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ヨダカの星

作者: デギリ

与田克也はいじめられっ子だった。

顔にアザがあり、吃音性で緊張すると吃るくせがあり、運動神経もあまり良くない。

彼の得意なものは将棋などの室内ゲームだが、小学生にはあまり人気とは言えない分野だ。


それでも、克也はコツコツと目立たずとも勉強やクラス活動に励んでいたが、今年のクラスは彼に目をつける者が出てきた。


依田克典、よく似た名前だが、こちらはイケメンでサッカーが得意な、クラスのトップカーストである。


彼が克也のことを、似た名前で混同されて迷惑していると文句をつけて来るのだ。


「お前みたいなブサメンでろくに口も聞けない奴がオレと似た名前なんて恥ずかしい。慰謝料を払え」

そう言って克也からよく金を奪い取り、金が無ければ殴る蹴ると暴行した。


それを教師やクラスメートも、またじゃれ合ってると無関心に眺めていた。


ある日、国語の授業で『よだかの星』を習った後、依田は克也に大声でいった。


「おい、今の話聞いただろう。

オレがタカでお前はヨダカだ。

タカと同じでお前と似た名前なんてオレも嫌だ。

お前の名前を市蔵にしろ。

来週までに変えてこないと生きているのが嫌になるくらい虐めるぞ。

わかったな!」


担任もクラスメートも冗談と思っているのか、みんな大声で笑った。


克也は必死になって抗弁した。

「おおお、親がつけてくれたんだから、変えられないよ」

「何を吃ってやがる!」

バシンと頭を殴る。


「いいから名前を変えてこい。

そうでなきゃよだかの星みたいに死んじまえ」


「おいおい、死ねとか冗談でも言うもんじゃないぞ」

担任が笑いながら注意する。


「はーい」

依田は教師や女子には調子がいい。


最後に小声で言う。

「わかったな。ヨダカ」


克也は学校から帰ると、頭を抱えた。

依田は本気だ。

子分を連れて、来週から滅茶苦茶に虐めるつもりだろう。


もう小遣いも全部依田に渡してしまった。

担任は前に相談したらそのまま依田に伝えられて、更に虐められてからは頼りにしていない。

親は仕事で頭が一杯で、子供にはご飯を食べさせればいいと思っている。


克也はせめて仲の良かった弟には別れを告げておこうと思った。

弟の達也の部屋に行くと、彼が欲しがっていたゲームとカードを渡す。


「達也、今までありがとう。

お礼にこれをやるよ」


「兄ちゃん、どうしたの。

そんなお別れみたいなことを言わないで」


「なんでもないけど、もうこれは飽きたから達也にやるよ」

弟はイケメンで成績優秀であり、親も達也に期待をかけていることがわかる。


(親には悪いけど、達也がいればいいだろう。

さて、死ぬならよだかの星じゃないけど星の見えるところがいいな)


克也は、星がよく見える高台の公園に行き、そこで枝ぶりの良さそうな木を選んだ。


(首吊りが一番楽だと聞くけど。

痛いのは厭だなあ)


克也が枝に縄を垂らし、大きな石の上から首を吊ろうとするとき、突然声がした。


「克也、何をしている!」

はっと見ると、祖父であった。


(そう言えば遊びに来ると言ってたな)


克也は祖父に胸ぐらを掴まれると、平手で頬を張られた。

何度も張られているうちに腹が立つ。


(僕のことを何も知らないのに)


そして、祖父の手を取ると、「止めてよ!何も知らないくせに」と言った。


「ああ知らんよ。

お前が話さんからな。

嫌なら話してみろ」


ヤケクソになった克也は、これまでのことを話した。


「なるほど、それであの世に逃げようとしたんじゃな。

しかし、情けない。

よだかの星の夜鷹は星になるまで頑張って飛んだのに、お前は楽な道に行きよって。

お前も血反吐を吐くまで頑張ってみろ!」


「何を頑張ればいいの?」


「お前の好きなことをトコトンしてみろ。

それで倒れるまで頑張ってから死ね」


そう言われて、克也は思いかえす。

(僕が本当に好きなことか)


「将棋かな。

将棋を頑張ってみたい」


「わかった。

お前の話を聞くとこの学校はどうしょうもないな。

儂のところに引っ越して来い」


僕は泣きながら話しているうちに吃らなくなっていた。

「克也、涙と一緒に吃りも流したか」

祖父は笑って僕の手を取り、家に連れて帰ってくれた。

父も母も弟もとても心配していて、僕は死ななくてよかったとその時に思った。


祖父はもともと教育関係者の大物のようだった。

次の日から祖父はあちこちに駆けずり回ると、暫くして教育委員会や校長先生、担任までが謝罪に来た。


依田と僕を虐めた子分達も親と一緒に来て謝罪し、金を返した。

みんな、とにかく外には言わないでくれと言う。

全然反省なんてしていないのがすぐにわかる。


祖父は、こんな奴らの相手をするとこちらの品が落ちると、怒りもしなかった。

僕はそのまま転校して、祖父の家から学校に通った。

その学校は田舎にあったけど、伸び伸びしていて、虐めなんてなかった。

みんなが自分の好きなことをしている。

祖父はここの校長をしていたそうだ。


約束通り、僕は学業以上に将棋に打ち込んだ。

どこまでやれるかわからないけど、よだかの星のように翼が折れ、肺が燃えるまで飛んでやるという一念だった。


すると子供将棋大会というところで優勝し、奨励会というところに入らないかと話が来た。

祖父の教え子の一人にプロの棋士がいて、師匠になってくれるという。


僕はひたすらどこまで強くなれるのかだけを目指して指し続けた。


「今日のゲストは、史上最年少棋士になられた与田克也さんです。

与田さんは一心に将棋に打ち込んでおられると有名ですが、その原動力は何ですか」


「そうですね。

小学校のときに、似た名前の同級生から、虐められて名前を変えろと迫られました。死のうかと思いましたが、祖父に叱られ、よだかの星のヨダカくらい死ぬほど打ち込んでみろと言われたことから、将棋に頑張ってみました」


「そうすると、その自殺したいほど虐めた同級生が原因だと」


「そうとも言えますね。

虐められたことは未だに鮮明に憶えていて、挫けそうになるとそれを思い出して、何くそと思います。

全国のいじめられっ子、僕みたいな人間でもここまで来れました。

死んだら何もない。

生きて何かを掴んでください」


克也が堂々とテレビの前で話す姿は、吃っていた頃には考えられない様子であった。


家でその様子を見ていた弟の達也は、「やったな、兄ちゃん、アンタはイジメに勝ったんだよ」と涙をこぼしながら、テレビに話しかける。


そして、同じく家でテレビを見ていた依田克典は、克也の姿を見て驚愕した。

克也やその家族は言わなかったが、彼の転校後、周囲にその事情は広まり、校長や担任は左遷、イジメのクラスとしてクラスメートは後ろ指を指され、依田は主犯として要注意人物となっていた。


ようやく噂も収まってきた頃に、克也が全国的な有名人となり、この発言である。

依田は嫌な予感がした。


それはすぐに的中する。

テレビのその発言後すぐにネットで犯人探しが始まり、学校とクラス、そして主犯の依田が晒される。


依田の家には無言電話や嫌がらせにゴミが投げ込まれ、学校では無視された。

なまじ克也と似た名前であったため、覚えられやすかったこともある。


克也が棋界で勝ち続け、「ヨダカの星」というニックネームがついたことは依田にとって皮肉であった。


(アイツが光り輝くと俺が落ちていくようだ。

俺が名前を変えなければヤツに吸い込まれていく)


ついに依田は名前を変えることとする。

それを依田市蔵としたのは、彼の運命へのせめてもの反抗心であった。


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宮沢賢治のよだかの星を読んで、ヨダカが可哀想になって書きました。

このタカ、酷いですね。

将棋界とかは適当なので、大目にお願い致します。

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― 新着の感想 ―
[良い点] どのお話も小説として完成度がすごく高いですよね。面白かったです。
[一言] 自分は吃音症です。 特に最初の言葉が出ないタイプです。 この吃音症は精神的なモノではありませんのでこの小説のような状況で治る事は絶対ありません。 何か、吃音症の人に対して『精神的な悩みが解消…
[一言] かの名作「よだかの星」のタイトルに惹かれて読ませて頂きました。おじいちゃんが克也を励ました言葉が教育者そのもので、その言葉に勇気付けられ自分のやりたいことをがむしゃらに頑張った克也も素晴らし…
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