第7話 “選ばれし少女たち”(その3)
それにしても、聞き違いだろうか。
この白い魔法少女は、自分のことを“悪の魔法少女”と呼んだような気がする。
「白い魔法少女さん、私は“悪の魔法少女”なんかじゃ、ありません」
きっとタシロさんを消したことで勘違いしているのだろう、ケイトはその誤解を早く解きたかった。
「そうよ、そうよ。私たちは“悪”じゃなくて、“黒の魔法少女”なんですからねっ!」
エミがケイトの口調を真似て茶化すように言った。
「やっぱり、シズカさんから聞いた通りですね。
エミという黒の魔法使いは、質が悪いというのは……」
白い魔法少女は、自分のマジック・ワンドを取り出すと、胸の前でS字を描くように振った。
ワンドの先がカメラのフラッシュのようにパッと光り、花火のような閃光が、ケイトの身体に命中した。
次の瞬間、衣服にはダメージがないのに、光を浴びた部分がチリチリと焼かれたように痛んだ。
「……い、つぅ!」
痛いのか、熱いのか、自分でもよくわからない感触に、ケイトは体をくの字に曲げて蹲った。
「大丈夫、ケイトちゃん」
エミが心配そうに声を掛けたが、助太刀するつもりはあまりなさそうな気配に見えた。
(もしかして、彼女と闘うことも“テスト”の一つなんだろうか)
ケイトは、顔を顰めながら、エミの顔色を窺ったが、その通りだと言わんばかりに、エミは、軽く頷いてみせた。
だが、白い魔法少女が、なぜ自分を攻撃しているのか、ケイトにはよく理解できていなかった。
「白い魔法少女さん」
「私の名前は、アカリ。
ブラン・ダ・ルバートル(純白の魔法少女)の一人よ」
「ぶらんでー、ばーたーのアカリさん、どうして私たちのことを“悪”と呼ぶんですか?」
悪いやつをやってつけているのだから、自分たちは正義なんだと、そこまできちんと説明したかったが、ケイトの“力”では、この状況で、そこまでうまく話せそうになかった。
「惚けないでちょうだい。
あなた、さっきにそこにいた男の人を魔法で消したでしょ」
「ごめんなさい、まだ、魔法の使い方がよくわからなくて、どうして消えてしまったのか、私にもよくわからないんです」
「本気なの?」
アカリと名乗った白い魔法少女は、呆れたようにケイトを睨んだ。
「あなた、名前は?」
「浅吹ケイトです」
「では、アサブキさん、あなたはもっと大人になるべきね」
ケイトには、ますます意味がわからなかった。
「アカリさん、何を言っているのか、よくわからないんですけど」
「正義のヒーローやヒロインというのは、フィクションの中だけで成り立つというのは、理解できて?」
「?」
「漫画やアニメのヒーローは、悪人をいきなりやっつけているし、それが当たり前のように描かれているけど、現実にそんなことしたら、それこそ私刑という犯罪行為になるのよ」
このアカリちゃんという魔法少女は、いったい幾つなんだろうか、彼女の説明を聞きながら、ケイトは思った。
まるで、先生のような口ぶりだし、結構頭もいいのだろう、きっと自分より、一つか、二つ年上に違いない。
*
目の前でボディガードの田代を消されてしまった“痩せ型型の中年男”峰岸は、その後、続けざまに目の前で繰り広げられている出来事を茫然と見続けていたが、いつまでも相手をしているわけにもいかず、ふと我に返って、怒鳴り散らした。
「おい、いい加減にしろ、お前ら。
俺たちの“商売”の邪魔をしてくれて、ただで済むと思うなよ」
コスプレをした数人の女こどもを前に、一般的には暴力団と呼ばれ、世間からは恐れられている自分たちがこれ以上舐められているのを赦すわけにはいかない。
「今夜の取引は中止だ。
お前ら、こいつらを畳んじまえ」
峰岸の一言で、周りにいた連中が一斉に銃を取り出した。
白い魔法少女のアカリに対していたエミとケイトは、男たちの方に背を向けて立っていたが、銃を構える音に気付いて、振り返った。
「しょうがないわね、ちょっと予定が狂ったので、こちらの方のテストは中止にします」
エミは、マジック・ワンドを取り出すと、目の前を飛び回るやぶ蚊でも追い払うように、投げやりな感じで軽く振った。
「え?」
次の瞬間、驚きの声を発したのは、アカリだった。
ケイトは、というと、驚きのあまり声も出なかった。
エミがワンドを振り終えたと同時に、男たちも拳銃の引き金を一斉に引いていた。
しかし、彼らの発射した弾丸は、ビデオ画面のポーズボタンが押押されたかのように、空中で制止していた。
弾丸だけではない。
彼らの身体の動きも止まっていた。
──さらに、次の瞬間。
画像編集ソフトで処理したかのように、彼らの身体や周りの黒塗りの車が、足元からみるみる消え失せていった。
「さてと、邪魔者はいなくなったので、改めて勝負といきますか」
エミは、何事もなかったかのように、アカリの方に向き直ると、まるでボクシングのレフェリーでも務めるかのように、ケイトの傍を一歩離れて立った。
「……」
「あら? どうしたのかしら、さっきまでの威勢はどこにいったの? アカリちゃん」
ケイトは、アカリの顔色が青ざめているのに気づいた。
それはそうだ、大勢の屈強な男たちが、乗って来た車ごと目の前で忽然と消されるような“物凄い魔法”を見せられては、怖気づくのも当然だ。
「言っておくけど、私もケイトちゃんの“力”には驚いているのよ。
まさか、この子が、私と同レベルの“消滅魔法”の持ち主だなんて、思ってもみなかったわ」
エミのその一言に、アカリは、化け物でも見るかのように、ケイトの方を振り向いた。
「エミさん……」
エミが煽るので、ケイトは困惑した。
「いやあねえ、ケイトちゃん、あなたが怖気づいてどうするの。
もうさっきのオジサンを消しちゃったんだから、彼女の一人や二人、消すのなんて簡単でしょ?」
『それは違う』
とケイトは心の中で叫んだ。
頭のあまり良くない自分でも、それだけはわかる。
さっきのタシロさんは、悪い人で、確かに消えるとは思わなかったけど、少なくとも、やっつけるだけの理由があった。
でも、このアカリさんは、自分たちと敵対しているからといって、“消してしまう”ような理由はない。
「やりなさい、やらなければ、私がやるわよ」
エミがマジック・ワンドを取り出したのを見て、ケイトは思わず叫んだ。
「待ってください」
ケイトは、泣きそうになりながら、エミの腕を掴んだ。
その隙をついて、アカリが一歩下がった。
「あら、逃げられちゃうわよ」
アカリは踵を返すようにして宙に飛び上がると、いったん数メートル上空で止まった。
「また今度お会いしましょう、アサブキさん」
アカリはエミの方は見ずに、そう告げると、胸の前でマジック・ワンドをさっと振って、自分から姿を消した。
もしかすると、エミは本気でアカリに消滅魔法を使うつもりはなかったのかしれない。
彼女が本気であれば、アカリが逃げるまで待つことなく、躊躇なく魔法を使っていただろう。
「なんか予定外のゲストが登場して、中途半端になっちゃったけど……」
エミは、終わってしまったイベントを名残惜しむかのように、アカリが消えた辺りを見つめながら、しばらくの間腕組みをしていた。
「今回のテストは、まあ、合格ね」
エミにそう言われても、ケイトの心はちっとも嬉しくなかった。
*
「おい、タシロ……。
あ、繋がった。
無事か?」
「あ、ボス……。
よくわかりませんが、気が付いたら、目の前に砂浜が見えます。
それに、水着の男女でいっぱいです。
どうやら、リゾートビーチのようですが、ここはどこですか?」
「俺に聞くな、俺もよくわからん。
大方、ハワイとか、グアムとかだろ。
周りの連中に訊いてみろ」
「何なんですか、これは。
まさか、魔法ってやつですか?
あのコスプレ少女は、どうなりました」
「実は、俺たちも気が付いたら、妙なところに飛ばされたらしい。
周りは“砂”だらけだ」
「ボスも、砂浜にいるんですか?」
「いや、ちょっと違うようだ」
灼熱の太陽の下、砂漠には似つかわしくない黒塗りのセダンと、黒づくめの男たちが屯しているその横を、ラクダに乗った行商の一行が、不思議そうな目で見ながら、通り過ぎて行った。