつまんだ。

「いや熱いな!」

 反射的に手を離す。こういうときは耳たぶが比較的冷たいので、そこで冷ますと聞いたのを思い出した。

「……」

 耳たぶを触ったが、大して冷たくはなかった。やけどはしていないはずだから大丈夫だが。

「多分時間を間違えたらしいわ。ごめんなさいね。

……そう、歯磨き粉とかも組織内で作ってるわよ。比率は言えないけど、ここにある大抵の物は組織で作った物ね」

「思ったより大組織なんだな……未葉はもう朝食は食べたの?」

「ええ。部屋に行く前に食べたわ」

 容器が冷めるまでしばらく待っていた。

 蓋を剥がすと、米と焼き魚と、副菜が2品入っていた。

「じゃあ、いただきます」

 焼き魚が何の魚かわからないが、味は美味しかった。未葉は俺の隣の席に座って待っている。

「それを食べたら、別の部屋であなたについて聞かせてもらうわ。今後どうするかも話し合いましょう」

「よかったら今何か聞いてくれてもいいよ?」

 時間はいくらあっても足りない気がしていた。問題が解決するまでどのくらいかかるか見当もつかない。俺は少しでも早く進めようとした。

「そう? それじゃあ、あなたはこれからどうしたいか聞かせて?」

「夏休みの課題が家にあるんだ。それが一番気がかりで……どうにか回収できないかな?」

「課題? ……そうね、数日あれば持ってこれなくもない……かしら」

 未葉は自信がなさそうだった。

「課題はやらないと……日常生活に戻った時に困る」

「わかってるわ。そこは後で話しましょう。他には?」

「スマホも家にあって、できれば課題のついでに持ってきてくれないか?」

「それは無理よ。彼らがあなたのスマホを監視していたら、ここの位置が知られかねないもの」

 無理か……だが未葉の言うことはもっともだ。

「他は何かある?」

「他は……」

 この質問の答え次第ではショックを受けるだけかもしれないが、聞かないと始まらない気もしていた。

「俺はいつ、日常に戻れそうかな?」

 どうすれば日常に戻れるかもわからない。あの男たちの組織が何か誤解をしているとして、それを解けば解決するのか。いやそんな簡単にはいかないだろう。

「確か8月20日くらいが限度って言ってたわよね。それまでにどうにかしてみせるわ」

「どうやって?」

「敵の組織が、あなたに手出しできないようになればひとまず解決するのよ。それが一つのゴールね」

 やはり、そのくらいまで行かないと解決しないようだ。8月20日までに、あと1ヶ月足らずでそこまでやるつもりらしい。

「元々いつかはやるつもりだったし、準備も大体出来てたから、これだけ時間があれば可能だと考えてくれていいわ。安心して?」

「そうなんだ。信じるよ」

 信じるほかはなかった。でも本当にできるのか? 俺を勧誘するほど人手不足の組織に。できなかったらやっぱり警察とかに言ってしまおうかとも考えた。

「他には何かある? ちなみに、今はあなたがどうしたいか聞く時間で、質問を受け付ける時間じゃないわよ」

「ああごめん。そうだな……」

 俺の希望か。家の冷蔵庫がどうなってるか気になるとか、たまには郵便物を回収しないととか、色々心配事はあるけど、俺が家に帰るのは無理なんだろう。そうすると今思いつくのは一つだけだ。

「解決までずっと地下にいるのは避けたいんだけど……少しは日光を浴びたい。無理かな」

「もちろんそれは大丈夫よ? ここ、他の出入口もあるし、制限はあるけど、地上には出してあげられるわ」

 よかった……と思った。実は今朝起きてからそこが不安になり始めていた。

「さて、あと一つくらいかしら? 食べ終わったら移動するわよ」

「あと一つ? うーん……」

 質問したいことはいくつかある。でも質問するところではないらしいので、自分がどうしたいのか考えた。冷蔵庫や郵便物に関しては、今伝えることでもないか? 課題を持ってきてもらうだけでも数日かかるらしい。むしろ伝えればそれが遠のく気もした。

「ちょっと、わからないな。今になって混乱してきたかも」

「そう……気持ちはわかるわ。こんな状況、信じられないわよね」

 信じられない。謎だらけだ。そもそもなぜ俺が追い回されたのか、それもこれから調べるという段階のようだし、この地下要塞も、現実離れしている。本当に地下20階まであるのか? 見てみたくなった。

「そうだ。昨日地下15階くらいまでなら見せてくれるって言ってたよな?」

「言ったわよ。今日聞きたいことが聞けたら見に行く?」

 今日? どのくらい話すことになるかによって変わってくる。それにまだそこまで退屈していないし、今日はいいか、と思った。

「今日はいいや。いつか見せてもらうと思うけど」

「わかったわ。ただ敵組織との戦いにそなえて人が集まるから、なるべく早いほうが助かるわね」

 戦いの拠点はここになるようだ。敵組織の本拠地も近かったりするのだろうか。外から地下要塞に集まるということなら、やはり地下要塞の外にも組織の拠点や施設があるのかもしれない。そんなことを考えながら俺は朝食を食べ終わった。

「ごちそうさま」

「空き容器は流しに置いといてくれればいいわ」

 そう行って未葉は外に出て行った。容器を流しに置いて俺も続いた。

 また少し歩く。さっきの部屋、食堂だろうか? から1分ほど歩いた先で、未葉はある部屋の鍵を開けた。

 その部屋には机と椅子が向かいあって置かれている。ここは壁が暗い色なせいか、薄暗いように感じた。

 未葉は手前に置かれた机の引き出しから紙とペンを取り出し、

「そっちに座って」

 と奥の机を指差した。俺が座ると、未葉はドアを閉める。一段と暗くなったようだ。

「さあ、真市くん。ここからはあなたの発言が公式の記録として残るわ。私の質問には正直に答えて。いいわね?」

 未葉は俺の目をまっすぐ見て言った。

「後から変更とかは面倒なことになるだけよ。間違ったりしないように注意して」

「わかった。気をつける」

 俺は変に緊張してしまった。

 こうして、未葉は俺に関する記録を取り始めた。

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