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お忍びデート

 建国記念祭まで残り一カ月。

 クリスティーナはハンスと貴族街へ赴き、お忍びデートをしていた。

 石畳の道。煉瓦造りの家々。賑やかで活気のある市場通り。

 貴族たちが暮らす街並みは華やかさと上品さが漂っており、道行く人々はみな貴き身分の者たちである。


「殿下。この服とかいかがでしょうか?」


「うん、いいね。すごく似合ってる」


「ありがとうございます」


「じゃあ、次はこっちを着てみようか」


「はい」


 王室御用達の服飾店。VIP用の試着室でクリスティーナはドレス姿を披露していた。

 オーダーメイドするために店内で気に入ったものを何着か試しに着替えている。

 由緒正しき公爵家の令嬢に相応しき格調のデザインのドレスは、どれも素晴らしい出来栄えで、クリスティーナも気に入っていた。気に入ってはいるのだが……。


(……これは一体どういうことなのでしょう?)


 女性店員に着替えを手伝ってもらいながら、クリスティーナは内心で首を傾げた。


(いつもの殿下なら、私が二~三着ほど試着した辺りでドレスを選ぶように促されるのですが……。今日に限っては、なぜか沢山ドレスを試着するように推奨なされてます。しかも、違うデザインばかり……)


 普段のハンスであれば、適当なところで頃合いを見計らってクリスティーナに選ぶように誘導してくる。

 だが、今日の彼は違った。むしろ積極的にドレスを勧めてくるのだ。

 色々なバリエーションのドレスを着させられて、クリスティーナは困惑していた。


(まるで着せ替え人形のように扱われてる気分です……。いえ、別に嫌というわけではないですけども、なんだか……無性に恥ずかしいですね)


 頬を赤く染めながらも、クリスティーナは新しいドレスに袖を通した。清楚な印象を与えるAラインのドレスだ。

 着替え終わり、カーテンを開けてハンスへと姿を晒す。


「どうですか、殿下?」


「清純でありながらも大人びていて、身に纏う者の知性が滲み出ている。先程の柔和で優しい色調のドレスも捨てがたいけど、今度の建国記念祭で求められているのは今のドレスの方かな」


「ですね……。では、これに致しましょう」


「おや、もういいのかい?」


「はい。これ以上ないくらい満足しました」


「そうかい。僕としては、もう少し目の保養をさせて欲しかったんだけどなぁ……」


「お、お戯れはよしてください……っ」


「本音なんだけどね」


 肩を竦め、ハンスはクリスティーナの横髪を一房持ち上げた。

 そのまま髪に口づけを落とし、そっと囁いた。


「とても綺麗だよ、クリスティーナ」


「……ッ!」


 不意打ち気味に放たれた甘い言葉と接吻に、クリスティーナは照れて俯いた。


(殿下の攻めが強すぎて困ります……! こんなの、心臓が持ちません……っ!!)


 日増しに火力を上げてくるハンスの溺愛っぷり。

 美形オーラには慣れているが、これほどの猛烈な愛情表現には慣れていない。


(本当に、殿下はどうされてしまわれたんでしょうか……)


 ここ最近のハンスの言動は、クリスティーナの許容値を大きく上回っている。

 おかげでハンスの顔がまともに見れなくなる時が多々ある。今も顔が熱くてたまらない。

 女性店員たちが「あらまぁ」「うふふ」と微笑ましそうに見つめてきている。それが余計にクリスティーナの羞恥心を煽ってくる。


「~~~~っ」


 顔を真っ赤にしてプルプルと震えながら、クリスティーナは会計のための手続きへと向かった。




 ◆




「殿下――じゃなくて、ハンス様。このクレープは中々おいしゅうございますね」


「そうだね。甘すぎず、僕の好みの味わいだ」


 大通りにある屋台で購入したクレープを食べながら、二人は散策を続けていた。


「お忍びデートだとクリスティーナが僕のことを名前で呼んでくれるから嬉しいね」


 将官服に身を包んだハンスは、クリスティーナの隣を歩きながら笑顔を浮かべる。

 今の二人は身分を隠し、一般貴族に扮装して貴族街に繰り出していた。


「本当は『ハンス様』と呼ぶのではなく、他のお名前でお呼びすべきなんですがね……」


 子爵令嬢相当のドレスを着たクリスティーナが苦笑する。

 服装を誤魔化しても名前はそのままでは片手落ちだ。本来ならば適当な偽名で呼び合うべきだが、ハンスが頑として譲らなかった。


「いやいや、いいんだよ。君が僕以外の男のファーストネームを呼ぶだけで僕は嫉妬に狂いそうだからね。たとえ僕を指し示す記号であっても、君の口から別の男の名前が出るのは不快だ」


「そういうものでしょうか? 私には殿方の気持ちがよくわかりかねますが」


「うん。そういうものだと思っておいてくれ。むしろ、これからは二人きりの時はずっと名前で呼んで欲しいな」


「え、それはさすがに畏れ多すぎるのですが……」


「僕は全然かまわないんだけどなぁ」


 ハンスは少し不満げに唇を尖らせる。

 そんな表情も絵になるのだからイケメンというのは得である。


「ところでハンス様。このあと書店で新刊をチェックしたいのですが、よろしいですか?」


「いいよ。ちなみに、どんな本を買おうとしているのかな?」


「もちろん、婚約破棄小説です」


「……へぇ~。そうなんだぁ」


 ハンスは一瞬だけ目を細めた後、「まだ諦めていないのか……」と小さく呟く。

 クリスティーナは聞こえなかったフリをしながら、


(やはり、殿下は重度の婚約破棄アンチ……!)


 と、見当違いの結論に達していた。


(ここ最近の会話内容を鑑みる限り、殿下は小説に感情移入しやすいタイプ。そして、断罪返しされる王子たちに自己投影している節があります。だからこそ、私が婚約破棄小説を書くのを阻止しようと躍起になっているわけですね!)


 クリスティーナは冷静に分析していく。


(ですが、いくら殿下がイヤだと仰られても、それでは駄目なんです。婚約破棄小説を書かねば、私は小説界の頂点に君臨出来ません……!)


 公爵令嬢として、婚約破棄小説は絶対に書かねばならないのだ。これは貴族の筆頭として、絶対に譲れないことである。


(殿下には申し訳ないですが、ご納得していただかなければ。これは、布教をする必要がありますね……)


 婚約破棄小説が如何に素晴らしいかを、分からず屋の王太子殿下に教え込むのだ。

 そうしなければならない。このまま無理に執筆を続けるとハンスが拗ねてしまう。それはなんとしても避けたい事態だ。

 パートナーの理解を得てこそ、創作活動は真の意味で成り立つ。


(本屋に着いたら、徹底的に婚約破棄小説のステマをしていきましょう。公爵令嬢の名にかけて、殿下に『婚約破棄ってスゴイ!』と言わせてみせましょう……!)


 クリスティーナは決意を固め、クレープを口に運んだ。




 ◆




「ハンス様、ご覧ください。こちらの『婚約破棄されたら竜の花嫁に選ばれました』という作品は、婚約破棄初心者でも安心のライトな作風となっておりまして、物語の展開も王道で女性だけでなく男性にもお勧めの作品なんです」


「婚約破棄初心者ってパワーワード過ぎるよ。まるで熟練者は何回も婚約破棄を体験しているみたいな物言いじゃないか……」


 王都大通りにある書店の一角。新刊コーナーまで辿り着いたクリスティーナは熱心にハンスに布教活動を行っていた。


「他にも『婚約破棄された令嬢は隣国の王子に溺愛される』などもオススメですね。ヒーローが格好いい所がポイント高いです。ハンス様もきっと気に入っていただけるかと」


「……また隣国の王子とやらか」


 クリスティーナが熱弁を振るう中、ハンスは小声で「そんなに隣国の王子に愛される話が好きなのか……?」と不機嫌そうに呟いた。


「あれ? どうされましたか、ハンス様」


「いや、なんでもないよ。表紙のイラストがすごく綺麗な小説だね」


「でしょう!?」


 布教に手応えを感じたクリスティーナは、ぐいっと身を乗り出して本を胸元に掲げてアピールする。


「イラスト担当のカミエッシー先生が描かれる美麗イラストは圧巻の一言です! 見てください、この隣国の王子とヒロインのツーショット! まさに婚約破棄小説の表紙絵としては百点満点の出来映えですよ!」


「……ふーん。そうかい、なるほどね。君は、そういうヤツがいいんだ」


 キラキラと目を輝かせて熱いプレゼンをしてくるクリスティーナに対し、ハンスの顔からは笑顔が消えていた。

 だが、クリスティーナは気付かずに、さらにヒートアップして言葉を重ねる。


「それと、この『婚約破棄されて追放されましたがイケメン辺境伯に拾われたので幸せに暮らしてます』なんかも名作ですので一度読んでみてください」


「ああ……。わかった、わかったよ、クリスティーナ。そこまで言うなら仕方がないね……。とりあえず読ませてもらうよ。―――参考までにね」


「ええ、是非とも!」


 クリスティーナは満面の笑みで返事をした。


(これで第一関門突破です! あとは、どんどん布教を繰り返して嵌まらせていくのみ……!)



 今回紹介したのは比較的に王子への断罪返しが緩めの小説ばかりだ。

 まずは刺激の少ないタイプから徐々に慣れさせていこうというのがクリスティーナの狙いである。





 ◆




「ふぅん。なるほどね……、だいたい理解したよ」


 高級なカフェテラスの一席。

 先ほど購入した婚約破棄の書籍たちを得意の速読でハンスは読み漁り、冷めた目つきでクリスティーナを見た。


「婚約破棄の物語で共通しているのは、『自分の価値を理解してくれない愚かな婚約者に捨てられた高貴な女性が、元婚約者よりも格上の男に見初められて幸せになる話』なんだね」


「そのとおりです!」


 クリスティーナは元気よく首肯した。


「ついでに、元婚約者と浮気相手が破滅する描写も必ず入れている。貴種流離譚の女性版と思えば腑に落ちる内容構成だ」


「ええ、さすがはハンス様! 婚約破棄の核心を突く見事な着眼点でございます……!」


 感心したように声を上げるクリスティーナに、ハンスは呆れたような口調で「褒めても何も出ないよ」と言った。そして、そのまま小さく溜息を吐く。


「それで、クリスティーナ。君の目的はいったい何なんだい?」


「目的……ですか……? それは、もちろん婚約破棄で(小説界の)頂点に立つことです」


「現実と創作は違うんだよ? いくら婚約破棄をしたところで、物語のような展開になるはずないだろ」


「ハンス様は現実主義者なのですね。やはりリアリティが足りないと仰りますか」


 クリスティーナは顎に手を当て考え込む。


(婚約破棄小説を何冊か読んでいただいたことで、多少の忌避感はあれど私が婚約破棄の小説を書くことに対して、ある程度の理解は得ていただけた気がします。しかし、殿下は創作においてもリアリティを重視される御方……。ここから先は、私個人の力量次第というわけですか……)


 一歩前進したが、今度は創作内容についての課題に直面したことを感じるクリスティーナ。


「ハンス様の発言にも一理ありますね。確かに荒唐無稽すぎるストーリーは、貴族にも民にも受け入れられにくいかもしれません」


「だろう? だから他の方法を模索しないか?」


「いえ、婚約破棄(の小説を書くこと)自体は変えたくありません」


「…………」


 きっぱりと否定するクリスティーナに、ハンスは無言になった。


「婚約破棄で頂点に立つことは、私の悲願なのです。これだけは、どうしても譲れないんです」


「どうしてそこまで拘るんだ? 婚約破棄じゃなくても、君なら(国を乗っ取ることぐらい)容易いはずなのに」


「容易くなどございません。私の覇道には婚約破棄は必要不可欠です」


 拳を強く握りしめ、真っ直ぐにハンスを見つめる。

 クリスティーナの言葉にハンスは顔を歪ませ、まるで泣き出す寸前の子供のような表情をしていた。


「……僕は、絶対に認めない」


「はい?」


「なんでもない。それよりも、今日はもう帰ろうか」


 ハンスはそう言って立ち上がると、クリスティーナをエスコートするように手を差し伸べる。

 クリスティーナは首を傾げながらもハンスの手を取り、二人は帰路についた。

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